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ひめみこ  作者: 転々
第十三章 心の確認
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寒稽古

「昌ちゃーん。たまには他の人とやっても良いんじゃない?」


「では、私と。私では役者不足かも知れませんけど」


 沙耶香さんの言葉を請けて、声をかけてきたのは高桑さん。留美子さんが以前に指導を受けていた、古武術を修めている方だ。


 向かい合って、互いに礼。


「よろしくお願いします」


「高桑 陸、次席比売神子様に一手御教授賜りたく」


 恭しく言うと、半身に構えた。凄い迫力だ。沙耶香さんほどでなくても、抑えていない『格』と相まって体格以上に大きく見える。


 私も構えた。


 初手は高桑さんだった。

 鋭い踏み込みとともに右の中段突き。

 私はそれを右手の甲で逸らしつつ踏み込む。この間合いでは、私の突きや蹴りはまだまだ通用しないだろう。沙耶香さんから学んだ柔術の技を中心に……。

 あれ? 膝カックン? 転びそうな所を無理矢理跳んで離れる。

 何か判らないけど、結果から言って、柔道の大外刈りっぽい技で転がされそうになったようだ。


「あら、決まったと思ったんだけど。初見で逃れるなんてさすが。竹内さんの薫陶が篤いこと」


 やはりこの人も、近い間合いじゃ勝負にならない。留美子さんは互角以上と言っていたけど、それは距離を保てたからに違いない。

 まてよ、留美子さんが距離を保てるなら、遠い間合いの技は、私とそれほど開きは無いはず。単純な身体能力で私に勝てる人はそうそういない。


 私も半身に構える。間合いを摺り足で詰めていくと、再び中段突き。よし、さっきとほぼ同じ。高桑さんの射程距離は判った。予想通り、留美子さんよりやや短い。


 私はあえてそれ以上踏み込まず、掌底で応じる。

 高桑さんの技には留美子さんほどの疾さは無い。パワーも一段落ちる。そのためか、受けもブロックよりも、逸らせたり巻き込むことでこちらのバランスを崩すことに主眼をおいている。

 パワーもスピードも、明らかに私に分がある。


 これならと、私は突きの種類を変える。大きな体重移動を伴う技は使わない。踏み込みと背中で作った力を肩や肘で引っかからないように真っ直ぐ乗せる。この打ち方なら、出かかりを抑えられない限り、易々とは防げない。

 ラッキーヒットか、流しきれなかった私の掌が二の腕を掠める。高桑さんがは衝撃で踏鞴(たたら)を踏む。この一撃は見た目以上に重いのだ。

 高桑さんが眼を丸くする。


「思った以上ね。でも……、こういうのはどうかしら?」


 高桑さんが先と同じように構え、えっ? この距離で?

 さっきまでと射程距離が違う。踏み込みが違うのか? いや、違わないように見える。

 基本的に、突くときは足の位置が変わらないはずなのに、突きの最中も滑るように近づいてくるみたいな動き。距離感が狂わされて、ワケが分からない。しばし防戦一方になる。


 もういい!


 要するに私より射程距離が少し長いということだ。だったら、そういうつもりでやればいい。

 技術で射程距離を補っているのなら、遠い間合いではスピードで勝る私にまだまだ分があるはず。どうやっているかは判らないけど、あの踏み込みは不意打ちか接近するための技で、普通に連発できるものではないだろう。


 回り込むように躱しながら突きを中心に攻めるが、私の技では決め手に欠ける。でもそれは向こうも同じ。

 高桑さんの踏み込みが更に鋭くなる。


 苦し紛れに放った右の回し蹴りを、高桑さんが肩と腕でブロック。

 高桑さんが派手に吹き飛ぶ。

 見ている神子たちの幾人かが悲鳴を上げた。


 でも、蹴った足に手応えがない。自分から跳んだに違いない。この人、こんな格闘漫画のようなことができるのか。


 と、高桑さんが滑る様に踏み込んでくる。

 近い間合いで打ち合う。

 互いが互いの突きを受け流し、崩そうとする。

 が、さっきより格段にやりにくい。


 体重を移動させる、軸足を変える、その動作の一瞬前に、(かかと)(くるぶし)、膝の位置をずらされる。そのせいで常に後手に回らされるのだ。

 密着されたら、明らかに分が悪い。


 距離を取って仕切り直そうと、ブロックさせるための蹴りを放った瞬間、軸足を払われる。

 空振りの勢いのまま身体を回転させ、空を切った脚で床を蹴って跳ぶ。

 勢い余って転びそうなところを、もう一度トンボを切って立つ。


 改めて構えて、……そこで時間切れ。


「ありがとうございました」


「ちょっと本気を出しちゃいました」


 高桑さんは、笑いながらペロッと舌を出す。

 さっきまでの鬼の責めとの落差が凄い。でも、留美子さん、こんな人を相手に互角以上って信じられない。




 沐浴の後、四人の比売神子で改めてお風呂。高桑さんも宗像さんも、身体の線がきれいだ。こうしてみると、沙耶香さんが例外的な体型で、それ以外は神子も含めてもCかD。多分私が最小クラスでBか。いや、もう二、三年すれば私だって……。


「あら、凄い背筋。あのパワーの源はコレね」


 高桑さんが私の背中から脇腹をペタペタ触る。くすぐったい。


「それに身軽だし」


 宗像さんも私の身体をじろじろ見る。居心地が悪い。


「昌ちゃんとやってみて、どうでした?」


「一年ちょっとという期間を考えたら、相当ね。駆け引きを憶えたら強くなりそう」


「そうでしょ? 今はまだ身体能力頼りだけど、ちゃんと勉強すれば、じきに追い抜かれるわね」


 うーん。高桑さんならともかく、沙耶香さんには追いつける気がしない。


「あの、留美子さ……小堀さんって、あの踏み込みにはどうやって対応していたんでしょう?」


「あれは奥の手。留美ちゃんにも見せたことは無いわ。

 貴女があんまり強いから、今日は使っちゃったけど。他の神子たちの前で無様なところは見せられませんし」


 だよね。あれはちょっと対応が難しそうだ。奥の手を出さざるを得ないってことは、私は留美子さんよりもやりにくい相手ってことかな? 

 ところが訊いてみると、私の技ははっきり言って未熟だし、一本調子で対応は難しくないレベルだと言う。ただ、スピードと体格以上のパワーがそれを補って余りあるとのこと。宗像さんも、柔道や合気道のルールでならともかく、何でもありだったら分が悪いかも、と言う。

 体格や身体能力でのゴリ押しというのは、彼女たちのレベルに達していても、対応が難しいということだ。


 それにしても……、私たちだけだから良いけど、女湯で話すような内容じゃないと思う。




 四人が沙耶香さんの運転で駅へ。神子たちはまだ冬休みだけど、社会人は明日が仕事始め。高桑さんと宗像さんは、急ぎ新幹線で帰路につく。


 二人を見送った後、沙耶香さんとお茶の時間。と言ってもチェーン店の喫茶で軽食だ。ホットサンドとサラダをシェアしつつ話す。


「留美子さん、落ち込まないかな?」


「なんで?」


「高桑さん、留美子さんには見せてない技を私に……」


 沙耶香さんは、心配ないと言けど……。確かに、留美子さんが技では私より上なのは明らかだ。でも、体格や身体能力での押し切る方が強いという現実を突きつけられたと受け取ったら……。

「男には負けたくない」って言っていたから、いろいろ思うところがあるに違いない。


「大丈夫よ。留美ちゃんは、ああ見えて理詰めでいく方だし、案外、あの技を盗んで練習してるかもよ」


「だったら良いんですけど……」


 いや、良くない。私が大変だ。


「多分ね、次回の合宿からは、密着した攻防を積極的に試してくるはずよ」


 それも嫌だなぁ……。

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