15.サンタとサークル
「先輩ー、こっちです!」
辺りを見渡すと、手を大きく振る志乃原が目に入った。
志乃原を横目に通り過ぎる学生たちを見ると、彼女が目立っていることは明らかだ。
男グループが志乃原を見るや忙しなく話し込んでいる姿を確認して、俺は思わずため息を吐いた。
顔が可愛いというだけで目立つのだから、不特定多数の人間が集まる中で声を張り上げるのは控えてほしい。
今から合流する俺の身にもなってほしいものだ。
「おう」
俺が志乃原に声を掛けると、男グループが「やっぱり先着いるよなー」と話して去っていく。
予想通り、志乃原をお昼に誘うか話し合っていたらしい。
「テストお疲れでっす!」
「テンションたけーな」
「むしろなぜに先輩はそんなテンション低いんですか。テスト終わりですよ?」
こちらの気も知らずに通常運転の志乃原に、一言くらい文句を言いたくなる。
「寝不足だって言ったろ。疲れてんだよ」
俺の返事を聞くと、志乃原は頬を膨らませた。
「先輩ー。女の子からご飯誘われたのにそんな迷惑そうにするなんて贅沢すぎますって」
志乃原は「ましてや私ですよ?」といらない言葉を添えて俺の反応を伺ってくる。
「自分と一緒にいるなんて幸せですよ」とでも言いたげな、俺をからかう表情は彩華のそれとよく似ていた。
本人達の仲は良くないようなので、口には出さないが。
「眠かったらいくら男でもテンションすぐには上がらないって」
「そんなもんですかねー」
なおも不満気な顔をする志乃原は、俺の少し前を歩きながら口を尖らせる。
前々から感じていたことだが、志乃原の表情一つ一つは男心をくすぐってくる。
本人に自覚があるのか無いのかは定かでないが、元坂もこうしたあざとい言動に射抜かれたのだろうか。
元坂というお試し彼氏ができる以前にも、告白してくる男は絶えなかったとクリスマスに聞いた。
数多の男が踊らされ、そして撃沈されていく。そんな沈んでいった屍たちのことを考えると、俺はどうしても志乃原に一歩引いた態度で接したくなる。
もっとも、志乃原の積極性がそれを許さないためその気持ちが表面に現れることはないのだが。
当の志乃原はスマホで検索を掛けて、大学から近いお店を探しているようだった。
大学内にも食堂やカフェはあるが、安い代わりに人数が多い。落ち着いて食事をしようと思ったら一般の店の方が良いというのが、以前志乃原が言っていた言葉だ。
しかし食事を取る前に越えたいハードルが一つある。
「志乃原、俺まだ腹減ってないわ」
テスト勉強でほとんど寝ていなかったおかげで、朝はたっぷりと時間があった。
おかげで朝ごはんをいつもより食べることができたのだが、俺の胃袋はまだ昼食を受け付ける用意が整っていないらしい。
「それじゃ、どうします? 先にお店だけ見つけといて、その店の周り歩き回りますか?」
「やっぱり寝させてほしいな!」
「だめですよ、私の空いた時間はどうやって埋めればいいんですか。どこか行きたいところあるなら付き合うんで」
「……行きたいところねえ」
急に言われてもと首を傾げて考えたが、案外行きたいところはすぐ思い付いた。
だがそれは志乃原を連れて行くには少し忍びない場所だ。
「お前、どこでも付いてくるの?」
「はい、まあ私からご飯誘ったんですし。それくらいは」
「どこでもいいのか?」
「……なんですかその確認。流石にふーぞくとかなら帰りますけど」
「アホか、なんで後輩の女連れて風俗行かなきゃならねーんだ」
俺がつっこむと志乃原は軽快に笑う。
想像したらとんでもない絵面で、俺も思わず口角が上がった。
「そういう場所以外なら、どこでもいいですよ」
「安心しろ、そういう類じゃねえよ。最近顔出してなかったバスケサークル行きたいんだ。久しぶりにバスケしたいなって」
バスケサークル『start』は、相坂礼奈と別れて以来全く顔を出していなかったサークルだ。
その後も何となく活動には参加していなかったが、そろそろボールが恋しくなってきた。
グループラインで『テスト終わりのお昼から』と活動日時が伝えられていたことを思い出したので、タイミングが良い。
このタイミングを逃せば、また当分あのサークルに顔を出すことはないだろう。
サークルの良いところは、部活と違い拘束感の少ないところだ。無論行っていなかった期間が長ければ長いほど行きにくくなるが、それもある程度の人間関係さえ構築していればあまり問題にはならない。
志乃原は俺の提案を聞いて、少し思案する仕草を見せた。
「バスケやってたんで、それ自体は、まぁいいです。……私の入っていないサークルへ平気で誘う神経は疑いますけど」
「でもどこでもいいって言ったろ?」
「そうなんですよー私が言ったんですよ、どこでもいいって」
志乃原は先の発言を後悔するように唸って、観念したように両手を挙げた。
「仕方ないですね、付いていきます。ただ観てるだけで大丈夫なら」
「おっしゃ、大丈夫! 行こうぜ!」
「はーい」
珍しく俺と志乃原のテンションが逆転する。
どうも俺にとって好きなスポーツをすることは、顔の良い後輩と昼食を共にすることよりテンションの上がる事らしい。
◇◆
「悪いな、練習着借りちゃって」
慣れない匂いに包まれながら、俺は隣でバッシュの紐を結ぶ友達に声を掛ける。
髪をアッシュグレーに染めた藤堂真斗は、「いいって」と返事をした。
藤堂は、別サークルの新歓で知り合った友達だ。
大学に入学した初期の頃にできた友達で、煙草を吸い始めたのも藤堂の影響だった。
落ち着いた奴で、一緒にいて気が楽な存在だ。
「久しぶりだな、体育館に来るの。彼女に振られて以来か?」
「振られたんじゃねえよ、一応」
俺が弁解すると、藤堂はくっくっと笑った。
「何のプライドだよそりゃあ。すげえ分かるけどよ、その気持ち」
「浮気されたって言ったろ。それだけでもダサいんだから、事実通り俺が振ったことにしといてくれ」
振られること自体がダサいとは思わないが、男が浮気されて振られるとなれば話は別だ。
人にもよるだろうが、俺の自尊心は大いに損なわれる。
だが藤堂は身体を伸ばしながら、
「浮気するほうがダサいって。良かったじゃん浮気するようなやつと今のうちに別れられて」
と言った。
「まあ、知らずにズルズル付き合ってたほうがもっと悲惨だったけどよ」
「だろ」
藤堂はニカッと笑って、ボールを手に取った。
顔立ちの整った藤堂は当たり前にモテる。
だが二年の付き合いになる彼女に一途なようで、女遊びもしない。
藤堂と一緒にいる時間は、俺にとってかなり好きな時間だった。
「お前、そのバッシュのサイズ大丈夫か?」
藤堂は俺の履くバッシュに視線を投げた。
バッシュはサークルが貸し出ししているもので、若干大きめだ。
だが硬めに紐を締めればプレーに支障はないだろう。
「大丈夫だよ。ちょっとダサいけどな」
「おいおい、サークル費滞納してる分際で何言ってやがる。使えるだけでも感謝しろ」
「あー、このバッシュサークル費から出てるんだっけ」
「そうだよ、俺らから搾り取られた血税だ。大事に使え」
「へーい、承知しました」
俺の返事に藤堂は笑い、ボールをくるくると回した。
「ところで、入り口に突っ立ってる女誰だよ。何かすげーこっち見てるけど」
藤堂の視線を追うと、むくれている志乃原と目が合う。
体育館に入ってから放置していたことをすっかり忘れていた。
「やっべ、そういや連れてきたんだった」
「新しい彼女か? すげー可愛いな、やるじゃん」
「そんなんじゃねえよ」
「え、彼女でもないやつ入り口に放ってたのかよ」
藤堂は俺の神経を疑うような視線を浴びせる。
その視線を浴びるのは本日二度目のことだった。
「お前あんな可愛い後輩、バイト先にもいなかったろ。どうやって知り合ったんだ、合コン?」
その質問に俺は少し思案して答えた。
「……サンタにぶつかった」
「はい?」
キョトンとする藤堂を置いて、元サンタの方へ駆ける。
徹夜の割に、身体は随分と軽かった。
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