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カゲロウの丘  作者: 个島
2/16

午後の教室

 怜の頬には大きな絆創膏が貼られていた。怜の白い肌には絆創膏のベージュ色が驚くほど映えていて,遠目からでもすぐに分かった。

部活動の朝練を終えて教室へ入ってきた暁人にもすぐにわかった。

「まだ痛い?・・・ごめんな,本当」

挨拶もなしに暁人が話しかけた。怜は相変わらず読書に勤しんでいた。

「もう謝らなくていいよ。全然気にしてない」

怜はいつものような冷たい言い方にならないように気を遣って,ハイトーンを意識して返した。ただ,目を合わせたり,笑顔を作ってみたりするのは本当に苦手で,かえってぎこちなくなる気がしたのでやめた。

「やっぱ怒ってる?よね」

「つい,カッとなっちゃって,よくないのは分かってたんだけど,つい・・・」

暁人には謝ることしかできなかった。昨日のあの瞬間を思い出すだけで,とてつもない不安にさらされる。体が冷たくなっていき,小刻みに震える気がした。

「怒ってないって!しつこいなあ」

怜ははっとして,暁人を見た。暁人は俯いていたので怜と目が合うことはなかった。

「手が早いのはいつものことじゃん。それに怒らせたのは僕だし」

暁人は,はじめは,その大げさな絆創膏やヘタクソで余所余所しい演技は自分への当てつけかと思いムッとしていたが,いつも通りの怜に戻った様子を見て安堵した。

自分を責めているわけではないと思えた。

「直すようにする」

 怜の頬には大きな絆創膏が貼られていた。怜の白い肌には絆創膏のベージュ色が驚くほど映えていて,遠目からでもすぐに分かった。

部活動の朝練を終えて教室へ入ってきた暁人にもすぐにわかった。

「まだ痛い?・・・ごめんな,本当」

挨拶もなしに暁人が話しかけた。怜は相変わらず読書に勤しんでいた。

「もう謝らなくていいよ。全然気にしてない」

怜はいつものような冷たい言い方にならないように気を遣って,ハイトーンを意識して返した。ただ,目を合わせたり,笑顔を作ってみたりするのは本当に苦手で,かえってぎこちなくなる気がしたのでやめた。

「やっぱ怒ってる?よね」

「つい,カッとなっちゃって,よくないのは分かってたんだけど,つい・・・」

暁人には謝ることしかできなかった。昨日のあの瞬間を思い出すだけで,とてつもない不安にさらされる。体が冷たくなっていき,小刻みに震える気がした。

「怒ってないって!しつこいなあ」

怜ははっとして,暁人を見た。暁人は俯いていたので怜と目が合うことはなかった。

「手が早いのはいつものことじゃん。それに怒らせたのは僕だし」

暁人は,はじめは,その大げさな絆創膏やヘタクソで余所余所しい演技は自分への当てつけかと思いムッとしていたが,いつも通りの怜に戻った様子を見て安堵した。

自分を責めているわけではないと思えた。

「直すようにする」

暁人はそう言い残して,自分の席に戻っていった。

 ホームルームの時間が近づくにつれ,教室の中は生徒であふれかえり,賑やかになった。涼しかった朝の教室とは一転して,熱気に溢れている。

一番後ろの怜の席からは,そんな教室の様子がよくわかる。見えないところで働いている力関係もわかる。誰と誰がよくつるんでいて,誰が一番力があるのか。どのグループとどのグループが仲が良く,また,悪いのか。

こうも騒がしいと読書も捗らないので,怜は本を閉じて机に突っ伏した。目を閉じてぼーっとしていれば,嫌なことに関わらなくて良い気がした。

 暁人のことが気になった。誰かと会話している。きっと秋山あたりだろうと思う。暁人は小学生のころから運動が得意で身体も大きかったので,クラスの中では目立っていた。

小学校で運動の出来る男子は,女子はもちろん男子からも”モテる”のだ。それは中学生でも変わらない。「バスケ部の穂村」と言えば,同級生はもちろん,学年を越えても暁人を知る人がいるだろう。

運動能力の高さは一種のステータスで,それだけでもスクールカーストの中層以上には留まれる。

怜はそんな暁人を幼いころから見てきた。ずっと背中を追っていたようにも思える。運動の出来る暁人が羨ましかったし,妬ましい気持ちもあった。

中学生にもなると,周りも誰がより”強い”のかが何となくわかるようになってくるのか,暁人に真っ向から意見したり対立することは少なくなった。そのため,暁人の喧嘩っ早さが目立つこともなくなった。

怜にはそれが何となく,少し寂しくもあった。大きく”差”をつけられている気がした。

 ホームルームが始まった。担任が出席を取り始めたところで怜は睦の姿が無いことに気が付いた。

担任教師から「大山はお休みです」と告げられた。やっぱり,今日は学校に来ていないのだ。

休みであることが告げられたとき,クラスのどこかで小さくクスクスと笑う声や,ひそひそと囁く声が聞こえてきた。

「じゃあこれで朝のホームルームを終わります」出席確認を終えると,教師は何もないかのように教室から去って行った。

 終わると同時に教室内はどっと騒々しくなった。

「んだよー!ムシミ休みかよー!」と笑いながら大声でいうのは木村龍哉だった。いつものように須崎と金井も一緒だった。

「つまんねーよな!」と,須崎が続ける。

「いや,あいつマジキモいから!こなくていいんだけど!」竹内泰子が言う。

「ギャハハハハハ!」その場に集まっていた連中が大声で笑った。

どうして馬鹿は声がでかくて,笑い声もうるさく下品なんだろうと怜は思った。怜は木村が大嫌いだ。

周りの人間は,そのやり取りを聞いているはずだったが,聞いていないふりをしていた。怜も同じだった。暁人もそうだった。

 実質,このクラスのスクールカーストの頂点にいたのが木村たちだった。スクールカーストの上層にいる人間には力がある。

力とは,色々な側面を合わせたもので,”影響力”とも言えるようなものだ。コミュニケーションが上手でリーダーシップがあったり,運動が出来てスポーツで活躍できたりすると,クラスメイトに対する影響力が強くなる。

そのような人間は力のある人なので,クラスメイトからの信頼や支持を得やすく,ヒエラルキーの上部へと,周りが自然と押し上げる。

 しかし,影響力とは必ずしも好ましいものだけではない。このクラスの木村たちがいい例で,”暴力”もれっきとした影響力になりうるのだ。

暴力は周りを恐怖で支配する。周りの支持は見かけのもので,付き従う者はいわば虎の威を借る狐の状態なのだ。仲間になれば被害には合わないし,スクールカーストの上位だという認識も得られる。

ただのやんちゃ坊主であれば,そこまで影響力は無かっただろう。しかし,木村の悪評は凄まじかった。非行少年と言ってもいいかもしれない。

「木村の家はヤクザだ」とか,「木村の兄は地元の暴走族だ」などと言われていた。

ただの噂話程度であれば,そんなものを簡単に信じるほど怜は馬鹿ではない。しかし,実際に被害に遭った人間を怜は知っていた。隣のクラスの寺山大地だ。

 大地は暁人と同じバスケットボール部だったので,怜は暁人を通じて大地と知り合った。

大地には弟と妹が一人ずつ居る。弟は小学4年生で,妹はまだ小学校1年生くらいだったと思う。両親は共働きで帰りが遅く,弟たちの面倒は大地が見ている。

弟と妹想いの良い兄であり,曲がったことが大嫌いで,真面目な奴だった。怜は彼をいいやつだと理解してはいたが,堅物だとも思っていた。

暁人は彼のことを「ああ見えて,結構面白いやつだよ」とも言っていたが,怜は内心暁人の勘違いだろうと思った。

 昨年,大地は木村と同じクラスだった。横暴な木村と真面目で頑固な大地が衝突するのは当たり前のことだった。

きっかけは分からないが,木村が大地に因縁をつけたのが原因らしい。

きっかけなんて本当はなんでも良かったのだろう。木村は大地の毅然とした態度が気に入らなかったに違いない。

二人は口論になった挙句,木村がキレて椅子を持ち上げ,大地に振り下ろそうとしたらしい。大地はすかさず木村に突進した。

木村は教室の後ろの方まで吹っ飛んでいって,頭を打って保健室に運ばれた。

周りはもちろん大地の味方だったので,教師から大地が強く咎められることは無かったが,木村のメンツは丸潰れだった。

 しばらくして,大地は木村に対して強く反発することが無くなった。

木村の兄が出てきて,大地を脅したという。本人が何も言わないので内容はわからないが,複数台の改造バイクに囲まれた大地を見た人間がいたので,木村の兄が暴走族で大地に何かしたのは本当のようだ。

怜はきっと弟や妹をダシに脅されたのだろうと推測していた。それが一番卑怯だが効果的だからだ。

不幸にも,その一件が木村の悪名をより一層高めることになった。兄の存在を知らしめることで,自身により強い影響力を持たせてクラスを支配したのだった。

木村とは,そういう人間なのだ。

 昼休み,怜はまた一人で読書をしていた。

教室内には何人か残って雑談をしていたが,残りはどこかへ出かけたようだ。暁人はクラスメイトと外に遊びに行ったのだろう。

「うえー!気持ちわりい!!」

「どこで見つけてきたんだよそんなもん!」

またあの下品な笑い声が聞こえてくる。女子メンバーはいないようだった。

「おい!近づけんなよバカ!」

騒ぎながらあの連中が教室に入ってきた。

金井の右手が汚いものを持つようにして何かをつまんでいた。ゴキブリの触覚だった。もちろん,その先には死骸となった本体がぶら下がっていた。

教室内が一瞬でしんとなった。全員教室の端に寄って,その光景を見ていた。

校庭で遊んでいる生徒の声が室内に響いていた。7月の爽やかな風が,教室の窓から廊下の窓に向かって吹き抜けている。

怜はただ黙って本を読んでるふりをした。

「オメー,ぜってー落とすんじゃねえぞ!」と,木村が金井を笑ながら脅した。

「大丈夫大丈夫」笑って答える金井。

連中は睦の机に近づいていく。嫌な予感がして怜の顔が歪んだ。えづきそうになるのをこらえた。反吐が出るというのはこういうときのことを言うのだろうか。

恐怖と怒りが入り混じり,手に汗がじわじわと滲み出てくるのを感じた。

「早くしろよ!」金井が須崎に言う。

「キモいんだよ!」須崎はそういうと,睦の机を傾けた。

怜の予感は的中した。金井がぱっと指先を話すと,ゴキブリの死骸は睦の机の中へと消えて行った。

「うぇーーーい!!」

「おい!ふざけんなよ!早く手ぇ洗って来いよ!!」

そう騒ぎながら須崎と金井が教室から駆け出て行った。

歩きながら二人のあとを追う木村が,教室を出る瞬間に振り返り,薄ら笑いを浮かべて教室内にいる人間を見回して去って行った。

「何いまの?」

「わかんない・・・」

「ゴキブリじゃない?」

教室内でひそひそと会話が聞こえる。

「マジでないんだけど。キモすぎ・・・」

相変わらず涼しい風が吹いている。校庭の桜並木の樹冠が風に合わせて揺れていた。

 昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。

教室に次々と人が集まってくる。

怜はただ,自分の勇気の無さに憤りを感じていた。自己嫌悪の波が押し寄せてきて,午後の授業は到底集中することなど出来なかった。吐き気が止まらない。胸の中で蟲が蠢いている様だった。

ゴキブリのことを周りに広める者は居なかった。あの場にいた全員が全員が木村の一瞥の意味を理解していた。

怜はただ暁人に今日のことを話したくて仕方がなかった。

文化部の怜と,運動部の暁人とでは帰る時間が違う。それがもどかしかった。

怜は部活を終えると公園へ向かった。

暁人が来るかはわからなかったが,何となく来るような気がしていた。

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