序章 6
引っ越しを業者に頼まず自分でやったらとても大変でした…orz
僕自身のこれまでの行いが都市伝説的な噂になっていると聞き、精神的な軽い頭痛に襲われこめかみあたりを揉みつつも次は何を話そうかと思案する。
というか、3人は鳩が豆鉄砲をくらった様な顔して固まっている。どうしたんだ?
まっ先に膠着状態から復帰したクレフくんがぎこちない動きで額の汗を拭ってから口を開いた。
「……申し訳ない。二三、尋ねたいのだが良いだろうか?」
「うん、良いよ」
「まず、“魔術師”殿の力を継承した、とは何なのだ…ですか?始祖の遺伝子が受け継がれ、何代かの後に魔人の力を宿す者が誕生する。その者が魔人間だというのが定説だったはず。
魔人は親から子へと直系にて力が代々受け継がれる性質はあり、魔法や能力などを固有のものへと昇華させた力でも継承され、代を追う毎に強大で精練な力をもった者になるのは魔人世界では常識。
しかし、他者の…ましてや魔王の力を継承するなど有り得ぬのでは?」
そう。クレフくんの言う通り始祖の子供への直接の遺伝は無い、というのが定説…というかこれまでの研究結果だ。
人間と魔人の遺伝子なら問題なく組み合うらしいのだが、なぜか始祖と人間の遺伝子では始祖の遺伝子が表に出て来ず孫・曾孫以降でひょっこりと表れる。
残念ながら『始祖』が現在進行形で存在しないので、許可を得てお骨を分けて頂いたり遺留品を分けて頂いたり、子孫の方に多大な迷惑をかけつつ協力をしてもらって研究した結果なのだ。
そもそも、研究対象となった始祖がそう多く無いという事もあったり、生きた人間を魔人世界へ放り込み始祖へと進化させる実験が禁止されているという事もあり、断定的な説ではないので、現状での暫定的なものとして定説なのだ。
「そうだね。まず、始祖からの隔世遺伝では僕みたいな力の継承は有り得ない。
だけど、例外は存在する。それが始祖と魔人が子を残していた場合。
今でこそ人間と魔人のハーフって、そこそこ存在するのは知っての通りだ。人間同士、魔人同士でしか種を残せないっていう訳じゃないんだ。
ただ、僕は人間と魔人のハーフではなく魔人へと変質した人間ー“始祖”と魔人の子孫。…つまり、魔人としての『力の継承』と始祖としての『隔世遺伝』が相まって、曾孫の僕が魔人間として生まれて、なおかつ魔王だった“魔術師”固有の力『術式』を継承したって事なんだ。僕は魔人間だけど、少し特殊で複雑な魔人間らしい」
ライトイさんとクレフくんは魔人なので力の継承については納得出来たようだ。多少疑問は感じているようには見えるが、当時の魔王が人間との間に子供を作った事の方に困惑していて、そちらの比重が大きいみたいだ。
牧下くんは微妙に眉を寄せて僕を見ている。まぁ、僕みたいな存在は珍しいだろうけど、睨む様に見つめないでもらいたいな。
「…なるほど。もう1つ、“魔術師”殿の『術式』とは何なのだろうか?かの魔王は文献も少なく、力の詳細は魔人世界でもあまり伝わってないのだ。私が知るのは『時すらも操る』というものくらいでな…です」
あぁ、たしか魔王の中でも秘匿癖の強かった魔王として有名な“魔術師”だったらしい。固有の力も子を残した事も信用における少数の者にしか伝えていない人物だったようで伝記や人物譚なども残っていない。現魔王も似た感じだよな。
「ん~と…例えば、クレフくんが掌から火をだす魔法を使う時に一定の時間火を維持するならどうする?」
「…体内の魔素を練り上げ、その一定時間は大気中の魔素との感応を維持させなければならない、ですな」
「そう。火を出すという現象を維持する為には魔素の感応も維持させなきゃいけない。それが一般的な魔法の仕組みだね。
だけど術式は、魔法を発動してそのまま“据え置ける”んだ。
魔法を発声みたいなものだと思って。声を出し続けるなら息を吐き続けなきゃいけないでしょ?
術式は声じゃなくて文字を書くって感じだね。一度書いておけば破棄しない限りそこに在り続ける事が出来るでしょ?
さっきの噂だけど、治癒魔法を据え置きで常時発動しておけば怪我をしても瞬時に回復出来る。僕からすれば治癒魔法をかけっぱなしにしておいて、怪我をした瞬間に治癒魔法で回復したってだけなんだけど、傍からみたら不死身に見えただろうと思う。
眼力だけで鎮圧って話は、威圧的な気配を発して弱者を寄せ付けない為の魔法と効果を増強する魔法を重ね掛けしておいて任意で発動させただけ。
瞬間移動は、自分の反応速度上昇と体感時間圧縮、肉体能力増加の魔法を術式で重ね掛けしてから走って移動しただけなんだけど、傍から見たら…瞬間移動に見えなくもないかな。
そんな色々な魔法を組み合わせて使える術式だから『時間すら操る』なんて言われるんだと思うよ」
僕の場合は不死身に見えるだけで実際に不老や不死な訳ではない。現魔王は術式を自在に組み合わせて実際に不老不死っぽくなっているからそれを真似てみたら案外上手くいっただけのモノマネだ。
彼女は自身の体に各種遅滞魔法を重ね掛けて体組織の細胞寿命を格段に引き伸ばし、一日の心臓脈動すら数回に留めるなどして通常の何倍も歳をとらないようにしている。更に物理障壁や魔素感応障壁やら幾重にも掛けられていて物理でも魔法でも傷つけことは難しい。万が一、致死の怪我を負っても即時全回復の治癒魔法を常設している手の込みよう。
尚、本人は魔王になって20余年経つが、殆ど表舞台に立った事がない。いつも弟分である側近が代理を務めている。なので彼女が魔王の座に着いているのは、裏で彼女を操る真の魔王が存在するから…などという噂があるほど公の場にも姿を表さない。秘匿癖と言うよりは引き籠もりって感じの魔王だ。
クレフくんは術式の効力にビックリしている様で、元々キリッとした目を見開いて僕を見ている。魔法を扱う事の出来る魔人にとって、術式とは魔人の常識から外れた代物であるという風に認識される。こういう反応は皆一様に同じだ。
「えぇ…っと。課長、俺も良いですか?」
クレフくんとライトイさんが驚愕に固まる中、その雰囲気にただ事では無いと感じ取ったのか牧下くんは普段の調子とは一転させた畏まった様子で怖ず怖ずと手を挙げて一声した。良いよ、と応えて牧下くんの次の言葉を待つ。
「え…と、人類世界には魔素が無いのに術式を使えるのは何故ですか?」
「うん。それはさっきの説明にもあったと思うけど、術式は文字を書いて置き留めておく様なものなんだ。僕自身が保有する魔素を使ってね。
だけど、それだけだと大気中に魔素の存在しない人類世界では効果が無い。だから、僕の周囲にだけ魔素を作ってるんだ。
魔法には相手の生命力を奪って自分の生命力に転換するもの、相手の放った魔法を自分の保有する魔素へ変換するものなんかがある。その応用で、大気中に漂う酸素や窒素、二酸化炭素なんかの元素・原子なんかを魔素へ転換・変換する魔法を術式に組み込んで僕の周囲にだけ魔素を存在させてるって訳。
あ、勿論業務上必要な時だけだよ?常時そんな事してたら一般の方々に迷惑掛けちゃうからね。出勤の時に術式を使えたら楽なんだけどねぇ…あはは」
と、最後におどけた調子で答えてみたものの…3人ともポカーンという表現が似合う表情になっている。
開いた口が塞がらない、という慣用句があるけど、まさに3人ともそんな感じだ。
ちょっとライトイさん、女の子がそんな顔したらダメだよ?僕にはそんな性癖は無いけど、一部の紳士達が悦んで撮影しそうな顔をしている。
「…えっと、ちょっとやってみせようか?」
その場の雰囲気を少しでも和らげようと提案してみると3人とも無言で頷いたので術式を展開する。
普段は僕を起点に半径50センチ程の魔素精製をやっているが、今回は会議室内を範囲にして低濃度に抑えた魔素精製をする。
耐性があるといっても濃すぎる魔素だと牧下くんが体調を崩す怖れがあるからだ。逆に、魔人は魔素の濃度が高い程力を十全に発揮出来る。
これは余談だが、人類世界での人間の成人男性の身体能力を1だとすると、魔人世界での魔人の身体能力は5程度となるが人類世界での魔人の身体能力は1程度にまで落ちる。
これは、魔人世界では大気中の魔素を呼吸で取り入れる事により自動的に身体能力が活性化しているからだ。勿論、魔素の存在しない人類世界ではそんな事は起きない。
因みに、魔素適応のある人間は魔人世界での身体能力が1~3程とばらつきがある。これは適応値がそれぞれ異なるからで、適応値が高い程魔人世界での身体能力は向上する。
魔人間の場合はどちらの世界にも適応しているのでどちらの世界でも身体能力に変化は無い。しかし、始祖の魔人世界への適応度合いが元になっているので、あちらの世界での身体能力が基本値になっている。始祖の魔素適応値もピンキリの2~4程度といったところかな。
歴史上の偉人に魔人間が多いと言われる所以はそこにある。
人間も魔人も魔素は無くても生きていける。しかし、人間にとっては有害で魔人にとっては有益となる魔素というものは本当に不思議なものだ。
魔素の存在する空間となった会議室内は魔人にとって心地良い空間となっていて、クレフくんは手を閉じたり開いたりして身体能力の向上を確認し感嘆の声を挙げている。ライトイさんは何というか、お風呂に入ってサッパリした後の様な笑みを浮かべてリラックスしている。牧下くんは魔素による身体能力の向上にはそれほど興味は無い様で、掌から小さな火の玉や水球、圧縮した風等の魔法を試して、人類世界でも発動する魔法に歓声を挙げ楽しんでいる。
まぁ、なんとかさっきまでの雰囲気を変える事には成功したけど、やっぱり僕は話をするのが上手くはないんだと改めて実感した。
とりあえず、残りの業務説明と社内案内を時間内で済ませられるように少し巻いていこう。
転勤先の業務内容が今までと全く違っていて疲れ、家に帰って荷解きや片付けで疲労困憊…
世の中の転勤族さんたちは凄えなって思います。
って訳でまだまだ投稿速度は遅いままです。