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ひめみこ  作者: 転々
第十二章 新たな日常
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ストッキング

 寒い。十一月ともなると風が冷たい。いくら比売神子の細胞が強靱だといっても、風邪だってひくに違いない。

 何故、中学校の制服はパンツでなくスカートなのだろう。防犯のことを考えれば、パンツか、せめてキュロットあたりにした方が良いと思うのだけど。


「昌、これ、履いて行く?」


 お母さんが渡してくれた薄い包みは、銀行強盗が被ると云われているアレだ。昨シーズンはずっとパンツで通していたから履かなかったけど、今シーズンは制服だ。

 クラスの女子達は未だ生足を晒しているが、そんなやせ我慢は無駄なこと。大体、オシャレでもない制服で、寒いのを我慢してまでスカートを短くしたり、生足を晒すのもおかしなものだ。そのくせ「男子の視線が」とか言うわけで……。もし女子の制服でもパンツかスラックスを選べたなら、私ならそちら一択だと思う。


 このあたり、三年生になると受験生とあってか、きちんと履いてくる。体調管理の一つとして防寒は欠かせない。ところが、高校生になると再び生足。防寒は受験生のときだけのようだ。少しでもオシャレをして、そのためには少々寒くても我慢する。これができないあたり、私はまだ女子になりきれていないのかも知れない。


 渡されたものに脚を通した。案外スッと通る。爪先、踵を合わせ縫い目が臑と平行になるよう調節する。




 外に出ると風は冷たいものの、ストッキングの効果は予想より大きい。でも、スラックスの方が良いな。女子の中には通学時は体育のジャージをスカートの下に履いてくるのもいる。でも、それはそれでどうなんだろう?


 本当は膝小僧まで隠れる靴下を使えたらその方が良いのだけど、なぜか校則で禁じられている。スカートを大昔のスケ番並に伸ばすよりも、膝が覆われる靴下の方が、防寒という点では遙かに効果があるんだけどな。

 うん。やはり、制服はスカート以外も選べるようにすべきだと思う。昨今は学校でも性自認に対する配慮というのも求められるのだから、その一環として。なんと言っても、自治体に物理的なコストが発生しないし、冬はこの方が暖かいし。


 自転車に鍵をかけ、生徒玄関に向かう。なぜか普段より視線が多い気がする。どこか変なのだろうか? 保健室前の姿見に写った姿はいつも通りだ。おかしなところは特にない。




 昼食後、なぜか三年生に呼ばれた。残念ながら呼びに来たのは女子生徒三人で、告白という感じでは無さそうだ。三人とも面識は無い。

 連れていかれたのは、プールと更衣室への渡り廊下前。普段、あまり人気は無いけど、女子生徒が更に二人待っていた。


「アンタ、どういうつもり?」


「どういうつもり? って言われても、そもそも、何で呼ばれたかも分からないのですが……」


 なんだか碌でもない話のようだ。大昔のマンガだったら、タバコの吸い殻が散らばった体育館裏、って状況なのかな?

 まぁ、一応は相手の言い分も聞いておこう。判断はそれからだ。うん。こういう場面で冷静に判断できるのは、『私』の記憶のおかげだな。


 彼女たちの言い分を要約すると、ストッキングと、靴ならローファーやパンプスは、部活引退後の三年生だけという『しきたり』で、私はそれを破ったということらしい。令和なのに、平成どころか昭和の感覚だ。

 結局、中学校という同世代ばかりの均質な空間しか知らないから、こういうおかしな『しきたり』に疑問を持たないのだろう。狭い世界でしか通用しない不文律と、手に持ったスマホの対比が滑稽だ。


 でも、ストッキングを着けている割にスカートは短いし、何故か上着の丈も短い。ちょっと前屈したら、それこそ自転車に乗っただけでも、上着の裾から下のブラウス等が覗きそうだ。正直格好悪いし、それ以前に寒いだろう。


「何か、言いなさいよ」


 思考が明後日の方にとんでいたら、それに焦れたのだろう、リーダー格の女子が、精一杯の迫力で私に言う。向こうも立場上、引っ込みがつかなくなっているのだろうか。

 でも迫力不足だ。沙耶香さんの方が百倍怖い。実際のところ、この五人ぐらいなら、簡単に制圧できる。多分、千鶴ちゃんや優奈ちゃんでも余裕だろう。って、こんな物騒なこと考えてしまうって、私自身もかなり苛立っているのかな?


「済みませんでした。そういう規則が在ることを知らなかったものですから」


 私の女子中学生歴は半年強。『しきたり』は知らないけど、そんな規則が無いことは分かっている。正直に言っただけだ。少しイヤミな意趣返しだけれども。


「勉強できるからって先生に贔屓されて、ちょっと調子に乗ってるんじゃない?」


 別の女子が言い出すと、他の女子も続いた。結局、ストッキングがどうこうじゃ無くて、私のことが気に食わないのだろう。確かに贔屓は……、贔屓と言うより、先生方が私に気を遣っているところはある。けど、それは主に沙耶香さんの交渉の所為だ。

 でも、それ以外は言いがかりもいいとこだ。

 私は化粧もしてないし、脚も見せびらかしてない。髪だって加工していないし、校則もなるべく守っている。制服は仕立ててもらったときのままで、巻き込んで短くしたり、まして君らみたいに変形させたりもしていない。かといって、一つ一つ反論したって、意味が無いし。


「昌ちゃん!」


 聞き流していると、後ろから由美香ちゃんの声。

 由美香ちゃんと、紬ちゃん、何故か松田君、そして少し遅れて詩帆ちゃんが来た。


「あ、由美香ちゃん。どうしたの?」


「どうしたの? って、三年生に呼び出されたって聞いたから」


「アンタらは関係ないでしょ。ウチらが用があるのはこの子だけなんだからさ」


「昌ちゃんは、去年まで病気療養で、学校のことは……」


 まずい、由美香ちゃんまで巻き込むことになる。落としどころを考えてなかった。

 あっちも、由美香ちゃんも熱くなってきている。こういう場面になると、逆に冷静になってしまい、私の方がおろおろしてしまう。


 由美香ちゃんは、なかなかの勘違いで私の設定を力説する。私が病後はものすごいリハビリをしたに違いないとか、勉強だって、他に何もすることが無くてしていたとか……。

 家では食事の支度や洗濯もしてるのはそうだけど。この辺は大人としての経験があれば普通のことだ。でも、由美香ちゃん達には、私の設定は少女マンガの主人公みたいに見えているようだ。


 落としどころは無かったけど、由美香ちゃんの涙目の力説に毒気を抜かれたのか、予鈴を機にこの場はお開きとなった。

 場違いだけど、由美香ちゃんと出会えてとても良かったと思う。




「ところで、松田君はなんで?」


「川崎さんに呼ばれた」


 例によって、松田君はボソッと応える。


「男子がいたときの、腕力要員ですよ。殴りっこなら、この学校で松田より強いのはそうそういないですから」


「空手の試合とガチの殴り合いは違う」


 ポケットに手を突っ込んで言う。確かに松田君、空手は強いのかも知れないけど、ガチのケンカはあまり強そうに見えない。


「でも、由美香ちゃんも松田君も、ありがとう。助かったよ。あと、紬ちゃんも詩帆ちゃんも」


「紬はついでですか?」


「紬ちゃんも私もついでだよ。でもまぁ、何事も無くて良かった」


 詩帆ちゃんはそう言うけど、それでも来てくれた。私は友達に恵まれている。




 翌日、ストッキングはまずいかな? ということで、薄手のインナーを履いた。チャコールグレーを基調にした迷彩柄は、制服との取り合わせが凄く変だけど、これはこれで暖かい。そして犬印の腹巻き。

 股引(モモヒキ)も腹巻きも校則で禁じられていない。見栄えは悪いけど、特にアレの最中には重要なのだ。


 皆にも勧めて、腹巻きが思いのほか快適だということは理解してもらえたけど、おばちゃんくさいのがダメらしい。

 でも、ババシャツがOKなのに腹巻きはダメという線引きは、今ひとつ理解できない。この辺もやはり、まだまだ女子力不足ということなのだろうか?


 藤井先生も「制服に迷彩柄のインナーはいただけないわね」と言うが……。ストッキングに関する『しきたり』のことを話すと、やれやれという顔。

 先生によると、そういうローカルルールは一度廃れたはずなのに、最近になってどういうわけか息を吹き返す例が他の学校でもあったらしい。




 後日、月例の全校集会の場で、防寒のためにストッキング等を着用するよう、保健室から指導があった。私としては股引風のインナーの方が快適だったんだけど……。いや、むしろパンツかスラックスを選べた方が……。

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