甘美な毒・5
魔王ミアは珍しく次の予定があるそうなのでお暇しようと席を立つと、何故かミアはライトイさんだけを呼び出し2人で奥のキッチンへと行ってしまった。
数分して2人で戻ってきたが、詳細は女の秘密だそうで僕ら男性陣は揃って首を傾げるしかなかった。
帰りの道中で何故かニコニコと僕へ視線を向けるライトイさんが印象的だったけど、何でだろう。
「取り敢えず魔王への挨拶は終了だね。これで君たちが魔人世界で活動する事が承認されたから、社員証さえ有れば手続きなんかは必要なくなるよ」
「え?会っただけですよ?」
「うん。会った時っていうか、あの家に入った瞬間から生体・声紋・魔素の解析と登録。各方面への通達全て完了してる。序でに、人類世界での個人情報と今日の各魔素検査も紐付けしてあるから」
本来ならば両世界の行き来には申請の後、許可を得てからじゃないといけない。人類世界風に言うと海外旅行での出入国手続きみたいなものだ。
僕らの業務としては毎回面倒な手続きをしていたら支障があるので、魔王への謁見時に半永久的な許可を即時発行してもらって社員証で一括管理するシステムになっている。
「だから、社員証は無くしちゃ駄目だよ?」
「「「…はい」」」
3人共首から下げた社員証に手を当て神妙に頷いた。
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さて、ミアが精霊種の生い立ちを語って謁見は時間切れしたので、僕が続きを話す事にする。
「精霊種の特性はさっきミアが言ったように、魔素の集合意識体であることが1番に挙げられる。本来目に見えない魔素だから見る者に寄って見え方が変わる『幻影』や、不老不死のようなものは副次的なものでしかない。だけど、それが他種族からは魅力的に見えたんだよ」
精霊が種として認められて多種族に知れ渡ると、その特性を利用しようとする者達が現れたのは言うまでもないだろう。
元々親交のあった種部族は殆どが魔人世界において弱い部族だった。だからこそ精霊を敬い、畏れ、憧れ、慕い、頼り種部族間の親交を深めたのだ。
一方、強者たる自負のある種部族は疎み、恐れ、拒み、妬んでは一切接触をしなかった。
…が、そのどちらとも付かない強者でもなく弱者でもない種族の一部は精霊種を自陣に引き入れようと企てた。
弱き種族を従え強き種族を滅ぼし、自種族が世界を統べるために精霊種は使えると考えたのだ。
魔人世界は基本的に弱肉強食であり、強さこそ全てだと考える種族が多い。弱き種族はその弱さを受け入れ弱いなりに進化を重ねた。強き種族はその誇りでより強く進化を遂げた。
しかし、自種族の弱さを否定し卑屈にも卑怯にも強者足ろうとした弱者はより良く進化も出来ず、強者には媚びへつらい弱者を虐げる種族へと成り下がる。
時代を生き抜く為には辛酸を舐めることも仕方なかったとはいえ、当然そのような部族は強者からも弱者からも嫌われた。
だが、そんな部族からして精霊種は騙しやすく御しやすかった。擦り寄れば容易く親交を持ちたがり、泣き付けば簡単に信じ力を貸す精霊種を利用した。
時には強者を、時には弱者を、頼られるがままに如何なる種族さえも平伏させ、遥か昔から唯我独尊を貫く絶対強者の竜種と同等なまでに恐怖を撒き散らせてしまった。
結果的に言えば祖父たちは幾度となく騙され利用されたが、それに気付いてからは姿を隠した。他部族の住めない辺境へと移っただけだが。
祖父たちは個を持ち、群れを成し、他種族を知り、種族と認められ、子を遺し浮かれていたんだと思い至った。
最初期から交流を持っていた種部族とも縁を断ち、己らを律した。
魔素の集合意識体である精霊と他種族との差異を改めて認識し、善悪の意識を刻み、生命としての知識を蓄えた。
そして、やはり精霊は『生物』では無いと結論付けた。
自我による個の確立を切欠に生物の営みを模してはみたが『死』という概念が存在しない精霊は、やはり『生物』という枠組みには当て嵌まらないだろうと。
「祖父はそれからも更に時間をかけて研鑽を重ねて『生体』を造り出した。肉体のみの生体に魔素である精霊を取り込んで『精霊種』に『死という概念』を組み込み、本当の『生命体』となったんだ」
肉体を得た『精霊種』は交配を可能とし、子を成した。緩やかな老いではあったが限りのある生を享受する事で本来の『精霊種』から別モノに変化してしまったが彼等彼女等は『精霊種』としての特性は一部有したままだったので種族名は変わらずそのままとなった。
「『精霊種』の成り立ちはこんなものかな。これでもほどほどに端折っての話だから、ミアが語っていたら日が暮れてたよ」
冗談抜きで日が暮れて、更に徹夜コースである。ミアは話し相手に飢えてるというか、物事の理論や説明、自身の考察や推論を語って聞かせる事が好きなだけなのだが、熱くなり時間を忘れて語り尽くす癖がある。
なので時間を気にして話を中断させたこの後の予定は余程大事なものなんだろうと思う。
「でも、なんか不思議っすね。俺らからすれば不老不死って誰もが羨むもんなのに。本人達からすればそんなに良いものでも無いって。お互いに無いものねだりみたいな」
静かに聞いていた牧下君がしみじみと呟いた。
「それは、思いました。若く、屈強なまま、時を停めたい、とか、死なずに、永遠に、闘い続けたい、なんて願う、獣人種は多いみたいですし」
ライトイさんは自種族の闘争本能に呆れるように息を吐く。
「我等が祖先なる竜種の方々も言うておった。強大過ぎる力と永き時間は魂を蝕む、とな。」
クレフくんは噛み締めるように言って空を見上げる。
「精霊種にとっての『死ある命』って望みは叶えられたけど、結局それが正解だったのかは分からなかったんだって。先に逝った者を想う悲しみや空虚も、先に逝ってしまう後悔や心残りなんかも新たに得てしまったからね。
当時の初代精霊種はそれで良かったのかもしれないけど、次代の精霊種にとっては良くも悪くも共感出来たり、出来なかったりだったみたい。ミアは初代精霊種の自己満足を『甘美な毒』なんて言ってたけど」
「フム、言い得て妙と言うものですな」
クレフくんは高揚に頷きながらミアの言葉に同調している。
「でも、それが致死毒、だとしても…生物として生きる、選択を出来るって、ロマンチック、だと思います」
ライトイさんはそう言ってクスクスと小さく笑っていた。
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魔王邸宅のキッチン
魔王ミアから一人だけ呼び出された新人研修中のライトイは見た目通りオドオドと萎縮していた。
一体、自分は何をしたのかと自問自答しつつ唇を左右に引き絞ったままの魔王に視線を向けては逸らし、また向けては逸らしを繰り返すライトイ。
この拷問じみた沈黙は何時まで続くのかと思考を投げ出したくなっているとミアが口を開いた。
「あの、だな。その…アキラはどうだ?」
「…はい?」
ライトイは自身の上司の名を出されて、尚且つどうだ?と聞かれて困惑を声を出す。
「あ、いや。すまない、君から見てアキラはちゃんとやれてるかを聞きたかっただけなんだ。昨日、今日会ったばかりの君にアキラの上司っぷりを聞くのも変な話なんだが…べ、別にアイツの部下に女性が居るからと言って心配になったという訳じゃ無くて…アキラは、その、かっこよくて、優しいから、その、だから……」
饒舌に早口に言葉を発しながらも顔を赤らめてモジモジしながら語尾が小さくなってゆくその様子にライトイは察した。
「大丈夫です!上野課長は優しい方ですが、そういう対象としては見ていません!」
その言葉にミアは顔色を良くしてライトイへと詰め寄って強めに肩を掴んだ。
「本当か?!後からやっぱり好きになっちゃった!とかは無しだからな?!信じて良いんだな?!」
肩を掴まれ激しく揺さぶられながらも器用にYESの意を示す様に首を縦に振ったライトイは誰かに褒められても良いだろう。
「ミア様は、上野課長の事が、大好きなんですねぇ♪」
楽しそうなニコニコ顔のライトイとは対象的に湯気が出るほど赤らめた顔で押し黙るミアは普段見ること出来ない乙女の顔だったのは対面するライトイのみぞ知る事となった。