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ひめみこ  作者: 転々
第十四章 新学期
121/202

過去との再会

 風邪で休んだ恵里奈ちゃんの家にお届け物。PTA総会の議事録と連休中の課題だ。総会資料は急がないものの、課題には提出期限もある。なるべく早くということで、同じ班の私が届けることにした。彼女の様子も見ておきたいし。

 彼女の家は公営住宅の二階。郵便受けに入れてもいいだろうけど、やはり手渡しすべきだろう。




 呼び鈴を鳴らすと、お母さんらしき声で返事があった。


「同じクラスの小畑です。学校からの書類を届けに来ました」


 パタパタという足音の後「わざわざありがとうございます」という返事とともにドアが開いた。


 お母さんの顔を見て、恵里奈ちゃんから感じていた既視感の正体が判った。

 お母さんの名前は由貴、旧姓は寺口。『私』が高一の冬から半年余りの短い間、付き合っていた女性だ。


 少し疲れた表情で、封筒を渡したときに触れた指先も、肌がすこし荒れていて……、でも、見間違えようがない。

 由貴ちゃんの視線、おそらく彼女も気づいたのだろう。まして、私は小畑という姓と、この外見だ。


「恵里奈ぁ、お友達よ」


「あ、まだ調子が悪いようでしたら、私はこれで帰りますので」


「いいのよ。上がって。

 恵里奈も本当は学校に行けそうだったけど、今日は大事をとって休ませただけだし」


「あ、昌ちゃん。わざわざありがとう」


「いいって。私もちょっと様子を見たかったし。

 でも、その様子なら週明けからは大丈夫そうだね」


「お母さんが大げさなのよ。一昨日ちょっと熱出しただけなのに」


「季節に一回は風邪で熱出す人が、何言ってるの」


 そうか、恵里奈ちゃんは度々熱を出すのか。




 ダイニングの椅子にかけると、なんだか落ち着かない。

 部屋を見回すと質素な暮らし向きだ。そして、父親を感じさせる要素がない。カレンダーには、準夜とか深夜の文字。バッグと一緒に、近くの総合病院の名前が印刷された封筒。

 由貴ちゃん――恵里奈ちゃんのお母さん――は、そこに勤める看護師だろう。そして公営住宅に住んでいるということは……。




「小畑さんって、美人ね」


 不意に声をかけられて我に返った。由貴ちゃんは私の顔をじっと見つめている。その向こう側に『私』を見ているのだろうか。


「あ、ありがとうございます。よく、亡くなった父に似てるって言われます」


「貴女もそうなのね」


 やはりか。旧姓に変わってないけど、公営住宅に住んでるってことは、恵里奈ちゃんも。


「お母さん、昌ちゃんのこと知ってるの?」


「それは……、ちょっと有名だし。本当はプラチナブロンドなんでしょ」


 さすがに娘の前で、この子のお父さんは私の元カレです。とは言えないだろう。




「小畑さんって、モテるでしょう」


 なぜか、会話は恋バナの方へ。久しぶりの居心地の悪さ。


「いえ。学校では男子とあまり接点がないし……、付き合うどころか、ラブレターをもらったことも、告白されたことも無いです」


「あら、そうなの。でも、恋なんていつ来るか分からないものよ。

 でも、男はよーく見極めないとダメよ。と言っても、経験積んだからって、見る目が育つとも限らないけど。

 結局、初めて付き合った相手が、一番良かったってこともあるだろうし」


 一瞬、嬉しくなってしまう。

 初めて二人で過ごしたクリスマスイヴを思い出す。終業式の後、一緒にお昼を食べて『私』の部屋でコタツに入って、並んで映画のビデオを見て……。

 映画で盛り上がって、お互い勝手が分からなくて、後から思い出したらコントのようになってしまった初めての経験……。


「お母さんはどうだったの?」


「さぁ、どうかしらね。これでも、若い頃はモテたんだから」


 確かにそうだった。付き合いだした頃は地味だったのに、春休みが近づく頃から急に美人になっていった。

 学校では関係を隠していたし、学年が変わって別のクラスになってからは、他の男子からのアプローチがかなりあった。それに『私』が嫉妬してしまったのだ。

 多分、別れることになった原因は、その辺にもあったのだろう。


「でもね、モテ期ってのは案外短いのよ。だから恵里奈も焦らずに済むように、モテ期のうちにイイ男を捕まえるのよ」


「恵里奈ちゃんもお母さんも、まだ、それは気が早いって。私たち中学生だよ。今はまだまだ磨く時期だよー」


 母子家庭だったら、娘の恋にはかなり慎重だと思うけどな。あ、ウチのお母さんも焚きつけているわけじゃないだろうけど、こういう話は好きか。




 由貴ちゃんの出勤時間ということで、なんだか居心地の悪い所を後にした。恵里奈ちゃんを部屋に残して出る。


「貴女のお父さんは……、しっかりしていたのね」


「え?」


 ここはどう応えるべきだろう?


「お父さんが亡くなった後、残された家族が貧乏しないって、それだけで凄いことなのよ」


 あぁ、そうか。そういう設定だった。

 でも、あのまま私が死んでたらどうなっていたんだろう。生活だけなら何とかなるだろうけど、子ども達の選択肢はかなり狭くなったに違いない。

 お母さんには、そういう諸々の心配や覚悟をさせていたんだな。




「貴女なら、男なんて選り取り見取りだろうけど、ちゃんとイイ男を選びなさいよ。貴女のお父さんみたいな」


「父をご存じなのですか?」


「お父さんとは、高一のとき同じクラスだったのよ。

 なかなかのイイ男。今にして思えば、結婚相手は、ああいう人の方が良かったのかもね」


 なんだかリアクションを取りにくい振り。それは単に『私』の都合だけど。


「ち、父も、それを聞けば、喜んだと思います」


 それを聞いた由貴ちゃんの顔は、二十年以上前とほとんど同じで、その儚げな感じは恵里奈ちゃんに受け継がれている。


「イイ男、選びなさいね!」


 そう言って、駐車場に歩いて行った。これから三直(さんちょく)の準夜勤だろう。




『イイ男』かぁ……。


 ふと、慶一さんを思い出す。客観的には『イイ男』に属するのかも知れないけど、あのワキの甘さはどうだろうか? 確かに私は、戸籍上はもう十八だから十八禁なことも問題ないとは言え、社会的には成人と中学生だし……。

 それに、彼がどこまで本気なのか分からないし。


 でも、女性ってこういうことを簡単に言うのかな? それとも、『私』が付き合った女性に、こういうタイプが多いのかな?


  私は、由貴ちゃんとの会話を辿りながら帰路についた。

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