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ひめみこ  作者: 転々
第十三章 心の確認
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待ち合わせの

 街はクリスマスムード一色だ。そこかしこにカップルの姿が見える。この大半が来週末の夜には……、なんてくだらない妄想をしてしまう。

 私は……、私もいずれはそれを。いや、こんな妄想をしてしまうってことは、欲求不満なのかな? あるいは、既にそういう繋がりを求めているのかも知れない。

 こういうとき、何故かあの手が思い浮かぶ。顔じゃなくて手ってのが変。吊り橋効果の影響がまだ抜けないようだ。




 うーん。やっぱり、確かめとくべきなのだろうか。単なる吊り橋効果なのか、別の要因が在るのか。


 私は二枚目の名刺を見る。渡してくれた当人の見た目は、二枚目『風』だったけど。

 こちらの名刺には、プライベートらしき電話番号がある。こんなのを中学生に渡すなんて、どういうつもりなんだろう? これだけでも、十分に事案発生じゃないのだろうか。




 慎重に電話番号を打ち、名刺と見比べてからコールする。

 二コール目で出た。一応、定時は過ぎているけど、彼は取締役なんだから、定時以後がコアタイムかも知れないのに。かけてる私が言うのもナンだけどさ。


「あ、あの……」


 しまった、せめて一言目の挨拶と、電話をかけた口実を考えてからにすべきだった。


「昌さん、かな?」


 私がどう挨拶しようか迷っていると、向こうから先に問いかけがあった。


「は、はい。ご無沙汰しております。

 でも、どうして判ったんですか?」


「この電話に、未登録の番号でかかってきたから。あの名刺を渡した人で、未登録の人はほとんどいないからね」


 一瞬、嬉しくなってしまった後、でも、どうして中学生の自分に、と思う。


「そういうことは、意中の女性に言うべきですよ。

 冗談でも、私なんかにそんなこと言ったら、事案発生ですよ」


「ははは。君のような魅力的な女性に誘惑されたら、私では耐えられないかも知れないなぁ。

 ところで、昌さんから電話なんて、どうしたのかな?」


「あ、あの、前に助けてもらった上に、夕食までご馳走になって、きちんとお礼をしていなかったし。あと、あのときの男の子、大丈夫だったかなって」


「あぁ、あの坊やだったら大丈夫だったよ。あの後、週明けにお母さんから連絡があった。本当は昌さんにも伝えておきたかったけど、連絡先を知らなかったから。申し訳ない」


「いえ。それを聞いて安心しました。ありがとうございます。あと、夕食も美味しかったです。ありがとうございました。

 今度お母さんと行ってみたいのですけど、幾らぐらいかかるんでしょう」


「私の名前でツケといても構わないよ。

 ってのは冗談だけど、呑まないなら、思っているほど高くはないよ。お任せで一人五千円ぐらいからかな。

 食事としては高いかも知れないけど、懐石としたら安いかな」


「そうですね。あのレベルで懐石のコースをお願いしたら、普通は最低でも八千円ぐらいからですよね」


「なかなか良い感覚してるね。

 だから、たまに呑みに行くには重宝してるんだ。どうだい? 今度の金曜あたり」


「そんな! その日は『大切な人』のために使って下さい。

 それに、私もイヴは家族で過ごすんです。ケーキだって注文してるんですから」


「イヴまで一週間も無いのに、女性を誘うのは無粋だったね」


「そうですよ」


「それじゃぁ、土曜日だったらどうかな?」


 うん。空いてるけど、この人、押しが強いなぁ。まぁいいか。


「良いですよ。でも夕方までには買い物して、夕食の準備しなきゃいけないので、その時間でよろしければ」


「朝は、十時ぐらいでも大丈夫かな?」


「九時でも大丈夫ですよ」


「九時じゃぁ、まだ店も開いていないよ。

 間を取って九時半でどうかな? どこに迎えに行けばいい?」


「そ、それについては、また連絡します。

 あの、いろいろありがとうございます」




 やっぱり、心臓がドキドキする。これって、デートの約束だよね。客観的には間違いない。いつの間にそういう話になっちゃったんだろう。

 それより、お母さんには何て言って出よう。弟や妹の面倒を任せることになるし。友達と買い物? その辺が無難か。




「お母さん」


 週明けの火曜日、何でも無いことのように話題を振った。


「なに?」


「今度の土曜日、友達とお昼と買い物してくることになった」


「あら、デート?」


「まだそういう相手はいません。……それに、そういう相手だったらイヴの夜とかじゃない?」


「それもそうね」


「イヴは家族でパーティでしょ。もうケーキも予約してあるし」


 私は、食べ終わった食器を運びながら応えた。かるく水で(すす)ぎ食洗機に入れる。

 なんだか、悪いことをした気がする。でも、以前よりサラッと言えた気がする。別にウソはついていないけど、『私』だったら、後ろめたいところが無くても、態度がおかしくなった場面だ。




 土曜日、朝は昨日の『ごちそう』の残りを使って簡単に済ませる。

 オードブルの野菜とハムやウインナーを具材に、コンソメで薄く味付けした卵をフライパンでキッシュ風にすると、周も円も大喜び。でも、ものすごく邪道な作り方。あらかじめ具材をレンジで温めた上で、卵もフライパンでゆるゆると全体が半熟になるまで火を通してから、一気に混ぜる。こうすれば焼きムラが出にくい。ひっくり返すのは、一旦お皿で蓋をするようにして受けた後、フライパンに滑り落とすのだ。

 持ってて良かった、テフロン加工の小さなフライパン


「貴女、いつでも奥さんになれるわね」


「まぁね。まだ相手どころか候補者もいないけど」


 朝食の後片付けをしていると、お母さんは二人を実家に連れていく準備。二人を預けて、買い物と美容院の予定だ。


 鍋に水を張り、布巾(ふきん)で軽く拭いた昆布を投入。干し椎茸も小鉢で戻しておく。切り干し大根とヒジキは、帰ってから戻せばいいかな。




「じゃぁ、行ってくるわね」


「行ってらっしゃい。気をつけて」


「昌も、頑張って穢れていらっしゃい」


「まだ、そんなこと出来ませんっ!」


 お母さんは「『まだ』ね」と悪戯っぽく笑う。見透かされているのだろうか?




 お母さんを見送ると、今度は自分の身支度だ。

 歯を磨いた後、改めて洗顔をする。そして髪を軽くブラシ。夏から延ばし始めた髪はずいぶん伸びてきて、既に肩に届いている。

 変容してすぐのような速さでは無いけど、人より伸びるのが早い気がする。半年も経たないのに七~八センチは伸びた。髪が細い分、伸びるのが早いのだろうか?


 今日は一年ぶりぐらいに茶髪のウィッグを乗せる。白い髪は目立っちゃうからね。目元は薄く色が入ったサングラス。貧相な躯もハーフコートでカバー。これなら遠目でなくても、まず中学生には見えない、はず。




 私は待ち合わせ場所――ショッピングセンターの駐車場――に急いだ。

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