着替え
「明日はこれを身につけて、外出してもらいます」
沙耶香さんが箱から取り出したのは、黒いフサフサ。
「これって、ズラ?」
「ウィッグです。さすがに女の子がその髪型というわけにいきませんから、これを着けます。
あと、こちらが外出の衣装ね。今日は早めに入浴して、服を合わせましょう」
「やっぱり、一緒にですか?」
「はい」
「あの、抵抗感って無いんですか?」
「それは、少しはあるわよ。でも、早いか遅いかの違いだし。
あ、言ってなかったわね。神子は月に何度か寝食を共にするのよ。そのときは一緒に沐浴をすることになっていますから、貴女も慣れておいて下さいね」
それ、先月までの私だったらご褒美だけど、今は罰ゲームです。
「それに今の貴女はとっても可愛いし、前の貴方もちょっといい男だったし」
どう返すのが正解か分かりません。
もしかして沙耶香さんって両刀? ところで昨日は、前の私を知らないって言ってませんでしたっけ?
私が黙っていると「さ、浴場ですよ」と立ち上がった。
「ずいぶん伸びましたね」
「?」
「髪の毛」
「あ、本当だ。って、一年分ぐらい伸びてませんか?」
「『血の発現』の後は、髪の毛が急速に伸びることが多いのよ。
特に私や貴女のように、髪や目の色が変わってしまうほどの変容だと、髪の毛が全部抜け替わったりすることもあります。実際、私は全身ハゲになりました。
貴女の場合も、頭髪以外がほとんど抜けただけじゃなく、歯も全部生え替わったわ」
慌てて鏡を覗き込むと、確かに歯から一切の被せものが消えている。8020運動に参加出来るかも。
「本当だ。あれ、でも親知らずどころか、上は七番目の歯も無いですね」
一体どんなメカニズムなんだろう。
若返ったり小さくなったり、まして性別が変わることに比べたら、歯が生え替わるぐらいは些細なことだけど。
幸い、浴場は今日も二人きりで、特に変なことはあまり起こらなかった。
べ、別に期待していたわけじゃないんだからねっ!
ちょっと心の中で言ってみました。なお、気持ちよかったことについては否定いたしません。
メインは病室に戻ってからだった。ウィッグを頭に乗せられ、ブラシで整えられる。
そして、厚手の短いタンクトップもどきを渡された。
「これって、もしかして……」
「もしかしなくても、スポーツブラです。これなら着けるのも難しくありませんわ」
「いつの間にサイズを測ったんですか?」
「昨日、浴場でよ」
あの、過剰なスキンシップはそういうことだったのか。あれ、だったら今日のは何だったんだろう。
「はい、着けなさい。それとも着けて欲しい?」
「いえ、自分で着けられます。……多分」
とは言ったものの……、沙耶香さんはニコニコしながら見ている。
私はベッドの周りのカーテンを閉めると、ノースリーブを脱いだ。
ふぅ。こんなの着けることになるとはね……。
渡された下着を被って腕を通す。あ、これ良いかも。きっちりホールドされる。
「着けましたよ。上着を下さい」
「ちょっと待って、一応確認するから」
沙耶香さんは私の腕を持ち上げ、脇や背中などをぐるりと確認すると、最後に胸をまともに触った。思わず情けない悲鳴を上げたが、お構いなしに敏感なポイントを布の上から指でなぞる。
「うん、トップの位置もOK」
「てっ、手で確認するなら一言言って下さい。不意打ちは、その、困ります!」
「あら、ごめんなさい。でもその表情、女の子らしいわ」
この人、本当に両刀なのかも。私は思わず半歩後退したが、意に介することなく次の服を取り出した。
「はい、じゃぁ次はこれね」
短いスカートと、長めのTシャツみたいなのを渡される。
「普通はね、これに合わせるのはパンツ系なんだけど、あくまで訓練だから」
「それにしても、短くないですか? 脚が丸出しなんですけど」
スカートの裾と、シャツの裾がほとんど変わらない。むしろ姿勢によっては、シャツだけに見える。しかも、何故か身体の線が出るから、否が応にもその下の形状を伺える。こういう服って、もっとゆったりしているイメージがあったんだけどな。
「じゃぁ、オーバーニーも合わせましょうか。貴女、脚が長いから映えるわよ」
膝下じゃなくて、腿が丸出しに近いのが問題なんですが……。
「あの、もう少し長いのありません? 出来ればパンツ系で」
「残念! 訓練ですからスカートしか準備しませんでした。それともこっちにする?」
出してきたのは、いかにも乙女なワンピース。確かに長さはあるけど生地がヒラヒラだから、余計頼りなさそうだ。
そこにドアをノックする音。
沙耶香さんは私の都合も聞かずに「どうぞ」って、こんな格好を他人に見せるの?
来たのは、母と渚だった。血液が顔の表面を駆け上がるのが分かる。
昨日も事故で母に下着姿を見られたけど、今回はもっと恥ずかしい。
「あーっ、ちょっと見ない間に可愛くなっちゃって!」
「女っぷりが上がったわね」
母さん『女振り』って……。
それに何で二人ともそんなに嬉しそうなんですか? 普通、夫なり息子なりがこんな姿になったら、悲しむところじゃないですか。自分が逆の立場だったら絶対泣く。
渚が、ベッドに座って俯いたまま顔を上げられない私の手を取り、立たせた。そしてそっと抱きしめてくれる。顎を彼女の肩に乗せて身を任せていると、安心感が広がり癒される。まるで子どものようだ。実際、今の身体は子どもだけど。
「さて、母と娘、感動の御対面はそこまでにして、もう一つ教えることがあります」
「何ですか? 教えることって」
「顔の洗い方、化粧の落とし方よ」
「化粧の仕方の前に落とし方ですか?」
「そう。仕方はまだまだ時間をかけられますが、落とすのは毎回でしょう。後始末から教えるのが基本です」
「OJTは後工程からが基本、ってことですね」
落とし方を習うために、簡単に化粧することになった。とりあえず眉と目周辺のメイクをしてくれるらしい。洗顔フォームの使い方を習いつつ顔を洗う。
「うーん、貴女はあまり化粧映えしない顔立ちだけど、それはそれでメイクのし甲斐があるわ! じゃ、こっち向いて目を閉じて」
なんだか、沙耶香さんは嬉しそうだ。
簡単にって言った割に、ずいぶん時間をかけてる。もう十分ぐらい経ってないかな。学生時代の黒歴史を思い出す。
「はーい、できあがり。こっちいらっしゃい。では御開帳!」
沙耶香さんに手を引かれて脱衣所から出ると、母と渚の驚いた顔が迎えてくれた。
病室に沈黙が落ちる。固まった二人を交互に見る。
「どうしたの? なんか言ってよ」
「昌幸、鏡を見てらっしゃい」
母に言われて脱衣所の鏡を覗き込んだ。
「これが……、あたし……」