カルテNO.3 青木(盗賊)10/10
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「大体、いきなり診察室に押しかけてきて、患者の個人情報を教えろって言われて『はい、そうですか』って教える医者がいると思う? バカじゃないの?」
医師の説教が、小一時間続いていた。シンジケートの二人組は、小さくなって「はい、すみません」などと、時々謝っている。
「もういいわよ。こっちは忙しいんだから、たいがいにしてほしいわ」
やっと説教から解放されると二人組がホッとしていると、「それで? アイツはどうしてるの?」と、医師が聞いた。
「アイツ……ですか?」
二人組の丸いほうが、何のことかわからず聞き返した。
「ほら、あんたたちのお仲間に、女の子よりニューハーフが好きな、変わった趣味の男がいるでしょう。そいつのことよ」
医師から言われて、丸いほうが「ひょっとして…… ボスのことですか?」と言った。
「ボス!? なに、アイツって、自分のことボスって呼ばせてるの?」
医師は、おかしくてたまらないというように笑いながら言った。
「いい歳した大人が、揃いの服着てギャングごっこ? まあいいや。帰ったら、そのボスに伝えときなさい。人様に迷惑かけるようなことしたら、メルママが黙ってないって」
「メルママ……?」
二人組は、いぶかし気に聞き返したが、医師は「言えばわかるから」と、手ぶりで二人組を追い払い、「わかったらさっさと行きなさい。次の患者さんの診察の時間よ」と言った。
「どうもすみませんでした!」
二人組が、深々とお辞儀をして診察室を出て行こうとすると、医師が「受付で、ミカちゃんにもちゃんと謝るのよ!」と付け加えた。
※※※
「ふう。……なんだか今日は、疲労感が半端ないわね」
クリニックの診察時間が終わり、医師はいつものように駐車場にやってきた。
「あー、早く帰ってシャワー浴びたい」
しかし、そこに医師の愛車の姿はなかった。
「あらやだ、私ったら、疲れすぎて駐車場、間違っちゃったかな?」
エヘヘと笑い、しっかりと場所を確かめる。
「あれ~? ……合ってる」
よくよく駐車スペースを見てみると、一枚のカードが置いてあった。
「ん? なんだこれ」
医師はカードを拾い上げた。
「なになに、『先生お世話になりました。家族で幸せに暮らします。お車、ありがたく頂戴します』……?」
カードには、メッセージの他に猫の顔の絵が描いてあり、『怪盗猫の目』と署名が入っていた。
「怪盗猫の目……?」
どこかで聞いた名だと、医師は記憶をたどる。
「ああ、あの女三人組の!」
数年前、女性三人組の窃盗団が、世間の耳目を集めた。犯行現場には、猫の顔のイラスト入りのカードが残され、怪盗猫の目と署名されていたのである。
ある日を境に、ぱったりと犯行がなくなったため、猫の目は死んだのではないかなどという噂も流れた。
「まさか、青木さんの奥さんって……」
どうやら、盗賊だったのは、青木は青木でも……
「やられたー!」
あまりの鮮やかな手口に、医師は怒るのも忘れて笑顔になった。
「末永く、お幸せにね」
医師は仕方なくスマホを取り出し、タクシーを呼ぶことにした。
ダンジョンメンタルクリニック(3)を最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
最後のほうに出てくるニューハーフネタなど、スピンオフ作品の『医大に受かったけど、親にニューハーフバレして勘当されたので、ショーパブで働いて学費稼ぐ。』をお読みいただくと、より楽しめるかと思います。
もう少し、このシリーズを続けていきたいと考えておりますので、どうぞよろしくお願いいたします。




