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愛すべき“いつも通り”の日常  作者: ラフトL
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序章 1



朝と呼ぶにはまだ早い。そんな夜明け前に僕は起床する。設定していた時間に時計がピピピとアラームを鳴らしているからだ。


田舎と呼ばれる地方に住んでいるのだが、無駄に小高い山々のせいで太陽が覗くまでにはかなり猶予がある。


早々に桜は散ってしまったクセにまだ寒さの残る4月の半ば。温もりに身を任せていたい誘惑には負けず、跳ね起きる様に布団から出る。


冷たい空気にさらされた手足の先を縮こめながらいつも通りの生活を開始する。


トイレに行って用を足し、手を洗って歯を磨く。顔を洗ったついでに髭を剃り、手櫛で髪を整える。


寝る前に用意していたシャツに袖を通してネクタイを結び、スラックスを履いたらベルトを通す。


いつも通りの通勤準備だ。起きてから玄関に立つまでに30分も掛からない。


後は玄関に置いた鞄を手に取り部屋を出る。昨夜の内にほぼ全ての準備を整えているのだから手間取るなんて事は無い。


「いってきます」


誰もいないワンルームなのに出掛けには必ず言ってしまう。自立して10年にもなるというのに。


部屋の鍵を掛け、徒歩1分程度の月極駐車場に駐めた自家用車に乗り込みエンジンをかける。


間もなく日の出となる時間帯のため車の通りは少ないものの、駐車場を出てすぐに信号待ち。その間にナビにセットしているDVDを交換する。これもいつも通り。


その日の気分次第で洋画だったりアニメだったりするが、今日はC級ホラー映画な気分だ。演出や構成、CGや特殊メイクが杜撰な為、笑えるホラー映画とはこれいかに…


DVDを入れ替えるとタイミング良く信号が変わったので右折し、その先200mほどで再び信号待ち。これもいつも通り。


僕の出勤風景は変わらない。ほぼ同じ時間に起きて、ほぼ同じ時間で準備を済ませ、ほぼ同じ時間に部屋を出る。

そしてほぼ同じ時間に車へ乗って、ほぼ同じ時間に交差点を車で通る。


そんな事を繰り返していると、やっぱり飽きがくるもの。

偶には違う道を通ろうか、時間をずらそうかなんて考えてみても気付けばやっぱり同じ事を繰り返している。これもルーチンワークと呼ぶべきものなのか僕は知らない。


だけど、そんな繰り返す同じ日々でも小さな変化はあるもので。

例えば、すれ違う対向車とか、信号待ちで目にする風景とか。似通った風景を見ることはあっても全く同じ風景なんて見たことは無い。そういう意味での小さな変化でしかない訳だが…


僕はほぼ変わらない時間を繰り返す中で他人は、季節は変わるんだなと知らせてくれる。


そんなものの一つにあの子は含まれる。


現在信号待ちで停まっている車から見て左側後方にバス停がある。そこに高校生の女の子が現れ始めたのは4月に入って少ししてから。


見た事の無い制服だったから近所の高校ではないのだろう。始発のバスに乗って行くくらいなのだから『少し遠くても進学率の良い学校に通いたい』なんていう将来を見据えたしっかりした子なんだろうと思う。


なんて思った後に気付いたのは、あの子は今年度から高校生なんだなって事だった。


倍とまではいかないが、倍に近い程の年の差に改めて気付かされる。


僕が高校を卒業して10年。つまり就職して10年。そして、この道を通り始めて10年。


「10年…か」


就職をして最初の1年はバス通勤だった事を思い出して頬が緩む。


あの始発バスはなかなか予定通りに運行しないのだ。発着時刻を5分程前後して運行することが多くて当時は困った日も多かった。田舎の小さな市営バスなのだから仕方がないのかもしれないが、今でも10年前の運転手が変わらず運行している。


ずっと同じ運転手だから『勝手知ったるなんとやら』というやつなだろう。


どのバス停でどんな人が何人乗車するのか記憶しているんだろう。その『常連』にカウントされるまでが一苦労なんだ。


着予定時刻に5分程遅れて来るのならまだ良い。バスが来るまで待てば良いのだから。


しかし、たまに着予定時刻の5分程前にバスが来てしまう。しかも、乗車客がバス停に居なければ停まる事無くそのまま次の停留所へ走り去ってしまうのだから困るんだ。


『常連』になると定刻まではバス停で待っていてくれる。なので『常連』だと認識されるまでは最低でも5分前にはバス停に居なければならない。


だから僕はバスの着予定時刻の15分前にはバス停に着く様にしていた。あのバスに5分前行動は通用しない。ならば、10分前行動だと思ったが不測の事態が起こったら5分の余裕は有って無い様なもの。だからこその15分前行動だった。


ついでに、その名残が今もまだ続くいつもと変わらない自宅における前夜の出勤準備なのだ。


あの子もそれを知っていて15分前にはバス停に佇んでいるんだろう。


自身の経験を思い出していると信号が青へと変わる。そして、僕はまたいつも通りの出勤風景へと戻る。





会社へと向かう途中でコンビニへ立ち寄り朝食としてパンと飲み物を、昼食として弁当を購入する。これもいつも通りだ。


何年か前にこのコンビニでパートをしていたおばさんがいた。会計時にレジで会話をする程度には仲良くなったが、そのおばさんが辞めてからは若い男性バイトが事務的に相手をしてくれている。


とはいっても、単に毎日同じ商品を買って行くサラリーマンへマニュアル通りの接客をしているだけだ。


なんて事はない。彼にとってもそれがいつも通りなんだから。


コンビニでいつも通りの買い物を済ませ会社へと向かう。そこから5分程車で走ると会社が見えてくる。


歩道沿いに塀が有り、塀が途切れた場所に鉄格子の重厚な外門。それが部外者の内部への侵入を阻む。外門前の歩道へと乗り上げ一旦車を停める。


今日も僕が1番乗りだ。会社の外門を開け、駐車場へと車を停める。内門を開けて建物の扉の鍵を開けて社内へ。


シン…と静まり返る社内を見回して何も異常が無い事を確認する。一応、某警備会社と契約しているので物盗り等の侵入者を気にしてのことでは無く、電灯やPCの点けっぱなし等の無駄な電力消費を気にしてのことだ。


その後は照明と空調のスイッチを押して始業前の掃除を始める。うちの会社には綺麗好きな人が少ない。大雑把は人ばかりなのだ。


就業中に掃除しても意味が無いので毎日始業前に掃除している。社内の掃除を終えると外に出て掃き掃除だ。そうこうしている内に社長が出勤してくる。これもいつも通り。


「よう、アベ。おはよう!」


「社長、おはようございます」


にこやかに挨拶を交わして社長は事務所内にある社長室へと引きこもる。それでも僕は掃除を続ける。そうしている内にちらほらと社員が出勤してくる。


「アベくん、おはよう」


「アベ!今日も早いな!」


「オハヨーっす。アベさん」


等と掃除をしている僕に挨拶をする同僚たち。アベと呼ばれているが、僕はアベでは無い。まぁ、あだ名のようなものだ。


外の掃除を終えてようやく僕は自分の机へと向かい業務準備へと取り掛かる。


こうして何気ない毎日を同じ様に繰り返し 1日、1週間、1ヶ月、1年と過ぎて行くんだろう。

少しづつ変わっていく周囲を感じながら、それでも僕の日常は変わらなくて。それを安心していたり、落胆したりしながら生きていくんだろう。


ふと、人生を振り返ったりした時にそれでも楽しかったなんて思えれば良いかな。なんて言い訳をしなが「アベー!ちょっと来てくれ!」


「…」


今良い感じにエピローグっぽい事を脳内で語っていたのに邪魔されてしまった。いや、実はこれもいつも通りだったりする。


変わらない日常ってのは幸せな事だと僕は思っている。口癖になる程に毎日の繰り返しを楽しんでもいる。


「おい、アベー!」


「…はいはい。なんですか、社長?」


始業前でも業務中でも就業後でも関係なく呼び出されるのは日常茶飯事であり、これもいつも通りの事だと言えるだろ。


今度は何事だと思いつつ社長室の扉を潜ると数枚の書類をまとめたファイルを投げ渡される。


「今日から来る新人だ。お前が教育係な。それと、課長に昇進だ!おめでとう!!」


「…え?……新人?課長?」


今日もまた、いつも通りの一日が始まる……はず。






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