21.飲み会②
テーブルに大体の料理が並び終え、皆それぞれのグラスを片手に席を自由に移動している。
彩華も最初こそ隣に座っていたものの、別のグループに呼ばれて席替えをしてしまった。
綺麗な女子を自分の席の近くへ呼びたいのは至極当然だが、あちこちで「彩ちーん!」や「彩華さん!」と声が飛び交うことから、その好かれ具合は俺の想像を越えていた。
凄いやつだ。
性格に難ありと言われていたことから、彩華は元々世渡りが上手かった訳ではない。
今目の前に広がる光景だって、彩華なりに努力して培ってきた人間関係の賜物だろう。
本人は努力などと思っていないだろうが、俺から見ればそれは努力に違いなかった。
だから彩華が他のグループと楽しそうに話しているのを見ていると、俺も嬉しい気持ちになる。
「ちょっと悠太くーん、彩ちゃんのこと見過ぎじゃない?」
手をヒラヒラと振られ、俺は目をぱちくりとさせた。
目の前で那月が不満気な顔をしている。
「そんな見てたか?」
「ガン見だよガン見。私が席に戻ってきても何の反応もないんだもん、びっくりしたよ」
その一言で、そういえばトイレに行っていたなと何となく思い出した。
アルコールが入ると、他人がトイレから戻って来る時間がやたらと短く感じる。
「まあ彩ちゃんほんと顔整ってるもんねー、思わず見惚れる気持ちも分かる」
那月がハイボールを揺らしながら言った。
「美形に加えて顔は小さい、肌も綺麗ときた。神さまは不公平よね、生まれた時点で差をつけるなんてさ」
「まったくだ。でかいアドバンテージだよな、彩華は」
「あのレベルってなると、大学にもそうそういないし。うちのサークルって顔も選考要素に入るから可愛い子が多いんだけど、彩ちゃんその中でも一番だと思うよ、超主観だけどさ」
可愛い女子に紛れても、彩華が目立つことは確かだ。
那月の主観は強ち間違いでもないだろう。
志乃原も彩華と同じく集団の中でも際立っていたことを思い出す。
そうした女子と良い仲を築けているのは、幸運以外の何物でもないと我ながら思う。
だがそんなことより気になる言葉が、那月の口から飛び出していた。
「サークルに顔選考ってまじかよ。アウトドアサークル怖いな」
俺が軽く引いたリアクションをとると、那月は笑った。
先程は彩華を褒めていた那月だが酔っていることもあってかその笑顔は人懐っこく、男からの人気は高そうだ。
よくよく見渡すと顔選考をしていることだけあって確かに女子のレベルは高い。
「うちのサークル人気だしね。近くの女子大からも入りたいっていう人沢山来るし」
「へえ」
短く返事をすると、那月は首を傾けた。
「悠太君はそういうの嫌い?」
どうだろうか。
あからさまに嫌悪感を示すほどのことでもないが、あまり好かないといえばそうかもしれない。
自分でもよく分からない。そんな考えで軽く返事をするのが憚られて、「悠太でいいよ」と話を逸らす。
那月は頷いた。
「じゃあ、悠太。彩ちゃんも悠太と同じ気持ちだと思うよ」
「なんで?」
彩華はこのサークルの副代表という立場だ。
だからこそ俺は、自分の考えがまとまらないままこのサークルを否定することを避けたのだ。
「実情を知らないままこのサークルに入ろうとした人が大半を占めるからね。彩華も後から知ったらしくて、知った時はあからさまに嫌な顔してた」
「へえ、珍しいな」
「珍しいの?」
那月は不思議そうな表情をした。
俺といる際は珍しくもなんともない。だが他の人と一緒にいる際にそういった態度を取るのは、よっぽど気に入らなかったんだろう。
「その恩恵を一番受けたのは彩ちゃんっていうのが皮肉だよね」
那月の耳は紅く染まり、かなり酔いが回っていることが窺える。
ぽろっと口から出てきた言葉に、那月もしまったという表情になった。
「ごめ、今のは──」
「いいよ。そう思われることもあるだろ」
彩華自身、そういったことを言われるのは仕方ないことだと考えている節がある。
それが食事を共にしたサークルの友達から言われるとなれば話は別かもしれないが。
飲みの席で腹を立ててもどうにもならないという思いもあって、俺は那月の失言を軽く流した。
だが俺の態度を不安に感じたのか、那月は「彩ちゃんはほんと良い人なんだけどね」とフォローを入れてくる。
俺から彩華に失言が伝わるのを恐れているのだろう。
女は大変だなと思いかけたが、男でもこの状況では同じかもしれない。
「言わないよ。酒の席だし、誰でも好き嫌いはある」
そう言いながら、彩華ならこうした状況下でどのような態度を取っただろうかと考えた。
もし俺が影で何か言われたら、俺のために怒るのだろうか。
怒ってくれたら嬉しいと思ったが、軽く流してしまった自身のことを考えると随分都合の良い話である。
「ところでさ」
那月が話題を変えようと切り出す。
否定をしなかったということは、認めたのと同じだ。
俺も言及しようとはせず、素直に頷いた。
「彩ちゃんと付き合ってるの?」
「いや。たまに聞かれるけど、そういう仲になったこともないよ」
「そうなんだ。勘違いされそうだね、彼女さんとかいたら」
「いないから何の問題にもならないよ」
「じゃあ、いた時に勘違いされてたかも」
酒の勢いに任せて随分と踏み込んだ話題を入れてくるものだ。
以前話した時は漫画などの娯楽話ばかりだったから驚いてしまう。
俺は無言でビールを手元に寄せると、また飲み始める。
「まだ自分の分残ってるのに」
「どっちも飲むからいいの」
酒は強い方なので問題ない。真横で知らない男が寝そべっているが、少なくとも彼のように一時間で潰れるほど弱くはない自負がある。
「お酒結構飲むんだ」
意外そうな口ぶりで言ってくる。
これで煙草も吸うとなれば、万人受けしない男子であることは明らかだ。
このサークルの女子にそうした価値観があるかは判らないが、一応煙草は吸わないでおこう。──誰に見てもらおうとしているんだと、我ながら呆れてしまった。
ズボンのポケットが震えたので、スマホを取り出す。
話の途中でスマホをいじるのは酒の席に限らずマナー違反であることは承知しているが、細かな気遣いをする気分でなくなっていた。
通知先は志乃原の名前を示していた。
『先輩、今日って何時に帰ってくるんですか?今近くに来てるんですけど』
腕時計に視線を落とすと、時刻は二十時。四時間程度居座れるということだったので、未だ二時間の猶予がある。
『今日は終電間際になりそうだから、帰れ』
送信すると、一瞬で返信が届いた。
『帰れってなんですか!なんなんですかー!』
思わず口元を緩めると、那月が目敏く訊いてきた。
「女の子でしょ」
「そう思う?」
「絶対そう。なんだろ、何か判っちゃうね」
初対面に近い女子からそう言われるのは釈然としない。
何を判った気にと言いたいが、実際当てられたので何も言えないのがもどかしかった。
「礼奈から聞いてた通りだ」
つまみを取ろうと伸ばした手がぴたりと止まる。
那月の口から出た名前が、俺の元カノの名前だと理解するまでに少しの時間を要した。
投稿再開します!一週間は毎日投稿できそうです。




