カルテNO.3 青木(盗賊)7/10
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「先生、この前はすみませんでした。言いすぎました」
青木が、初めてクリニックを訪れてから1か月ほど経った頃、再びシンオウメンタルクリニックにやってきた。
「あれから、ダンジョンハーブをやめようとしたんですが、どうしてもやめられなくて……」
悔し涙を流して、青木が言う。
「先生の言うとおり、俺はやっぱり依存症なんだ。自分の意志で、ダンジョンハーブをやめることができないなんて…… 本当に、情けない」
青木は、握りこぶしを作って自分のひざを叩いた。
「生まれてくる子供のためなら、俺はなんだってやりますよ、先生。どうすれば依存症が治りますか」
黙って青木の話を聞いていた医師は、「厳密には、依存症が『治る』ことはありません」と告げた。
青木は呆然とし、「そんな……」とつぶやいた。
「いいですか、青木さん。依存症は、依存物質を摂取することで、ドーパミンという神経伝達物質が脳内に放出され、中枢神経の働きが活発になり、快感を得るという脳のメカニズムによるものです」
医師の説明を、青木は真剣に聞いた。
「依存物質を継続的に摂取していると、だんだん快感を得るために必要な量が増えてきます。また、ダンジョンハーブの場合、しばらく摂取しないでいると、気分の落ちこみや倦怠感などの離脱症状が現れ、本人の意志とは無関係に、ハーブを求めるようになります」
思い当たる節があるようで、青木は大きくうなずいた。
「脳に依存物質と快感を結びつける回路ができあがってしまうと、たとえ一定期間依存物質を摂取せずに過ごせたとしても、再度摂取すればすぐに『やめられない状態』に戻ってしまいます。このことから、依存症は『完治』しないと申し上げました」
青木は肩を落として、「それじゃあ、俺は一生ダンジョンハーブから離れられないってわけですか」と言った。
「いいえ」
医師は、決然と言った。
「依存症でも、奥さんやこれから生まれてくるお子さんと幸せに暮らす方法が、一つだけあります」