デート?
待ち合わせ場所は、ショッピングセンターの駐車場でも、外れの方に在るコイン精米所脇。帰りに備えて自転車を駐輪所に停めて、鍵をかける。
精米所付近は、早い時間とあってか、車は白色のオヤジセダンが一台。高橋さんだ。
近づくとミラーで私の姿を認めたのか、車から降りて助手席のドアを開ける。
「おはよう、昌さん」
「おはようございます。でも、急に連絡したばっかりに……」
「誘ったのは私の方だよ。まぁ、外は寒いから続きは車の中で」
私は助手席に座った。高橋さんも運転席に着く。まぁ、スマートなエスコートだろう。でも、二十代も後半の男性と、中学生の女子。誤解される組み合わせだ。というより、正解なのかな?
「今日もウィッグなんだね」
「さすがに、真っ白の髪は目立ちますから。コレ、登下校中も着けてるんです」
「防犯上の理由?」
「そうです」
うーん。会話が続かない。二十代の男性が好む話題、か。でも十代の少女が振っても不自然で無い話題でとなると、なかなか難しい。
とりあえず、なにか褒めることか。男性だったら、自動車の話題が鉄板かな?
「いい車に乗ってますね」
「二十代にクラウンは分不相応かな?」
「立場上、仕事でお客さんを乗せることもあるでしょうから、必要経費ですよ」
「必要経費、なんて言葉を聞くとは思わなかったよ。
実はこの車、本当は会社の持ち物なんだけどね」
「やっぱりですかー。普通の二十代独身男性に、クラウンはちょっとオヤジ趣味ですから」
「でも、これはこれで運転もし易い、いい車だよ」
「確かに、クラウンはいい車です。でも、最近はどんどん大きくなって、顔も押し出しが強くなって。
ずっと前の、直6からV6に変わった頃のデザインが、一番すっきりしてると……、父が言ってました」
危ない危ない。私が知らないはずの知識だ。
「で、でも、直6とかV6って、何のことですか?」
取って付けたように、訊いてみる。
「車にもよるけど、クラウンのエンジンにはガソリンを燃やすところが六つある。それの配置が違うんだよ。V6の方が、エンジンを短く出来るから、ボンネットも短く出来るんだ」
「そういうことですか。道具は同じ能力なら、小さい方がいいですもんね」
「そうだね。業界にも依るだろうけど『小は大を兼ねる』だね」
うーん。会話がなかなか続かない。やっぱり、高校時代とか学生時代の話を訊くか。女性遍歴とか。いやいや、こんなことを訊いたら、私が『そういう意味』で興味を持っていると誤解されかねない。
「どこへ行きたいかな?」
「むしろ県外かな?
ほら、近くだと、知り合いに会っちゃったら気まずいし、高橋さんにもご迷惑をおかけするかも知れないし」
「はは。別に私は迷惑じゃ無いけどね。
女性はちょっと考えるところかな? それじゃぁ県外まで足を伸ばそうか。どんなところがいいかな?」
「美術館でもいいし、博物館でもいいし、寺社仏閣ってのもアリですね」
「へー。歳の割にシブいところを選ぶね」
しまった。絶対女子中学生らしくない選択だ!
でも、そういう人だって居るかも知れないし、そうだ、光紀さんだって結構詳しかった。彼女は見た目通りの年齢だから、そういう人は案外多いに違いない。
「美術館とか博物館だったら、どんな分野が好み?」
「うーん。まだまだ知識も浅いので、どこでも」
車はETCのゲートをくぐった。
県外か……。
私自身は普段の白髪の印象が強いから、茶色のウィッグを着けている限り、そうそう気づかれる心配は無い。でも、問題は高橋さんだよね。私がいくら大人っぽく作っていても、未成年にしか見えないだろう。対して高橋さんは二十代男性。
本人は迷惑じゃないって言ってたけど、場合によっては社会的なダメージが大きすぎる。それとも『そういう関係』でないことを主張できる確実な方法でもあるのだろうか?
客観的には、女子中学生――戸籍上は十七歳だけど――を連れ回している成人男性だ。考えが甘くないかな。
「あの、やっぱり誰かに見られたら拙いと思います」
私は説明した。
「そう言われてみると……、確かに客観的にはそう見えるかもしれないなぁ」
「そうですよ。当事者が二人揃って否定しても、周囲りはそう思ってくれないかも知れません」
かも知れないじゃなくて、まずそういう見方をする。たいていの人はそういう話が好きだし。この兄ちゃん、ワキが甘すぎる。
「設定を考えません?
私たちが兄妹……、には見えないか。
例えば、姪とかちょっと年の離れた従姉妹とか、二人で行動していても、怪しくない関係を装うんです」
「姪は……昌さんが私のことを『叔父様』なんて呼んだら、却って変に見られそうだね。従姉妹というのが無難かなぁ」
「じゃぁ、高橋さんは私のことを『ちゃん』付けか呼び捨てで、私はどう呼びましょう? 『高橋さん』じゃぁ、他人行儀に見えるだろうし、『慶一さん』でも変だし。ちゃん付けか『お兄ちゃん』が無難かなぁ」
「そこは昌さんに任せるよ」
「『昌ちゃん』!」
「昌ちゃんに任せるよ」
どう呼ぼう。でも、本当にこの兄ちゃんは世話が焼ける。自分たちが客観的にどう見えるか、考えないのかな?
途中のパーキングでトイレ休憩を取るあたり、女性の扱いには慣れているのだろうか。でも、会話が続かないんだよね。でもこれは私が原因だ。女子中学生がどこまでの知識を使っていいか判らない。
趣味の話に持っていった方が良いのだろうか? とは言え、おっさん好みの小説は拙いだろうし、テレビはほとんど視てないし、音楽はというと……、最近はクラシックぐらいしか聴いてない。考えれば考えるほど、共通の話題が無さそうだ。
「どこへ行くつもりですか?」
「それは着いてのお楽しみ」
いや、そこは目的地を言おうよ。そこから話題も拡がるんだからさ。こっちからは話題を振りにくい。学校の話をしても、中学生レベルにしようとすると、一方的に話すだけになってしまう。しかも、男性からはどうでもいい話だし。
普通は、年長者で男性の方が気を遣うべきなんじゃないかなぁ。
ふと視ると、左手の人差し指と中指を擦り合わせている。やっぱり癖なんだろうな。
「あの」
「なんだい?」
「左手の人差し指。
怪我でもされたんでしょうか?」
「三歳か四歳頃に怪我したらしいけど、憶えてないんだ」
あー、この兄ちゃん、雑談がダメだ。
私も他人のこと言えないけど、この兄ちゃんの方が重症だ。