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ひめみこ  作者: 転々
第十二章 新たな日常
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堕ちる 二

 高橋さんの社会的生命は、その生殺与奪の権は、私が握っているのだぞ、と思いながらもう一口。入っていた具は鯛だ。しかも軽く炙ってある。これはこれで美味しい。意外な組み合わせだが、包んでいる蓮と味が喧嘩していない。うーん、幸せ。


 向かいで箸を進める高橋さんの手を見る。育ちが良いのか、箸も椀もきれいな持ち方だ。爪もきれいに切りそろえられ、指先にはささくれもない。でも、お椀を持つ人差し指が少し曲がっている。怪我の痕なのかな?

 手からさっきのことを思い出すと、また心臓が鼓動を速める。なんだか目を離せない。これも、危機的状況から安心感+美味しい食事がもたらす生理反応だ。

 狙ってしているなら事案発生だし、天然だったら女誑しだ。




 程なく、造りが来た。青身はアジかイワシだろう。そして、イカ、サーモン、マグロ、多分ヒラメの昆布締め。甘エビや鯛は蓮蒸しとかぶるからだろうか、外してある。多分、今日の目玉は青身だ。

 私の視線に気づいたのか「どうぞ」と勧めてくれた。では、遠慮無く狙っていたものをショウガと醤油でパクり。やはりアジだ。もう一切れ、今度は昆布締め。これも美味しい。

 高橋さんも、ぼちぼちと食べていると、メインの釜めしが登場。蓋を取ると鶏の香りに具はキノコ、ニンジン、ゴボウ、油揚げ。オーソドックスな炊き込みご飯だ。お品書きの感じから、鯛あたりを予想していたが違った。でも、これはこれで美味しそう。


 早速、しゃもじを入れ、小さめの茶碗によそう。

 一口食べると、薄味だけれども膨らみのある旨み。鶏の脂と油揚げが良い仕事をしている。二口、三口と進めていたら、いつの間にか揚げ出しと取り鉢も前にある。視線を上げると笑いながら「どうぞ」と勧めてくれた。

 ナスは脂っこいからかつゆは濃い色をしているが、豆腐の方は吸いもの並に薄い色。油を吸ったナスは胃にもたれそうなので、豆腐を一切れ取る。

 材料は普通だけど、プロが揚げたものは違う。どうしてこんなにさっくりと仕上がるのだろう。


 再び、釜めしに戻る。お米は大きい釜で炊いた方が美味しいと言うけど、こういう釜で炊いたときのお焦げも格別なのだ。

 本当は、このお焦げのところに、さっきの揚げ出しのつゆとお茶をかけて、ワサビとともにお茶漬け的な食べ方をしたいところだけど……。さすがにそれは行儀が悪い。今回は我慢しておこう。でも、釜めしの具が鯛だったら、我慢できなかったかも知れない。

 よし、今度は家で釜めしを作ろう。土鍋で炊けば美味しいに違いない。あ、家はIHだった。良い方法がないかなぁ。




 でも、会話が今一つ続かない。世代がいろんな意味で違うし、向こうから見れば、私は女子中学生。『私』の知識に基づく話題はふれない。専ら、彼の高校時代の話が中心だ。この話題に関しては、案外話が上手い。

 でも、恋愛話は聞き出せなかった。いくら水を向けてもはぐらかすのだ。別に、話に十八禁な内容が混ざっても大丈夫なのですけど。




 そろそろお客も増えて始めたので、私たちはお(いとま)することに。客層からかお酒が入ってもお行儀は良いのだが、それでも場違いな私はチラ見される。

 今度お母さんと来たいな、と金額を見ようとしたけど……、お勘定はカードでした。さすがにここで金額を訊くのは中学生としては具合が悪いだろう。うーん。

 彼は蓮蒸しが気に入ったらしく、お品書きに加えられないか訊いていたが、今回はたまたま良い加賀蓮根が入ったからだと言う。今日来たのはラッキーだった。




 ちょっと一雨来そうかな? そう思いながら、助手席に座って行き先を告げた。ふと横を見ると、多分クセなのだろう、シフトノブに左手を乗せたまま人差し指と中指を擦り合わせている。やっぱり、左手の人差し指だけ、微妙に曲がっている。

 指を上げたときに、ちょっとつついたらびっくりするかな? 怒るかな? あれ? なんでこんな変なことを考えてるのだろう。別に、手フェチでもないはずなのに。

 私は窓の外に目を移した。ポツポツと雨が降り始めている。やだなぁ。


「降り出したから、家の前まで送るよ」


「でも、あの道、袋小路になってて、この大きい車じゃ方向転換が難しいですよ」


「大丈夫。あちこちセンサーが付いてるし、トップビューモニタも付いてる。女の子がそんなこと気にしなくていいよ」


「ありがとうございます」


 結局、家の前まで送られることに。

 一応方向転換出来るところまで誘導し、車が出るのを見送った。




「ただいま」


 時計はギリギリ七時五十分過ぎ。予告時間に間に合った。お母さんには、エスカレータで助けてもらったこと、なぜか食事を一緒にすることになったこと、食べたものの内容、今度一緒に行かないか相談。何事も報・連・相だ。


「助けてもらったお礼に、夕食を奢らせてあげるなんて、なかなかの女子力ね.これは恋の始まりかしらぁ?」


 これは女子力じゃ無いと思うぞ。どっちかというと悪女力だ。と考えたところで顔が熱くなる。


「あ、赤くなった。」


 お母さんはちょっと悪い笑みを浮かべる。


「そういうことじゃないよ。先にお風呂に入るね」


 私は風呂場に避難することにした。




 湯船から出て姿見に写った自分を見る。やっぱり貧相な(からだ)だ。

 細い手足と貧相な尻。これを羨ましがっていた女子もいたけど、大抵の男性はもう少し肉が付いていた方が魅力的に思うはず。

 胸は……、少しずつ成長してはいるけど、別のところは、相変わらずの不毛地帯。どうしてだろう。こんなんじゃ、人前で脱げないよ。紬ちゃんからプールに誘われているけど、更衣室が憂鬱だ。


 泡立てたボディソープで身体を洗う。胸を洗いながら、せめてここだけでももう少し成長しないかとため息をつく。石けんのついた手で少し持ち上げてみる。

 マッサージとか効くのかなぁ。あるいは誰かに揉んでもらうとか。ふと、人差し指が曲がった手を思い出す。さっき鼓動が速くなったことを思い出すが、慌てて変な考えを打ち消す。


 今日の私は変だ。吊り橋効果ってここまで効くのか。『私』はそういう手段をバカにしていたけど、自分がその立場に立つと、全くバカに出来ない。これは、よく使われるはずだ。




 子ども達は既に寝ている。その隣で私も横になる。タオルケットをお腹に乗せ、今日のことを思い出すが、お婆ちゃんのお見舞いがずいぶん前のことに思われる。


 なんだか切ない。以前感じたことのある切なさとは違うけど。目を閉じると、顔は思い出せないのに、手を思い出してしまう。どういうことだろう。本当に私は手フェチなのか? 指フェチなのか? 勝手に変な妄想が始まってしまう。


 寝付けないならと、リビングで本を読むが集中できない。どうしよう。いっそ二階の寝室にエアコンをかけて、そこで自家発電でも、と一瞬考え、それを振り払う。


 本当に、何なんだろ今日は!

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