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ひめみこ  作者: 転々
第十四章 新学期
122/202

聡子さんの通過儀礼

 聡子さんの通過儀礼は明日だけど、私は次席として前日に金沢入りする。と言っても、通過儀礼自体は金沢市から外れに方にある会館だ。


 そして、筆頭が代替わりし、私が新たに次席を拝命したことを報告に、東京を経由して帰る予定。

 この辺は既に儀礼的なものだが、秘密裏に予算をつけて貰っている以上、それを怠るわけにはいかない。


 沙耶香さんはそれに向けて服をあつらえた。私は社会的身分が中学生なので制服のままで良いとのこと。

 人生で接点が発生するなんて思ってもいなかっただけに、通過儀礼よりこっちの方が緊張する。




 通過儀礼は、保養所っぽい建物で行われる。ここもホテルのロビーのような造りだ。通過儀礼の間は、ここで神子たちが待つ。

 沙耶香さんが現地で簡単な打ち合わせと、人払いの念押しをした。その間、私は横で控えているだけだ。お香や御神酒などが入ったトランクを預け、私たちは会館を後にする。




 開けて当日、七時半に朝食場所で集合。

 比売神子様――(ぜん)なのに何故か今でも比売神子様――は、先に済ませたそうだ。

 沙耶香さんはいつも通り。高桑さんと宗像さんも、薄化粧の楚々とした立ち姿は、特に年配男性の視線を集めている。


 四人で六人掛けのテーブルを占領すると、各々取りに向かう。温泉の朝ご飯も好きだけど、こういうビュッフェ形式もいい。でも、つい食べ過ぎてしまう。


 食べていると、周囲りから視線を感じる。他の宿泊客、特に女性客が、朝から健啖家ぶりを発揮する私たちをチラチラ見ていくのだ。

 後から『大食い美女軍団』って言われそう。『私』だったら絶対言う。




 九時前には昨日の会議室へ。既に部屋はお香が焚かれていた。私たちは御神酒と杯を準備し、比売神子様とお茶を啜る。

 しばらくして、神子達がやってきた。地元の聡子さんを除き、全員が沙耶香さんの手配で前泊していた。後で領収書を見たら、なかなか豪華な夕食を食べたらしい。アルコールは無しだったけど。


 簡単な説明の後、日程を少し前倒しして部屋に向かう。聡子さんは緊張の面持ちだ。




 今回、私は同じ部屋で見ているだけだ。比売神子様と並んで部屋の隅に座っている。祝詞(のりと)を上げる沙耶香さんも緊張の面持ちだ。

 全員が口に御神酒を含む。そして『格』を発した。比売神子達はまだ全力ではないけど、三方から囲まれた聡子ちゃんは結構きつそうだ。顎から汗が胸に落ちる。

 でもこの儀式、何か意味があるのだろうか? 正直、祝詞の意味もよく解らないし、お酒で気分を上げて『格』比べをしているだけのような……。


 一度小休止して再度行う。沙耶香さんはまだ全力まで来ていない。高桑さんと宗像さんは全力に近いだろうか。沙耶香さんの七掛けぐらいの強さだ。

 三人に囲まれた聡子さんは、周囲りからの圧力のせいか、全力以上の『格』を放出させられている。これは後から消耗しそうだ。初めて『格』のコントロールを練習したときを思い出す。


 もう聡子さん、限界じゃないかな。そう思ったとき、ふっと沙耶香さんが圧力を弱めた。室内の濃密な『格』が霧散すると同時に、崩れ落ちた聡子さんを沙耶香さんが受けとめる。

 聡子さんは半ば気を失っているのに、限界以上に『格』を放出していたせいか、惰性のように弱い『格』が漏れ続けている。これはキツそうだ。




 結局、聡子さんは比売神子にはなれなかった。部屋のお香を消して、換気扇を回す。聡子さんの回復を待ちながら、道具をトランクに収めた。


 程なく聡子さんも回復すると「ダメだったんですね」と一言。

 沙耶香さんは無言で頷いた後、今後のことについて説明をした。


 もっとも、説明されたことは全て、これまでにも知らされている内容で、それを再度確認するだけだ。

 ショービジネスはもちろん、スポーツ選手なども厳禁。金銭的な援助は三十歳で打ち切られること。今後、神子との接触は基本的に行わないこと……、等々。


 待っていた神子の皆にも簡単に連絡する。光紀さんのときと同様、送別会を最後に接点が無くなることを話す。送別会の日程も後日改めてだ。




 私と沙耶香さんは次の目的地があるので、タクシーで金沢駅まで。沙耶香さんの車はガードが回送するとのこと。確かに、通過儀礼で御神酒を含んでいるから、運転するわけにはいかない。


 駅で軽食を買い、ホームで待つ。通過儀礼が早く終わったのだから、地下街で食事をする余裕もあるとは思うけど、今回は沙耶香さんも万全を期すようだ。

 列車がホームに入ると、さっさと乗り込む。座席は普通の指定席。グランクラスどころか、グリーンですらない。

 沙耶香さんと私は並んで座った。


 沙耶香さんが緊張を緩めたのは列車が動き始めてから。これ以後は私たちが遅れるような状況になっても不可抗力だ。

 私たちは先ほど買ったサンドイッチと飲み物を出す。行儀は悪いけど、車内で食べ始めた。


「沙耶香さん、前から思っていたんですけど、通過儀礼って、意味あるんですか?

『格』の確認が目的なら、あんな仰々しくなくてもいいように思うけど」


「私もそう思わないではないわ。でも、昔から続いていることだし、変えるなら理由が要るでしょ。

 でもね、なるにしても諦めるにしても、それなりに仰々しい方が心の整理がつくものなのよ」


「あぁ、そういう意味もあるんですね。

 だったらむしろ、あの儀式みたいなことを普段からやった方が『格』の伸びも良いんじゃ無いでしょうか?」


「それは負担が大きいし、それで『格』だけ無理矢理高めても意味は無いでしょ。

 現実的には、比売神子はそんなに増やす必要が無いの。貴女が女の子を産めば、確実に席の一つはその子が占めるわけだし。

 それなりに世代を分散させる必要があるから、実際は、十年に一人か二人ぐらいのペースで増やせれば、それで十分なのよ」


 それもそうか。

 そもそも、この現代において、比売神子は必要ないだろう。


 むしろ高瀬先生が言っていたように、人類の進化の階梯だと考えれば、公表した方がいいのかも知れない。そうすれば、少なくとも親と離れて別人として暮らす必要も無くなる。

 でもそうすると、神子の美貌や知的能力が授かり物のように見える以上、妬みの対象になる。もしかしたら、神子を差別する人だって出るかも知れない。それに、私のような場合は家族まで……。



 通路を挟んですぐ隣の席には、夫婦と円ぐらいの女の子。お母さんの膝に乗って楽しそうだ。


 私は、家族としてともにあることが出来ているけど、これは特例だ。他の神子達は……、聡子さんだってそうだ。神子になったせいで、家族とも友人とも別れて全てをやり直すことになった。

 そして、家族同然の関係となった人たちとも、今度の送別会を最後に別れることになる。


 光紀さんの「なれなかったけど、光紀のままでいられたことが幸せ」という言葉を思い出す。


 私たちの立場や組織は、今後どうあるべきなのだろうか……。

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