第四話―2
その後何とか二人の仲裁に成功し雅哉達は、先刻の訓練の結果の研究をしに行った竜己を見送り、施設内の休憩スペースに身を落ち着かせた。
ため息を吐いて椅子に座ると、
「大丈夫?やっぱりアルカディアの操縦は疲れる?」
と心配そうな里奈の声が聞こえた。
「ええ、でも大丈夫ですよ」
雅哉は苦笑いして答えた。実際は二人の仲裁による疲労が多かったが、別に嘘を言ったわけでもない。
思念で操縦するとはいえ目まぐるしく変化する戦況を把握しながら戦闘行為を想像するのは、ひどく精神にくるものがあった。
それでも心配気に雅哉を見つめる里奈の脇をリリアが駆けてきて雅哉の膝に飛び乗った。それを抱き留める雅哉を見て里奈はこめかみをピクリと動かした。が、先程の事もあるしこれ以上雅哉に迷惑は掛けれないので押しとどまる。
「そういえば僕の特訓の相手ってリリアになるんですか?」
腕に抱いたリリアのせいか顔を軽く紅潮させた雅哉が聞いてくる。
「うーん、どうかしら……私がやってもいいんだけど……」
練金術師の戦闘スタイルは己の作った武器を使ったものが多い。里奈もそのスタイルを取るのだが、強力な武器しか作ってないのだ。はっきりいって雅哉に使えば確実にこの世から消える。
対してリリアは五大元素を操る魔術師だ。魔術は武器と違い加減が利く。リリアなら無傷で雅哉を気絶させることも可能だろう。さらにリリアは自分より場数を踏んでいる。師事を乞うのはリリアのほうがいいだろう。実際今雅哉の魔術訓練を担当しているのはリリアなのだし。
しかし、里奈はどうしても彼らを二人きりにしたくなかった。
優しく押しに弱い雅哉のことなので、リリアが無理矢理に求めればそれを雅哉は受け入れてしまうだろう(実際に魔術訓練の時にあわやという事態になったこともある)。
しかし、この前代未聞の計画は忙しいのだ。魔術訓練時は無理を言っているが、さすがにもう少しサボりたいなど通るはずがない。
だからといって自分とあの子の大切な雅哉を汚すわけには――
[私やらないよ]
いつの間に触れられていたのか唐突にリリアの声が頭に響いた。
「えっ、どうして?」
面食らった雅哉がリリアを見下ろした。
[雅哉に魔術撃ったり、叩いたりするのいやだもん]
リリアはさも当然が如く言う。
「でも訓練だよ?」
[嫌!たとえ訓練でも大切な人を傷つけるのは嫌!]
「リリア……?」
まくし立てるリリアの目にはうっすらと涙が浮かんでおり、その小さな体は震えていた。
(そういえばリリアは……)
リリアの境遇を思い出して里奈は、
「じゃあ仕方ないわね」
と労りを込めた声で言い、戸惑っている雅哉に目配せする。
雅哉はその意図を理解したように頷き、
「ごめんね」
そう言ってリリアの頭を撫でた。
里奈はそれを見てもあまり嫉妬を覚えなかった。
ここにいる者は皆わけありだ。皆大なり小なり心に傷を持っている。そう、気付いてないが雅哉も……
「でもどうするんですか?」
リリアの頭を撫で続けながら雅哉が聞いてくる。
「そうね……他に魔術師がいないわけじゃないけど……」
この計画はいがみ合う魔術と科学の混合を目的としているのだから、当然敵は多くあまり大人数は関わってないのだ。人数を実力で補っている現状で、計画の要とはいえ雅哉だけに人数を割くわけにはいかない。
だが、リリアはこの調子だし、自分では雅哉が死んでしまう。
「どうしようかしら……?」
頭を悩ますがいい案は全く浮かんでこなかった。
次の日。
結局どうにもならなかったその問題は里奈に任せて、雅哉は隆禅高校の己の席ですることも無くグラウンドを見つめていた。
いつもなら霧嗣が話し掛けてくるのだが、リリアがこの学校に来てあんなことをした日からあまり話し掛けてこなくなった。
やはり霧嗣も彼女が欲しく、それができた(実際は違うが)自分を妬んでいるのだろうか。
(霧嗣君なら直ぐにできそうだけど……)
性格はいいし成績も上位に入っている。だがやはり女顔がネックなのだろうか。
彼の顔は女の子っぽいを超えて女の子の顔の域に達しているのだ。
それはともかく、霧嗣と話せないのは少し淋しい。彼との会話は言わば朝の日課で、それが無いと調子がでない。
そんな思いで霧嗣を見ると、彼もこちらを見ており目が合った。取り敢えず笑い掛けると霧嗣は顔を赤くしてそっぽをむいてしまった。
笑みを苦笑に変えてここ最近吐くことの多くなったため息を吐く。
誤解を解こうにもあんなことをしたのだ、聞く耳も持たないだろうし、リリアはむしろこの状況を嬉しがっている。
(どうしようかな……)
考えてみても答えは浮かばず、
(これって彼女を怒らせて困ってる彼氏みたいだな)
と変な考えが浮かんでくる。
(何を考えているんだ僕は!)
頭を振って考えを飛ばす。
いくら女の顔をしていても彼は男なのだ。
(男だよね……?)
時々自分でも自身が無くなるのだ。彼はやっぱり女なのではないのかと。
しかし、彼は男だ。去年の水泳の時間に、クラスでの男子全員で確かめたのだ。
しかしどうにも腑に落ちない。彼には何かしら秘密があるような気がする。
急に変わる性格に女の顔。
(霧嗣君に聞いてみようか……)
しかし、それは彼の触れられたくない部分だろう。彼が話してくるのを待つしかない。だが、そうなるには先ず誤解を解かなくてはならない。
結局回帰した問題に雅哉はまた大きなため息を吐くのだった。