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ひめみこ  作者: 転々
第十二章 新たな日常
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風邪

 うーん。七度六分。風邪だ


「鬼の霍乱(かくらん)ね。今日は学校を休みなさい。連絡は私が入れとくから、一日じっとしてること」


「私は、鬼?」


「周囲りからはそう見えてるかもね。

 はい、お薬と飲み物。なにかあったら、お義母さんに言うのよ」


「うん。分かった」




 こうなった原因は分かっている。一昨日の晩だ。うん。馬鹿なことをした。

 熱を出すなんて、何時ぶりだろう。あ、『血の発現』のときか。このまま元の姿に戻れたら……、いや、今更戻ったとしても『私』の居場所は無い。それに、周と円の進学を考えれば、比売神子としての収入は離せない。

 そのためなら、子作りだっていたしますとも。……いずれは。


 横になっていると、くだらないことばかり考えてしまう。もう少し建設的なことを考えないと。




 そうだ。一週間前に、天気予報を視ながらタイヤ交換の話をしていた。これがそもそもの始まりだ。

 今のホイールは重いから、鍛造の軽量ホイールに換えることを勧めたんだ。

 初めはお母さんも乗り気だったけど、値段を聞いたら却下された。交換作業がシンドいと言ったが、ディーラーで換えてもらえば良いと。「どうせあの車、あと十年も乗らないでしょ。だったら、毎回換えてもらっても、ホイール買うより安いわ」というド正論。更に「これだから、貧乏したこと無い人は……」と、別のところに飛び火しそうになったので、可及的速やかに戦略的撤退を開始することに。

 こういう感覚――主婦感覚――がまだまだということは、女性としてもまだまだなのかも知れない。でも、比売神子になってから、月々の五十万に加えて『毎月冬のボーナス並』だから、そういう感覚が育たないのだ。うん。そういうことにしておこう。


 また、思考がお金の方に行ってしまう。それは置いておいて、タイヤ交換のこと。

 一昨日の土曜日の朝。『夕方からこの冬一番の寒気で、平野部でも積雪の恐れが』の予報に、慌ててタイヤを積んでディーラーへ行ったのだ。


 タイヤを替えてもらって、お母さんとランチをして、買い物をして……、周と円を迎えに行った帰りに雪が降り出したのだ。

 それを見て、お母さんを除いた三人がハイになったのだ。何で私までハイになってたんだろう? 幼児や小学生の子どもでもないのに。


 周と円をお風呂に入れて、夕食を食べて、珍しくお母さんからお許しが出て冷酒を飲んだ。これが間違いの始まりだった。二人を寝かしつけて、更に雪を見ながら続きを飲んでた。

 枝に積もる雪は満開の花、舞う雪は花びら。ここまでは良かったけど、何を思ったのか外に出たのが最大の誤り。


 見上げると暗い空から音も無く雪が降ってくる。それを見ていると、自分が空に浮き上がって宇宙を進むような錯覚をする。それが楽しくて、ずいぶん長いこと雪を見ていた。

 うん。馬鹿だった。


 翌日はちょっと調子が悪かったけど、この身体になって病気をしたことが無かったものだから勝手が分からなくて、それをおして三人で雪遊びをした。

 これも、今思えば誤りだった。


 調子の悪さは気のせいということにして、普段通りに生活した結果が、今朝の発熱だ。うーん。振り返ると、馬鹿だな。何やってるんだろう。


 考えていると微睡(まどろ)んできた。




 あ、これは夢だな。


 気づいた理由は簡単で、学校の廊下にいる自分は少年の姿だった。何時の頃からか、夢の中でも自身の姿は昌だったのに、久々に前世の姿だ。

 教室から誰か出てくる。由美香ちゃんだ。僕は由美香ちゃんを呼び止め、告白し、あえなく振られた。うん。分かっていた。友達ではあったけど、僕は由美香ちゃんの好みのタイプではなかったし。でも、気まずくて、もう友達としても居られない。


 目を覚ますと無性に寂しくなる。同時に自分の身体が寝る前と同じく昌であることを確かめ、安心する。


 なんで、こんな変な夢を……。


 まだ、男性としての意識が女性との恋愛に、未練を残しているということだろうか? あるいは、その未練と決別しなさいということだろうか? 自分の中では、とっくに整理がついたと思っていたはずなのに。


 私は、汗で湿った下着とパジャマを替えた。水分を補給し、横になる。

 変な夢だった。『僕』だった頃に由美香ちゃんと会うはずもなく、それにその頃はこの外見がコンプレックスで、女の子に告白する勇気も無かった。得てして夢はそういうものだけど……。




 次に目を覚ますと、夕方だった。体温を測ると六度台。身体も怠さは残っているけど、問題無さそうだ。

 お腹もすいたので、軽く雑炊を作って食べる。風邪には、鶏、ネギ、ショウガ、ほうれん草、卵。軽く一杯を食べ終わる頃には、身体も内側からじんわりと温まる。明日は学校に行けそうかな? いや、もう一日ぐらいは大事を取った方がいいかな?


 リビングのソファに座り、袖のついた毛布に包まる。視るとも無くテレビをつけると、呼び鈴の音。インターフォンのモニタに映っているのは由美香ちゃんと紬ちゃんだ。




 とりあえずリビングで二人を迎えることに。


「昌ちゃん、どう?」


 由美香ちゃんが訊く。


「熱も下がってきたし大丈夫だよ。それに、ほんとにシンドかったら、居留守使ってたかも」


「ですよねー。紬は止めたんですけど、由美香ちゃんがどうしてもって言うですから」


 こういうところは紬ちゃんの方が大人の判断ができるようだ。でも、由美香ちゃんの気持ちは嬉しい。


「ところで、どうして熱なんか出したですか? 珍しく不摂生したですね?」


 紬ちゃんもそれなりに心配だったらしい。確かに、去年は自宅療養だったし、大病した設定だ。

 私はことの顛末を話した。


「お馬鹿ですね」


 予想通り、紬ちゃんは一言で切って捨てる。


「でも、昌ちゃんって、風流だね」


「風流で終わってれば良いのに、そこでロマンを求めるところがお馬鹿ですよ」


 あ、紬ちゃん、初めて正しい意味で浪漫という言葉を使った。でも、思ったことは口に出さず、笑ってごまかす。


「熱出したのは一年ぶりぐらいだけど、変な夢見ちゃったよ。起きたら、思わず自分の性別確かめちゃった」


 と言ってから、しまった、と思う。紬ちゃんが思いっきり食いついてきて、結局話すことに。告白の件はぼかしてだけど。




「昌ちゃんが男でも女でも、大切な友達だよ」


「昌クンが男の娘だったら、友達じゃなく、彼氏にするですよ」


 二人の言葉に、ホロっと来てしまう。私は「ありがとう」としか言えなかった。


「おぉ~。昌クンが珍しくデレた。これは萌えるです。紬は昌クンとならいつでも道を過ってもいいですよ!」




 でも、由美香ちゃんにとって私は友達で、恋愛の対象にはなれないってことなんだなぁ。いや、まぁ、それは仕方が無いことだけど。

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