序章 2
突然だが、うちの会社では4月の半ばにもなる頃に研修を終えた新人が配属される。
当然、僕も研修を受けてココに配属された。2週間程度の合同研修と言う名の合宿。集団生活の中で規律を守り、守らせながら親睦を深めるというもの。
規律と言っても細かいものは無く、単に時間は守ろうとか、挨拶をきちんとしようとか、他人を思い遣ろうとか。小学校で学ぶ程度の道徳的なものだけ。
そんな緩い規律すら守れず毎年数人は研修中に罰則を受ける者もいる。世も末だな。
投げ渡された書類に軽く目を通す。今年の新入社員はウチの課には3人。全体で何人居たのかは知らないが例年と比べて多い。というか、去年や一昨年、その前の年は配属数は0だった。
「4年前に西村くんが配属されて以来の新人ですね。しかも3人も」
「今年は活きの良いのがいたからな。対策課も人員が増えるって事で前任の南田課長は部長補佐に昇格。お前を課長にして新人教育を任せる事にした。因みに5月から正式に役職の任命だ」
そういえば僕も西村くんも南田課長から新人教育を受けたのを思い出す。課長は今年で50才くらいだっはずだ。そろそろ体力的に辛いともらしていたのは記憶に新しい。良い頃合いだったのかもしれない。
「…まぁ、この仕事は現場での体力勝負で純粋な実力評価だ。贔屓目無しで見てもお前が課長ってのは役不足だが、現場に出てこそだからの課長って事で新人共の手本になってくれや。スマンな」
社長には僕が不満気に見えたのかフォローを入れてきた。表情の変化が乏しいと良く言われるがそこまで己惚れる程自信家では無いつもりだ。
「いや、課長って役職に不満があるわけじゃないですから。逆に課長としての役職をちゃんとやれるのかが不安なんですよ」
小さく息を吐き、大袈裟に首を傾げ肩を落とす。不安で一杯です、というジェスチャーだ。これで伝わるかはまた別の話になるが…
「えーと。それで、新入社員はすぐ来るんですか?」
とりあえず話を変えようと思い今日の仕事の話に戻す。
「お、そうだな。お前んとこの新人共は研修終わりに直でココに来る予定だから……昼イチってとこか。それまでは課長職の引き継ぎと通常業務をやってていいぞ」
了解、と短く返事をして社長室を出ると南田課長が笑顔で僕に手を振っているのに気付く。始業時刻まで少し時間があるので軽く引き継ぎをやっておいても良いだろう。
南田課長…いや、南田部長補佐のもとへ赴き互いに祝いの言葉を交わしつつ、今後僕がやるべき業務の引き継ぎを行った。
因みに、ココは一応『本社』という名称ではあるのだが業務内容が多岐にわたる為、部署の数だけ支店が在ると言う可笑しな構造になっている。
元々この会社は15人程度で始めた総合的な相談・対策・解決の請負業社として設立されたのが起源だ。しかし、依頼が増え、人員が増え、大なり小なり業務規模が大きくなり、いつの間にか狭い社内が人で溢れかえる程になってしまい『いっそのこと部門分けするか』と言う社長の適当な思い付きで次々と支店が誕生し今に至る。
現在では支店が『人事・経理』『提携・交渉』『対外施策』『総合受付・申請』『民間補助』『広報』『政府担当』『受入補助』がある。
僕でも部署名だけの羅列では到底理解が出来ない業務内容なので、これは後々の説明に回す。
本社は設立当初からの業務として『総合対策部門』を担当している部署だ。部としての構成は『施策課』6人と『対策課』5人の二つで11人。社長を含めて12人と本社なのに少人数なのだ。
施策課が作戦本部、対策課が実行部隊と捉えれば理解し易いか。
僕が今後役職としてやるべき業務内容の確認と併せて新人教育の行程も考える。
平社員だった今までと違い、役職として他部署との連携が必要にもなってくるし、会社の概要や歴史を絡めた業務説明は僕にとっても良い勉強になるはずだ。
新人に仕事を教える事が僕にとって、課長としての最初の仕事になるだろう。だったら、とことんやるべきだと考える。
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お昼、僕は新人たちを出迎えようと玄関前で待っているとなぜか社長も来た。あなたはこの会社のトップなので社長室でドンと構えててくれれば良いんですよ。
間もなく、新人たちが合宿終わりの荷物を抱え会社の外門を潜って来たところで社長は僕の一歩前へ踏み出すと腕を後ろ組んで新人たちを待ち受けた。
「さて、ようこそ新人諸君。ココが栄誉有る『本社』であり、諸君らの戦場だ。
ご存知のことと思うが私は当社の社長である中路。そして、こっちが諸君らの教官を務めるアベだ。
今日から諸君らが共に戦う戦友の紹介や今後の作戦指揮は彼が行う。なので、私が諸君らと直接関わることはそう多くはないだろうから私からは激励の言葉を贈ろう。
ようこそ激戦の『本社』へ!我ら本社勤務一同は諸君らを歓迎する!!では、健闘を祈る!」
僕は満足そうに笑みを浮かべて悠然と社内へ戻る社長の背を見送る。
はい、僕はドン引いています。新人たちも呆然としています。
恐らく軍隊式に出迎えようとしたけど、本物の軍人がどんな事を言いそうか考えてたら迷走しちゃったパターンですね。
「…えっと、はい!社長からの訓示でした。……ゴメンね、元々変な人だから気にしないでね?」
何時までも呆けているわけにはいかないので新人たちに社長のフォローを入れる。フォローになってない気もするが変人を変人と言う事に躊躇いはない。
「まぁ、先程紹介されましたが君たちの教育係を任された上野です。会社の皆にはアベと認識されてるのでアベで良いからね。
例えば、来客が『上野は居ますか?』って訪ねてきても『え?上野?誰それ?そんな人居たっけ?』って返される位、アベで認識されてるから……」
新人たちは可哀想な人を見る目で肩を落とす僕を見つめてる。僕の自己紹介はいつもこんなだから今さら落ち込んだりはしないけど、毎度向けられる同情の眼差しには毎回苦笑いを返す位しか術が無い。
「まぁ、何はともあれ歓迎するよ。ようこそ《株式会社 異世界総合事務所》へ!」
今回までわりと早く投稿出来ました。
次も今のペースで書けると思います。…が、転勤が予定より早まった為、引っ越しや手続き等で忙しくなりそうです。
次々回の投稿まで間が空くと思います。