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ひめみこ  作者: 転々
第十二章 新たな日常
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合宿でお風呂

 留美子さんの蹴りを紙一重で(かわ)す。本当はもっと余裕を持って躱したいけど、(はや)いし、防具で視界は限られるし、その大きさの分だけ大きく動かないと、防具無しなら当たらない場面でも当たってしまう。

 それにしても……、私の出自を打ち明けてから、留美子さんの組み手に遠慮が無い。今日もいいとこ無しだ。




「動きに無駄が多いのよ」


 沙耶香さんは軽く言うけど、留美子さんは血が出る前から格闘技をやってるし、沙耶香さんの柔術歴はもっと長い。始めて一年の私じゃ勝負にならないのも仕方ないと思う。


 でも、確かに沙耶香さんは簡単に留美子さんの動きを封じる。ゆっくりとしか動いてないように見えるのに、あっさり懐を取ってしまう。そして、その状態になると、相手が何をしてくるのかがあらかじめ解っているような動きで、突きや蹴りを抑えてしまう。

 これが合理的な動き、ということなのだろう。多分、相手との位置取りが上手いんだろうな。互いの角度とか、自分からは近く、相手が攻撃するには遠い位置。レベルが違う。


 留美子さんの休憩が終わり、もう一度。


 沙耶香さんに振り回されて失ったスタミナは、短時間の休憩では戻らない。その状態なら、私でも懐をとれる。でも、その後が続かない。それでも、互いにスタミナが切れてくると、私の方に分があるようだ。単純に、燃料タンクの大きさとパワーの差が出ているだけかも知れないけど。

 でも、一番の凄いのは沙耶香さんだ。私と留美子さんを交互に相手しているのに、息一つ乱していない。確かに体格が十五キロぐらいは違うだろうし、向こうは余裕を持っているのに対して、こっちは全力だから、燃料の消費も違うのだろう。


「昌ちゃんは、スピードとパワーに頼らないやり方を身につけないとね。もう少し勉強なさい」


 難しいこと言う。これでも沙耶香さんの動きを参考にしているから、留美子さんの懐を取る回数も増えているのだけど。




 訓練が終わったので夕食前にお風呂。この宿は露天風呂があるのだ。皆は温泉街に繰り出したけど、私は正直、スタミナ切れだ。

 軽くかけ湯をして、湯船に浸かる。ふぃ~、極楽極楽。


 既に女湯にも抵抗感は無い。と言っても、露天風呂は私一人の貸し切り状態。大浴場も曇ったガラスの向こうに三、四人のシルエットが見えるだけ。風呂には早い時間だからだ。

 それを良いことに全身を弛緩させる。上半身を腕で支え、腰から下を少し濁ったお湯に浮かべる。




 露天風呂の引き戸が開いた。慌てて身体を沈めて振り向くと、入ってきたのは留美子さん。惜しげも無く身体を晒しているので、視線をそらす。初対面のときの沐浴とは大違いだ。別に劣情は抱きませんけど。


「あら、そんなに気を遣わなくていいのよ」


「あ、どうも。でも、ほら、以前の私は……」


「私は、今の貴女しか知らないし、以前って言ってもあの写真しか見てないから。それとも、私の身体でコーフンする?」


「いえ、それは……、少しはドキドキしますけど、その、直接的な、よ、欲情? とは、違う気がします」


「なら、構わないわ。女の子でしょ」


 なんだか気まずい。身体や脳が、そうなっているからだろうか、女性をそういう視点で見ることが無くなって久しい。むしろ気恥ずかしさが先に立つ。




「ところで」


「ひゃいっ!」


 私の返事に留美子さんはコロコロと笑う。一(しき)り笑った後、少し真面目な顔で近づいてきた。


「貴女、恋愛の対象は、男? 女?」


「……わ、分かりません」


「前は、女だったのよね?」


 私は無言で頷いた。


「で、今は分からないと」


 再び頷く私を見て、留美子さんは「なるほどね」と一人納得する。何が「なるほど」なんだろう? でも、分からなくなってきた。女性にそういう気持ちは持たなくなったけど、男性相手に持つかというと、そうでも無い。

 クラスの男子の顔ぶれを思い浮かべても、何とも思わない――というより、年少者を見る気持ちになる。では、年上はと言うと、知り合いらしい知り合いは……、高橋慶一さんだけか。思い出そうとしても、顔の各パーツは思い出せるのに、全体が思い出せない。なんでだろ? ふと彼の手を思い出す。思い出すと少しドキドキする。思い出し吊り橋効果?

 顔を半分沈めて泡をブクブク出す。




「のぼせそうなので、もう出ますね」


 留美子さんに一言断って、露天風呂を後にした。大浴場で手早く洗い、髪をすすぐのだけは念入りにする。


 備え付けのドライヤーで髪を乾かしていると、留美子さんがやってきた。ノースリーブに短パン、長い髪はアップにしたような格好でタオルで包んでいる。

 私は冷風を当て終わったので、ドライヤーをホルダーに戻した。


「昌ちゃん、強くなったわね」


「そうでしょうか?」


「うん。やりにくくなった。沙耶香さん以外で、あんな簡単に詰められる人は、そうそういないと思う」


 そうだろうか? 光紀さんも、あっさり懐とりそうに思うけど。


「でも、負けないからね」


 そう言うと髪を乾かし始めた。長いので大変そうだ。ドライヤーの音で声は届かないだろうから、鏡越しに会釈して脱衣所を出る。




 夕食後、いつもなら沙耶香さんと酒盛りタイムなのに、夕方の続きなのか、温泉街に繰り出していった。私はと言うと、風呂上がりに食事をしたら、再びどっと疲れが押し寄せてきた。

 部屋に戻ったが、飲むかどうか迷う。この状態で飲んだら、絶対に酔っ払う。


 と、部屋の呼び鈴が鳴った。出ると留美子さん。


「へー、ダブルの部屋を一人でなんて、やっぱり比売神子になると待遇は違うのね」


 神子だったときは、大抵はツインか、全員で大部屋ということが多かったけど、通過儀礼後は一人で一部屋だ。

 留美子さんはテーブルに、おそらく自販機で買ってきたのだろう、缶酎ハイとスナックを置いた。二缶取ると一つを私に向けた。

 飲むか迷っていたけど、勧められたならと、プルタブを開ける。


「「乾杯」」


 とりあえず飲み始めたが、留美子さん、何しに来たんだろ。

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