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ひめみこ  作者: 転々
第一章 変わる日常
10/202

着替え

「明日はこれを身につけて、外出してもらいます」


 沙耶香(さやか)さんが箱から取り出したのは、黒いフサフサ。


「これって、ズラ?」


「ウィッグです。さすがに女の子がその髪型というわけにいきませんから、これを着けます。

 あと、こちらが外出の衣装ね。今日は早めに入浴して、服を合わせましょう」


「やっぱり、一緒にですか?」


「はい」


「あの、抵抗感って無いんですか?」


「それは、少しはあるわよ。でも、早いか遅いかの違いだし。

 あ、言ってなかったわね。神子は月に何度か寝食を共にするのよ。そのときは一緒に沐浴をすることになっていますから、貴女も慣れておいて下さいね」


 それ、先月までの私だったらご褒美だけど、今は罰ゲームです。


「それに今の貴女はとっても可愛いし、前の貴方もちょっといい男だったし」


 どう返すのが正解か分かりません。

 もしかして沙耶香さんって両刀? ところで昨日は、前の私を知らないって言ってませんでしたっけ?

 私が黙っていると「さ、浴場ですよ」と立ち上がった。


「ずいぶん伸びましたね」


「?」


「髪の毛」


「あ、本当だ。って、一年分ぐらい伸びてませんか?」


「『血の発現』の後は、髪の毛が急速に伸びることが多いのよ。

 特に私や貴女のように、髪や目の色が変わってしまうほどの変容だと、髪の毛が全部抜け替わったりすることもあります。実際、私は全身ハゲになりました。

 貴女の場合も、頭髪以外がほとんど抜けただけじゃなく、歯も全部生え替わったわ」


 慌てて鏡を覗き込むと、確かに歯から一切の被せものが消えている。8020運動に参加出来るかも。


「本当だ。あれ、でも親知らずどころか、上は七番目の歯も無いですね」


 一体どんなメカニズムなんだろう。

 若返ったり小さくなったり、まして性別が変わることに比べたら、歯が生え替わるぐらいは些細なことだけど。


 幸い、浴場は今日も二人きりで、特に変なことは()()()起こらなかった。


 べ、別に期待していたわけじゃないんだからねっ!


 ちょっと心の中で言ってみました。なお、気持ちよかったことについては否定いたしません。




 メインは病室に戻ってからだった。ウィッグを頭に乗せられ、ブラシで整えられる。

 そして、厚手の短いタンクトップもどきを渡された。


「これって、もしかして……」


「もしかしなくても、スポーツブラです。これなら着けるのも難しくありませんわ」


「いつの間にサイズを測ったんですか?」


「昨日、浴場でよ」


 あの、過剰なスキンシップはそういうことだったのか。あれ、だったら今日のは何だったんだろう。


「はい、着けなさい。それとも着けて欲しい?」


「いえ、自分で着けられます。……多分」


 とは言ったものの……、沙耶香さんはニコニコしながら見ている。

 私はベッドの周りのカーテンを閉めると、ノースリーブを脱いだ。

 ふぅ。こんなの着けることになるとはね……。

 渡された下着を被って腕を通す。あ、これ良いかも。きっちりホールドされる。


「着けましたよ。上着を下さい」


「ちょっと待って、一応確認するから」


 沙耶香さんは私の腕を持ち上げ、脇や背中などをぐるりと確認すると、最後に胸をまともに触った。思わず情けない悲鳴を上げたが、お構いなしに敏感なポイントを布の上から指でなぞる。


「うん、トップの位置もOK」


「てっ、手で確認するなら一言言って下さい。不意打ちは、その、困ります!」


「あら、ごめんなさい。でもその表情、女の子らしいわ」


 この人、本当に両刀なのかも。私は思わず半歩後退したが、意に介することなく次の服を取り出した。


「はい、じゃぁ次はこれね」


 短いスカートと、長めのTシャツみたいなのを渡される。


「普通はね、これに合わせるのはパンツ系なんだけど、あくまで訓練だから」


「それにしても、短くないですか? 脚が丸出しなんですけど」


 スカートの裾と、シャツの裾がほとんど変わらない。むしろ姿勢によっては、シャツだけに見える。しかも、何故か身体の線が出るから、否が応にもその下の形状を(うかが)える。こういう服って、もっとゆったりしているイメージがあったんだけどな。


「じゃぁ、オーバーニーも合わせましょうか。貴女、脚が長いから映えるわよ」


 膝下じゃなくて、腿が丸出しに近いのが問題なんですが……。


「あの、もう少し長いのありません? 出来ればパンツ系で」


「残念! 訓練ですからスカートしか準備しませんでした。それともこっちにする?」


 出してきたのは、いかにも乙女なワンピース。確かに長さはあるけど生地がヒラヒラだから、余計頼りなさそうだ。


 そこにドアをノックする音。

 沙耶香さんは私の都合も聞かずに「どうぞ」って、こんな格好を他人に見せるの?


 来たのは、母と(なぎさ)だった。血液が顔の表面を駆け上がるのが分かる。

 昨日も事故で母に下着姿を見られたけど、今回はもっと恥ずかしい。


「あーっ、ちょっと見ない間に可愛くなっちゃって!」


「女っぷりが上がったわね」


 母さん『女振り』って……。

 それに何で二人ともそんなに嬉しそうなんですか? 普通、夫なり息子なりがこんな姿になったら、悲しむところじゃないですか。自分が逆の立場だったら絶対泣く。


 渚が、ベッドに座って(うつむ)いたまま顔を上げられない私の手を取り、立たせた。そしてそっと抱きしめてくれる。顎を彼女の肩に乗せて身を任せていると、安心感が広がり癒される。まるで子どものようだ。実際、今の身体は子どもだけど。


「さて、母と娘、感動の御対面はそこまでにして、もう一つ教えることがあります」


「何ですか? 教えることって」


「顔の洗い方、化粧の落とし方よ」


「化粧の仕方の前に落とし方ですか?」


「そう。仕方はまだまだ時間をかけられますが、落とすのは毎回でしょう。後始末から教えるのが基本です」


「OJTは後工程からが基本、ってことですね」


 落とし方を習うために、簡単に化粧することになった。とりあえず眉と目周辺のメイクをしてくれるらしい。洗顔フォームの使い方を習いつつ顔を洗う。


「うーん、貴女はあまり化粧映えしない顔立ちだけど、それはそれでメイクのし甲斐があるわ! じゃ、こっち向いて目を閉じて」


 なんだか、沙耶香さんは嬉しそうだ。


 簡単にって言った割に、ずいぶん時間をかけてる。もう十分ぐらい経ってないかな。学生時代の黒歴史を思い出す。


「はーい、できあがり。こっちいらっしゃい。では御開帳!」


 沙耶香さんに手を引かれて脱衣所から出ると、母と渚の驚いた顔が迎えてくれた。

 病室に沈黙が落ちる。固まった二人を交互に見る。


「どうしたの? なんか言ってよ」


「昌幸、鏡を見てらっしゃい」


 母に言われて脱衣所の鏡を覗き込んだ。


「これが……、あたし……」

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