カルテNO.3 青木(盗賊)6/10
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「男にはね、たとえ嫁を泣かせても、やらなきゃならないことがあるんだよ。ケチな道具屋なんかじゃ、夫婦二人食っていくのもやっとなんだ。俺がダンジョンに潜って、金になるハーブを採ってこなけりゃ、そもそも生活なんて成り立たないんだ」
青木は、堰を切ったように話し出した。
「そうだよ、俺に子供ができたことを言えなかったのも、そんな余裕がないとわかってたからさ。え、どうだい、先生よ。親の金で医者にしてもらって、優雅に自分の城で患者の相手をしてるあんたに、こんな俺の苦労がわかるのかよ」
少しの沈黙の後、医師は「そうですね、見かけでは人の苦労はわからないですよね」と言った。
「きれいで旦那さん思いの奥さんがいて、しかも初めてのお子さんをご懐妊だなんて、私から見れば青木さんはとても幸せな方のように思えますものね」
医師の顔には、静かな微笑みすら漂っていた。
青木は言葉をなくし、黙って診察室を出て行った。
※※※
「……ただいま」
青木が店舗を兼ねた自宅の引き戸を開けた。
「健康診断を受けたほうがいい」と、夫をだましてメンタルクリニックに受診させたことで、もしかしたら暴力を振るわれるかもしれないと覚悟していた妻は、穏やかに帰宅した夫の態度が意外で、「あ、お帰りなさい」と言うのがやっとだった。
青木は、黙ってダンジョンに潜るための準備を始めた。
「よう子、お前…… 妊娠したのか?」
青木が手を動かしながら聞くと、妻は「うん……」と言って、うつむいた。
「そうか」
青木は一瞬手を止めたが、荷造りを続けた。
「あのさ……」
玄関を出るとき、青木は妻を振り返って何か言いかけた。
「え?」
妻が聞き返すと、青木は「……いや」と言って、戸を閉めた。




