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ひめみこ  作者: 転々
第十三章 心の確認
116/202

お返し

 夕食後、改めて作り始めると、お母さんがニヤニヤ笑いながら見ている。これはそういう意味じゃ無くて、純然たるお礼なんだから、勘違いしないで欲しいところ。


 前回と違って、甘さ抑えめのチョコとクルミを主としたナッツを粉々にする。ドライフルーツも別に準備。レシピを見ると柑橘類の皮を使ったものとかもあるけど……、これは私にはまだ難しそうだ。

 本当はブランデーシロップとかを入れたボンボンを作りたいが、これも今の私にはレベルが高い。

 まだほんのり温かいチョコを試食してみる。悪くない。皆と作った甘いのも悪くないけど、これはこれで美味しい。仕切りを入れた箱に並べていく。よし、完成!


 さて、後始末。と、シンクに積まれたボウルを見る。普段の料理と違い、慣れないお菓子作りでは並行作業もままならず、チョコでコテコテになった道具が山積みだ。

 これ、もうちょっとお手軽に作れないものだろうか? 来年は受験もあることだし、買ってきて済まそう。それとも、その最中だからこそ作りたくなるのかな。まぁ学力については、高校入試レベルでは心配無いんだけどね。

 片付けを終えると、日付変更線が近い。明日の待ち合わせは十時半。早めに休もう。




 翌土曜日は、いつも通りの朝。この週は祭日があったので、お母さんは土曜日だけど出勤だ。お母さん自身は、土曜の出勤の方が、外線も少なくて仕事が進むそうだ。というより、むしろ土曜が出勤で、週の途中が休みの方が良いとか。

 出がけにまた何かあるかと構えていたけど、昨晩に十分冷やかしたからか、今朝はその件に触れること無く出勤していった。


 周と円を保育園に送り出して、自分も身支度をする。相変わらず私の身支度は速いけど、最近困るのが自分本来の毛が長くなったこと。ウィッグで覆うのが大変だ。特に今日はずっと着けておくことになるから、白髪がのぞかないようネットで抑える。

 これ、冬だから良いけど、夏になったら大変だろうなぁ。もっと手軽な方法は無いものだろうか? むしろ金髪のウィッグとサングラスにして、外国人の体裁にしようかな。それなら白髪がのぞいても目立たないし。




 例によって精米機の近く。趣旨から言って、私の方が慶一さんに合わせて動くべきなのだろうけど……。

 この時間ともなると、駐車場に車が増える。精米機付近は空いているけど、軽トラが一台。どこかのお爺ちゃんが精米を終えた袋を抱え上げようとしている。あんなカリカリに痩せた身体で二十キロ以上ある米袋はキツいんじゃないかなぁ。


 あ、慶一さんだ。ヒョイと持ち上げて荷台に載せちゃった。うん、偉いぞ。お爺ちゃんは慶一さんにお礼を言ってるみたいだ。




 慶一さんが手を振って軽トラを見送ったのを確認して、私もそこへ行く。あまりこういう待ち合わせは見られたくない。


「お早うございます」


 挨拶もそこそこに、オヤジセダンの助手席に滑り込むと、慶一さんはエンジンをスタートさせた。

 あれ? ナチュラルに乗っちゃったけど、チョコを渡すだけなら乗る必要は無かったんじゃ?


 車は高速のインターを目指して走る。私は何も言っていないのに。これは事案発生です。おまわりさーん、この男性、女子中学生を車で連れ回していまーす。




「あ、あの、先日は高価なものを頂いて、ありがとうございます。お礼というには安いですけど、コレ」


 私はチョコの箱を見せた。


「あ、運転中ごめんなさい。後ろの席に置きますね」


「ちょっと待って、今停めるから」


 農道の脇に車を停めると、慶一さんは向き直った。私が箱を渡すと「ありがとう」と両手で受け取った。


「チョコレートです」


「開けても?」


「作ったのは今年が初めてなので……。お恥ずかしいです」


 慶一さんは「おいしそうだ」と、早速一つ口に運ぶ。


「うん。おいしい」


「よかった、お口に合って」




 例によって、そのまま県外まで車を走らせる。ちょっと遠い。

 うーん、話題、話題……。


「さっき、お米を乗せてましたけど、お知り合いですか?」


「いや。すぐ脇で大変そうだったから。あの身体で三十キロの米袋持つのはちょっと無理だったんじゃないかな」


「軽々と持ってましたね」


「まぁ、ジムにも通ってるし。管理職は筋トレも仕事なんだ」


「そうなんですか?」


 鍛えた身体というのはそれだけでも信頼感につながる。身体を鍛えることで、心理面でもポジティブにアクティブになるという。だから、最近は管理職や経営に携わる人の間では、スポーツやジム通いが流行っているそうだ。

 でも、慶一さんは純粋に筋トレで、スポーツは水泳だけ。ゴルフはしていないらしい。せめてドライバーと七番までのアイアン、そしてパターは練習しないと。今度、打ちっぱなしかパターゴルフでもさせようかな。


「さっき、腕力で軽々持ってましたけど……、ああいう持ち方は腰を痛めやすいから気をつけて下さいね」


「あれぐらいの重さなら……」


「重さは関係ありません! 軽いものでも傷めるときは、傷めるんですから。

 安全教育のビデオ、もう一度見直して下さい!」


「あ、はい」


 全く、とても重要なことなのに。手で直接持ち上げて良い重さは○キロまでとか、それを確認できるおもりも工場に置いてあったのに。

 多分講習会なんて、立場上義務的にこなす『行儀直し』ぐらいにしか思っていないに違いない。




 そうこうしているうちに、高速を降りる。


「うーん。今から美術館ってのも中途半端な時間だなぁ。

 何か、食べたいもの、ある?」


「えーっと……。ら、ラーメン」


 いろいろ迷ったけど、思いついたのがコレだった。たまに食べたくなる。ところが、この姿になってからはもちろん、その前も随分と食べてない。


「ラーメン?」


「はい。……ラーメン」


「いや、ごめん。意外だったから」


「たまに、食べたくなるんですけど、女子一人では入りづらいし。私、友達も少ないし。その友達も、一緒にラーメンって感じじゃ無いし」


 学校の友達とは気軽に外食できない。沙耶香さんとは、イタリアンかがほとんどだ。前に行った店もラーメンじゃなくて中国料理のコースだった。中国料理の店ではスープは汎用だから、ラーメンを頼んでも今一物足りないんだよね。

 最後に食べたのはいつだっただろう?


「あぁ、確かに女子一人じゃ敷居が高いかも知れないなぁ」


 そう。特にラーメン専門店で、いかにもクドくて胃にも悪そうなラーメン。たまに食べたくなるけど、女子だけで入るのは勇気が要る。男性が一人でケーキ屋さんに入るのと比べてどうだろう?




 タブレットを出して検索。この近辺のラーメン屋さんを見るが、正直なところ、どこが良いか分からない。○○家という店名が多いけど、店名に『家』を付けるのが最近の流行なのかな?


 とりあえず、最寄りの『家』を目指した。

 車を降りてすぐに独特のにおい。脂と香味野菜だ。店を覗くと、券売機の前と待合席には客が沢山。

 美味しいんだろうけど、見事に男性客のみ。チラと食べている様子を見ると、どんぶりの上に具が山盛りだ。これは食べきれないだろう。多分、麺に到達する前にギブアップだ。


「待つ?」


「うーん。待ちが一回転半ぐらいだし、それに、あれはちょっと食べ切れそうにないよ」


 と言うわけで、二キロほど離れた別の『家』へ。ここも待ちが多い上、男性客ばかり。入りづらい。

 結局三軒目の『家』でない店へ。カウンターは三席空いていたけど、私がいたからかボックス席に通された。


 メニューを見ると、いろいろ種類がある。定番に加えて、担々やつけ麺に油そば……。目移りする。

 迷った末選んだのは、定番の塩ラーメン。店の一番人気とあって、あっさり目で美味しい。多分、ショウガと焦がしたネギが良い仕事をしているのだ。

 と言いながら、実は中国料理は自分では作れないけどね。


 慶一さんは、塩豚骨だ。スープを一口もらったけど、いろいろ混ざりすぎていて何が入っているか分からず、とにかくクドかった。

 一口の量の差か、慶一さんはさっさと食べ終わったが、そのどんぶりを見ると、表面に膜が張っている。コラーゲンたっぷりで美肌効果がありそうだが、胃に重そうだ。




 久しぶりにラーメンを食べて満足! 今度は、さっき振られた体育会系な店に行ってみよう。二軒とも無駄に威勢が良くて、何故か全員黒のTシャツだった。チェーン店だったのかな?

 あ、でも一軒目は止めとこう。食べきれるはずも無いし、客の視線は多分「貧相な女の来る店じゃぁない」って意味だろう。あそこは、ストイックに残さず食べる者のみが入ることを許される聖域なのだ。きっと。多分。




 美術館は……、うーん、意味がよく解らなかった。

 現代美術は解説が無いと、題名の意味もよく解らない。題名と作品の関連も解らない。この点は慶一さんも同じで、二人して顔を見合わせてしまった。多分、最低でも大学の一般教養でやるレベルの知識が必要なのだろう。


 今度出かけるときは、きちんとプランを考えておいて、こっちからリクエストした方が良いかも知れない。

 いや、将来は経営に携わるのだから、ここはゴルフセットを持たせて、練習もさせないと……。

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