序章 3
すごく説明回です。かなり無理矢理感もあります。
社長の変人ぶりを目の当たりにして少し不安そうな新人たちを社内へ迎え入れて、先ずは会議室へと移動する。
荷物は隅の方へ置いてもらい、僕と対面する様に新人たちが着席する。
「さっきも言ったけど、君たちの教育係を任された上野です。一応、役職は5月から課長の予定だから、まだ一般社員だし特に畏まらないでいいからね。
それじゃ、初日だし軽く面談だけ済ませちゃおう」
互いに座ったままだがそれぞれに頭を下げる。それから研修所から回ってきた各新人たちの報告書や詳細な履歴書、個人情報などの入った書類を取り出してから軽い面談の様なものを始める。
「牧下くんは人間で22歳男性、魔素適応ありでの選抜で専門大学へ…在学中の問題はなく卒業。魔素適応値も高いし学業も研修結果も優秀だね。」
ウチの会社の履歴書には種族、魔素適応の有無やDNA検査の結果を記入する欄が存在する。
種族は基本的に人間・魔人の2種類がある。本当に極稀に僕みたいなのも居るけど、そうそう出会う事は無い。
魔素適応というのは、魔人世界における空気中を漂う元素の1つ『魔素』に適応・耐性があるかの有無の事だ。詳しい説明は後に回す。
DNA検査は遺伝子上で人類か否かを判別する為のもの。現代では、出生後すぐに病院で検査するのでほぼ100%の人が検査済みの項目だ。
牧下くんは見た感じ、同性の友人も多くて異性にモテるだろうルックス。スーツ姿も良く似合っている。既に場に慣れてきたのかリラックスしている様に見える。その時・その場での順応力もあるみたいだし対応力も期待出来るかな。専門大卒ってことは魔人世界への基礎知識も学んでるって事だし成績も良かったみたいだ。
専門大学とは、『魔人世界と関わる素質のある者のみが入学資格を有する専門学校』だ。大学という名の通り4年間の単位制。
魔素適応があるからといって必ず専門大学に入学しなければならない訳ではない。専門大学を卒業後に魔人世界関係の会社に勤めても、全く関係の無い一般企業に勤めても良い。
但し、魔人世界関係の研究員や『科学と魔法』の研究・開発をしたいならば専門大学卒業は必須条件になっている。
まぁ、僕は少し特殊な事例でもあるが、普通高校を卒業後に魔人世界関係の会社に勤める人もそれなりにいる。基本的には直接魔人世界と関わらない事務や経理だけど。
そう考えると牧下くんってかなりハイスペックじゃないか。なんで現場仕事になる『対策課』勤務なんだろう。どちらかというと『広報』や『政府担当』か『提携・交渉』向きじゃないかな?
「そして、ライトイさんは魔人の獣人種で18歳女性。小学校から特定校留学。特定高校在学中に模範生指定を受けて無事チェンジリングを取得。そのまま特定高校を卒業。
…模範生指定を受けるなんて凄いね。あれって凄く審査が厳しいのに」
実の所、魔人世界には学校というものが存在しない。それぞれの種族が集落を作って生活し、『生きる事』や『戦う術』を大人から学ぶのが魔人世界に住む者たちの常だったからだ。
20年前から始まった人類世界との交流を得て、人類世界の学校が『留学』という形で魔人の子供を受け入れ始めた。そして、魔人の子供を受け入れる制度を導入している学校を『特定校』と言う。
特定校には小学校~高校まであるが、基本は読み書きや四則演算を覚える為で小学校への留学が多い。
あらゆる常識の定義が違う人類世界と魔人世界。魔人の子供が人の世を知り、学ぶという事は決して楽ではないだろう。在り方が根本的に違う種族だっているのだから。
なので、主に小学校や中学校卒業資格を得たら、少数は高校まで通い卒業資格を得たら魔人世界へ戻る者が大半だ。
それでも、小学校から高校まで進学して更には人類世界を好いてくれて共生を望む子供も居る。その場合の移住資格に当たるのが『チェンジリング』だ。
人類世界側でのチェンジリングは装着時、どんな魔人種でも身体内外共に人間に変身出来るというものだ。これは人類世界の科学者が魔人世界の魔法を研究し作り出した歴史的大発明と言える。つまり、科学と魔法の融合はある種の奇跡を起こした実例である。
但し、チェンジリング取得条件はとても厳しい。
学生生活では試験結果や普段の授業態度や生活態度、スポーツ若しくは文系、理系で何かしら優秀な賞を取る等の結果が必要になる。他にも色々な検査や審議も受けなければならない。
しかし条件が厳しい分、取得者には多大な恩恵が与えられる。それは『種族は違えど人類と同じ権利を認める』というものだ。
永住や各種資格の取得、人間との婚姻だって認められるのだ。無論、人間として扱われるのだから犯罪を犯せば人間と同じ刑罰が下される。魔人だから強制送還…とはならない。
逆verの魔人世界側でのチェンジリング取得というものもあるが今は割愛。だって、まだ面談中だもの。
ライトイさんの見た目は眼鏡をかけた文学女子って感じで、パンツタイプのスーツを着用しているが清楚な雰囲気は見てとれる。まだ少しオドオドとしているが緊張のせいだろう。うん、見た目と同じく性格も真面目だというのは模範生指定を受けた事で裏付けられてると思う。本当に大したものだ。僕には模範生指定なんて無理だろう。
って事で次で最後の新人さん。
「最後に、クレフトヤーヌくんは魔人の竜人種で21歳男性。小学校からの特定校留学。特定高校を卒業後、一度魔人世界へ帰還。竜人種部族長に就任。2年間部族長に就くも退任し限定チェンジリングを取得。人類世界との和平・共生を望み移住。…この会社に竜人種の方が入社するのはクレフトヤーヌくんが初となります。申し訳ないけど、至らない点があると思うから何かあればすぐに言ってね。」
そして、声には出さず心の中で続きの備考欄を読み上げる。
『部族長就任後、人類世界との共生を推し進めるも部族内外からの反対意見・離反が相次ぎ不信任にて部族長の立場を追われる。現在、純血統竜人種としての位は剥奪されている』
悲しい事だけど、人類世界を良く思っていない魔人種も未だに多いって事の表れだ。
クレフトヤーヌくんの様に人類世界へと留学して、部族へと良い感情を持ち帰ろうとしてくれる魔人も多い。
その反面、人類世界の規則・規律、法律等の堅苦しさを受け入れなれない魔人も多い。その人たちは結果的に『人類世界とは相容れない』と結論付ける方が多いとも聞く。
彼は自身の部族から追われ、魔人世界で生きる事を諦めて人類世界へと逃れて来たという訳だ。魔人世界で生きる術なら他にいくらでもあるはずなのに人類世界での共生を選んでくれた。
クレフトヤーヌくんの事を思うと『君の気持ちは嬉しい』なんて言うべきじゃ無いんだろうけど、僕個人としては嬉しくも思う。だって、それは異種族である人間を愛し、自分と同じ生命体だと認識してくれているって事だからだ。
それにしても、初の竜人種採用が純血統種というのは驚きだ。純血統種というのは他部族との交わりの無い純粋な竜人種だという事。人類世界で言う所の王族みたいなものだ。竜人種の中でも最高位に値する。
基本的に魔人世界では、部族長は純血統種が務める掟の部族が主らしく、発言権が大きい分しがらみも多いだろう。それでも、彼は部族長として人類世界との共生を推そうとしてくれた。
結果それは受け入れられなかったので、彼は竜人種としての身分を剥奪され、部族を追い出された。
それと、彼の様に難民として人類世界へ留まるための『限定チェンジリング』というものもある。ライトイさんの様に多大な恩恵は受けられないが、最低限の人権は認められるのだ。
申請し、厳しい審議を受けて『限定』を取り除くことも可能。
ただ、限定チェンジリング取得者が罪を犯すと強制送還になってしまう。その場合は各部族の掟・法での刑罰になってしまうので、それを逆手にとり人類世界へのテロ行為を企てる種族が現れないとも限らない。
人類世界と魔人世界の交流が始まって20年。まだまだ、互いに完全な融和は出来ていない。僕が生きている間に出来ると良いんだけど…っと、また話が逸れてた。
クレフトヤーヌくんは何だか武人って雰囲気があるな。スーツ姿だけど、ちょんまげにしていても違和感が無さそうなくらいキリッとしている。竜人種の方は皆さん目つきが鋭いと聞くけど、彼はただ鋭いだけじゃなくカリスマ性というか威厳が放たれている気がする。さすが純血統種だ。
「…と、それぞれ略歴は間違いないかな?」
僕の問いに相違は無いと3人共頷く。社長から投げ渡された書類を見た時、種族を見て実は少し不安だったんだ。
一概には言えないが、獣人種と竜人種は特に気性が荒かったり、自尊心が高かったりする種族なのは有名なのだ。
ついでに、社長から出た『活きの良い』という言葉が僕の警戒心を引き上げていた。
出会って数分だけど3人共真面目そうで大人しい感じに思える。研修終わりで疲れてるのと、初日って事で緊張もしてるのもあるだろう。
後は業務内容の説明と社内の案内をして今日は終わりかな。