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72.新しい日常③

「お前もバスケサークルの一員だよな」


 昼食を食べ終えると、藤堂が畏ったように問い掛けた。

 俺は怪訝に感じながらも、「まあな」と頷く。

 最近はサークル費も滞納していないし、活動にも参加している。

 健全なバスケサークル員だといっても過言ではない。


「私はマネージャーですかね?」

「準マネージャーだね。たまに来る時は、いつも悠と一緒だし」


 藤堂は志乃原に向けて答えると、俺に視線を戻す。


「来週、恒例のバスケサークル対抗の大会があるんだ。知ってるよな?」

「あー、そっか。そんな時期か」


 毎年、新歓シーズンに行われる対抗戦。

 上級生が卒業して、新入生が入ってくる前の限られた期間に行われる大会だ。

 俺が所属する『start』以外にも、うちの大学には同じバスケサークルがいくつも存在する。

 サークルによっても規模感や雰囲気は異なっており、和気藹々が売りのサークルもあれば、部活のような雰囲気のサークルもある。

 そんなに本気でバスケがしたいなら部活動に入ればいいのではないかと考えたこともあったが、学費を稼ぐ為にバイトを余儀なくされる学生も存在する。

 そういった人のことを考慮すれば、熟練度や雰囲気がサークルごとに違うのはバスケプレイヤーの棲み分けに繋がり、部活にはない利点といえるだろう。

 だがその分対抗試合が組まれると、エンジョイ勢が多いサークルは明らかに不利だ。

 その為、はなから参加しないサークルもある。


「先輩のサークル、強いんですか?」


 そうした背景を知って知らずか、志乃原はそんな質問をしてきた。

 俺と藤堂は顔を見合わせて、小さく頷く。

 口を開いたのは藤堂だった。


「うちの大学で、大会に参加するバスケサークルの数は七つ。冬にあった大会は、丁度真ん中の成績だった」

「真ん中ですか。四位かー、なんか反応しづらいですね」

「だろ。でもまあ、悠がいれば少なくとも二位か三位にはなれたんだぜ。こいつがサボるから」


 藤堂が口角を上げたので、俺はしかめっ面をする。


「サボってねーよ」


 正確には、寝込んでいた。礼奈との一件で。

 自分でも驚くくらい落ち込んで、何もする気が起きなかった。

 最近は流石にそんな気持ちは薄れているが、まだ胸のどこかに引っかかりはある。

 バレンタインパーティの日、エレベーターの内側から見えた礼奈の表情は、今も脳裏に焼き付いている。

 あの涙の意味は、多分本人に訊くことでしか解らない。

 この前、那月にトゲを感じたのはあの出来事が起因しているのかもしれない。

 那月は、礼奈の友達だから。


「ねえ、先輩」

「ん?」


 思考から引き戻されて、俺は短く返事をする。


「私、先輩が試合で活躍する姿見たいです」

「やだ」


 俺が二つ返事で断ると、志乃原は頬を膨らませた。


「ぶー!」


 膨らんだ頬を指でつつくと、ぷしゅりと空気が抜ける。

 ますますむくれる志乃原になんだかおかしくなっていると、横から藤堂が「俺の前でいちゃつくなって」と咎めた。


「いちゃついてる訳じゃない」

「えっ違うんですか? 私てっきりそういうつもりなのかと」

「ちげーよ黙ってろ!」

「先輩お口悪い!」


 志乃原が手足をじたばたさせて抗議するのを横目に、俺は藤堂に向き直った。


「出たくない」

「分かった、ありがとう」

「文脈おかしくね?」


 思わずツッコむと、藤堂は肩を竦めた。


「startはサークルだからな。今は気楽にやろうって人が殆どだし、以前みたいに面倒なことは起こらないよ。俺たちも本気でやって大丈夫だ」

「本気って、お前は俺に何求めてんだよ……」

「いや、スーパープレーだけど」


 こともなげに言い放った藤堂に、何か言葉返そうと口を開くと、先に声を出したのは志乃原だった。


「先輩ってやっぱり上手いんですか?」


 藤堂がすぐに頷いた。

「ああ、結構上手いよ。シューティングからもちょっと伝わったりしてない?」


 志乃原は腰を上げて「ですよね!」と大きな声を出す。

 食堂なのでそんな声もすぐに雑踏に飲まれていく。

 二人して盛り上がるのは勝手だが、期待されてもそのハードルを越えられる気がしない。体力も落ちているし、一試合フル出場しようものなら卒倒してしまうかもしれない。俺は今、そんな状態だ。


「それなのに、悠は試合になるとパスしか出さないからな。美味しいところも全部俺にパスが来る。うん、ある意味使えない」

「ひでえ言いようだな……」


 俺がげんなりすると、藤堂はニヤリとした。


「その大会って、勝ったら何か貰えるんですか? 先輩って単純なので、すぐ釣れると思いますよ」

「お前どっちの味方だよ!」


 俺が志乃原に噛み付くように言うと、志乃原はケラケラと笑う。


「味方が常にサポートしてくれると思ったら大間違いですからね!」


 要は藤堂側だという訳だ。

 義理もへったくれもない選択だが、志乃原らしいといえばそれまでの話。

 俺は志乃原を味方につける考えを即座に切り捨て、口を開いた。


「賞金とかは出るのか? 出ないなら──」

「出る」

「へ?」


 藤堂な即答に、思わず目を丸くしてしまう。

 去年は旅行券で、上位二つのサークルにあてがわれる賞品だった。

 その頃の『start』で旅行に行くことへ乗り気じゃなかったので、俺にとっては実質何の賞品もないのと同義。

 だから礼奈との一件があったとはいえ、冬の大会への不参加は迷うこともなかったのだ。

 だが藤堂がサークル代表を務め、賞金が出るようになったというなら話は別だ。


「その賞金は何に使われるんだ?」


 俺の食い付きように、志乃原は「うわあ……」と引いたような声を漏らす。

 サロンモデルで稼いでる女子大生には大人しくしてもらいたいところだ。


「興味津々かよ」

「一人暮らしをなめんなっての」


 賞金が出るとなれば、やる気が出てくるというもの。

 さすがにサークル員に配布することは大々的にできるものではないので、恐らくサークルに使われることになる。

 問題はその使い道だ。

 藤堂は俺の質問に、「安心しろよ」と笑った。


「サークル活動費だ。一位になれば、三ヶ月のサークル費が免除になる程度のな」

「ってことは……」


 サークル費は月二千円で、主に体育館の使用料やボールやシューズなどに使われている。

 費用が余った場合は年に一度各サークル員へ均等に返される決まりもあるようだが、それが実行されたことはない。

 恐らくは新歓などの費用に消えているのだろう。

 実質、各サークル員に六千円が配布されると考えてみれば中々に面白い催しだ。

 半年前みたく口うるさい先輩方はもういない。残っている先輩も、今は就活で参加はしないだろうが良い人ばかり。

 そんな状況下で断る理由はすっかり無くなっていた。

 俺は快諾したい気持ちを殺して、渋々といった表情を浮かべながら口を開いた。


「分かったよ。俺も一応、サークル員だしな」


 春休みのダラダラした時間のことを鑑みれば、大会に参加することはかなり有意義な部類に入るだろう。

 それに、友人である藤堂の顔を立てたいという気持ちも少なからずあった。

 藤堂は俺の返事に、白い歯を見せて笑った。


「おお、じゃあ決まりで。来週また改めて案内のライン送るから、よろしくな」

「私も応援に行きますね!」

「へえへえ」


 三年生になったばかりだが、今年は退屈とは無縁の大学生活が待っている予感がする。

 どうせ来年は就活だ。去年参加できなかったイベントたちも、これを皮切りに参加していってもいいかもしれない。

「先に戻るわ」と返却口へと歩いて行った藤堂の背中を見ながら、俺はそう思った。


「素直じゃないですね、先輩」

「ほっとけ」


 やはり志乃原にはバレていたようだ。

 この分だと、藤堂にも見透かされていたかもしれない。

 俺は気恥ずかしさを感じながら、天津飯の入っていた容器をお盆に乗せる。


「行くぞ」

「ふふ、はーい!」


 ──なるべく、下手な姿は見せたくないな。

 素直についてくる後輩の気配を感じ取りながら、俺はそう思った。



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