甘美な毒・4
相も変わらず説明ばかり。いつになったら物語は進むのでしょう…orz
魔王宅のドアを軽くトントントンと叩いて開く。入ってすぐ眼に入る丸テーブルに書物を広げている女性は余程集中しているのかこちらに気付いていないので声をかける。
「ミア、おじゃまするよ」
「ん?あぁ、もうそんな時間か。
よく来たな、アキラ。……と、その仲間たちよ。我がシモベとなるならば世界の半分をくれてやるッ!」
「「「……」」」
「……なんだ貴様ら、ノリが悪いな。様式美というものを知らんのか?」
「毎回やるソレって意味あるのかな?まぁ、ミアなら本気出せばで出来るんだろうけど」
読んでいた本を閉じて立ち上がるとお約束を威風堂々と口にする魔王。ソレをポカンと見つめる3人。僕は気にせず普段通り話しかける。
「うむ。私は既にお祖父様を超えているからな。それくらい造作も無いさ。
さて、お客さまを持て成さねばな。少し待っていてくれ」
「あれ?側近さんは今日居ないの?」
「ちと、所用でな」
それだけ言って魔王は奥のキッチンへと行き姿が見えなくなる。それと同時に3人はハッと素面に戻った。
「なん、なん!なんですかあれ!jk、jkっすよ?!魔王ってjkなんですか?」
「え?黒豹族の凄く綺麗な毛並みの方ですよ」
「む?研鑽された刃の如く美しい龍種であったぞ?」
三者三様に魔王の人物像が異なることに「え?」「は?」と疑問符が飛び交っているようだったので説明する。
「あれが『幻影』って二つ名の所以だよ。見る人の理想像だったり、望む姿や崇める形に見える幻。それが『精霊種』の種族特性。見る人に寄って見た目が変わるんだ。
3人共『魔王ってどんな人かな?こんな人なら良いな』とか、ここに来るまでに1度は考えたでしょ?それが反映されたんだよ」
牧下くんは異性へ求める理想とかだろうなぁ。ライトイさんは同種族への羨望かな。クレフくんは何だろ、畏敬の念?
「精霊種ってあの?」
「じゃあ、課長は精霊種の?」
「そう。『魔術師』も精霊種、僕はその孫にあたる魔人間だから精霊種のクォーターになるのかな?」
僕にも精霊種の力が備わっているから『幻影』の影響は受けないし、人類としての身体でもあるので僕には『幻影』と同じ事は起きない。
精霊種の数も多くないので、種族は知っていても種族特性を知らないっていうのはままある。
精霊種とは、魔人世界では龍種などと同じく希少種と言われる種族の1つ。
希に単一原子であるはずの魔素が寄り集まって1つの意識体へと成る事がある。綺麗な水辺には“水の精”、火山の火口には“火の精”、光の射さない永久の暗闇には“闇の精”などといった自然環境の中で魔素が生命体へと進化する。
ただ、まだその時点では純然たる自然エネルギーを求めるだけの“精”に過ぎない。自然エネルギーを少しずつ吸収し徐々に大きくなり、ある程度の魔素を蓄えると分裂し増える。それを繰り返していく。まるで細胞のように。
そして、“精”がある程度の個体数になると、それが再び寄り集まって“精霊”という生命体へと更に進化する。その時初めて知性を持つと言われている。
先に挙げた水や火、闇の他にも地や光、氷や風の他にも毒や無、腐など様々な精霊が存在する。但し、幾種にも及ぶ自然エネルギーから成る精霊に同種同族といった概念は存在せず、本来ならば精霊は単一個体で完結してしまう生命体だ。
そも、精霊とは言ってみれば魔素の集合体であり生物では無い。生も死も無い。完全に生物から独立した生命体である。
知性は在っても理性的な思考はなく、単に自然エネルギーを如何に効率的に得るかを施策する程度。
これが種として認められる訳が無かった。
「だけど、今では『精霊種』という魔人のカテゴリーに組み込まれている。それは-」
「-3代前の魔王『魔術師』という精霊が現れたから」
僕の言葉を引き継ぐようにして現れた魔王はティーポットと人数分のカップ、何かの焼き菓子の盛られた大皿を宙に浮かせて歩いてくる。
「先ずはお茶にしよう。と、その前に自己紹介だな。君たちの名も知りたいしね?」
そう言って宙に浮いたカップをテーブルへと配置してそれぞれにティーポットから薄い紅色の液体を注ぐ。
自身がテーブルの上座に座ると身振りで僕たちにも座るように促す。
「私が今代魔王、ミアだ。今後ともよろしく頼む。
そっちの竜人種は見覚えがある。その節は力になれず済まなかったな。
隣のは獣人種白狼族か、珍しい種族だが直接目にするのは久方ぶりだ。
で、そっちの人間には私が何に見えているんだ?色欲がダダ漏れだ馬鹿者」
皆が牧下くんへ視線を向けるとばつの悪そうに顔を背けた。
「えっと…今、人類に変化してるのに…どうして分かったのですか?」
「精霊種はチェンジリングで変化する前の姿を感じ取る事が出来る。なに、私たちは魔素の集合体だ。お前たちの保有魔素を感じ取れば元の姿も見えるという訳だ」
「魔人間の僕には無理だけどね」
それから僕を除いて新入社員の3人はそれぞれに自己紹介を済ませて、途中だった精霊種の話に耳を傾けた。
ミアは3代前の魔王『魔術師』には名前が無いので祖父と呼ぶ事にすると前置きして語り始める。
「祖父は純然たる自然エネルギーとしての魔素ではなく、魔人たちの“負のエネルギー”から生まれた精霊なのだ」
その当時、魔人世界は種の生存競争中。所謂、種の存続を賭けた戦争中で世界中に“負の感情”が溢れていたそうだ。
自然エネルギーとは違う異質な“負の感情”は異質な精霊を生み出した。それが祖父だった。
生きたい・殺してくれ・生きたくない・死にたくない・痛い・帰りたい・殺したい・恨み・死にたい・辛み・憎い・妬み・絶望……死に逝く者、生き抜く者、歪む者、狂う者、愉しむ者、悲しむ者……
数え切れない程の負を集約した精は、負を纏い続けて精霊へと至り知性を得た。その知性で更に負の感情を取り込んで行き、次第に“自我”を発露し始めた。
本来ならば感じる事の無い“死”への恐怖、“生”への渇望、“同種同族”への慈愛、“自己”とは何か、“他者”とは何か……
幾年と続いた戦乱で収束した“負の感情”は1つの異質な生命体を育んだ。本来ならば持つはずの無い自我を有した精霊を。
そして生きる事の価値を、死ぬ事の意味を、自他の相違を理解した祖父は悲しんだ。精霊とはかくも虚しく哀れな存在なのだと。
ならば、と祖父は行動した。各地に存在する精霊のもとへ訪ねては自身を成す魔素を少しずつ切り離して分け与えた。
ただただ自然エネルギーを求めるだけの哀れな生命体に“感情”を知って欲しかったのだ。そして、同じ生命体である精霊に繋がりを求めた。
1体、また1体と精霊の繋がりを広げ、祖父の元へ集った精霊たちが1つの村を作ったのが種としての始まりだった。それは『老・若・男・女』も無く、『寝・食』も必要としない精霊たちの“ままごと”だったのかもしれない。
それでも祖父は1つの幸福を得た。ならば、と更なる幸福を求める。次は多種族との繋がりを求めたのだ。
感情を持った精霊はそれぞれに個性を持ち様々な方法で多種族との接触を試みた。
ある者は食物を手土産に、ある者は天候を操り、ある者は不死を活かして、ある者は知識を与え、ある者は言語だけを用いて……それこそ思い付く限りの方法で多種族と接触し、その中の一部と繋がりを得た。
讃えられ、恐れられ、崇められ、畏れられて、拒まれ、敬われ、逃げられ、触れて触れられて……
精霊たちは“種”として喜びを1つ得た。ならば、と更なる喜びを求めた。
それは--子を遺すということ。
「これがまた難題だったのだよ。なにせ、精霊には実体が無いからな。そこに姿は在って触れられるのに、『中身』が無い。
多種族から見ても当時の精霊とは不可思議な存在だっただろうね。当たり前に交配して子孫を遺す魔人も精霊から見ると不可思議なものなのだろうけど」
当時は現代よりも厳しく異種族の交配は禁忌とされていたこともあって精霊たちも異種族と交配する気は無かったが、知識を有していても実行出来ないもどかしさに頭を痛めた。
するとある時1体の精霊が気付いた。自身の魔素を切り離し“精”を作り出せば子と成るのでは、と。
しかし、それではただの分身体だ。複製である。
ならば、多種族を真似て2体からそれぞれに魔素を切り離し、混ぜ合わせ“精”を作り出せば子となるのでは、と。
結果としては失敗に終わった。
純然たる自然エネルギーの集合体である精霊は混ざってはいけないのだ。
同じ水の精霊同士だとしても構成される自然エネルギーの質が違えば、混ざると“精”としてすら留まれず霧散してしまう。
それからも長い年月をかけて精霊たちは考えた。幾度も失敗を繰り返してやっと1つの方法を考え付いた。
自身の、精霊としての質の違わないまま、魔素で異なる2つの“精”を作り、それを混ぜ合わせるとどうなるか。
それはきっと成功するだろうと確信していた。なぜなら、精霊たちが“感情”を得た方法として1度体験している事だったのだから。
「つまりだな、自身を2つに分離するわけだ。『感情体』と『知性体』にな。感情体は祖父から与えられ混ざり合った魔素、知性体は元々の集合体としての魔素だな。
なんと、この方法だと上手くいった。子を遺す事に成功したんだよ。元々の精霊と質が同じで自我の違う個体が作り出された。尚且つ“精”の時点で自我を確立するという進化も起きた。
まったく不可思議な生命体だよ、精霊というのは。
そも、考えてみると祖父の魔素が混ざり合った時点で精霊たちは消滅していても不思議では無いんだよ。まぁ、おそらく『自我』というピースが欠けていた未完成なパズルが精霊だったんだろうね。だから、例え異物だとしてもそこに『自我』というピースがハマる事でパズルは完成された。だったら、それが消滅に値する事象では無いという事なのだろう。推測でしかないがね」
しかし、だ。結果として子を遺す事を成しても、残念ながら親に成る事は出来なかったのだ。自身を2つに分け新たに“精”として混ぜ合わせる。つまりは自身が子になるのだから。
それでは元々の自我が失われ、新たな自我を持つ同一の“精”が生まれるだけ。言うなれば、再びイチから自分自身に生まれ変わるだけだった。
……はずなのだが、精霊としては大きな変化が
起こった。なんと、男女としての自意識が大きく芽生えていたのだ。
精霊として自我を発露した者たちでは表れなかった男女差が、自我を得て生まれた“精”では如実に表れた。
精霊として自我を後付けした者たちは『男女の違い』なる知識と感情は持ち合わせても自身がそのどちらなのかと問われれば首を傾げるだけだったが、最初から自我を得て生まれた“精”は自身が男女どちらなのか明確に理解を示した。
祖父が形作られた“負の感情”には当然男女どちらのものも含まれていた。祖父に男性としての自意識が存在しているのは“負の感情”の比率に男性が多かった事が起因するのだろう。
精霊たちの子には男性の方が多かった事がその証だと考えられた。
精霊たちは生命体としての幸福を得た。例え生物としては歪な営みだとしても、当人たちがそれで良しとしたのだ。
そも、魔人には交配・出産で種を増やす種族以外にも、産卵で種を増やすや種族や分裂する種族、植物系の種族なども既に存在していたのだから。
「こうして、祖父の元に集っていた精霊たちは子を成し、繋がりの続いていた多種族から種として認知され、晴れて『精霊種』となったのさ」
と、種族と認められるまでの経緯が語られた。
ミアはふっと短く息を吐き、少なくなったカップの中の紅色の液体を飲みほした。
「なんだか、壮大なお話…ですね」
「壮大っていうか、それ精霊種の創成記みたいなものですよね?」
「うむ、魔人世界の歴史でもあるな」
ミアの話に聴き入っていた3人も紅色の液体を飲み、焼き菓子を食しながら感想を述べていく。
「残念な事にそろそろ時間になってしまうな。祖父の話の続きは次回……もしくは、アキラ聴いてくれ。
アキラ、先日の件だがな、少しばかりきな臭い。調べてみると幾つか似たような報告が上がってきた。もしかするとアレの影響かもしれん。
何か進展があれば遣いを寄越すが、ソチラでも気を付けておいてくれ」
「ありがとう。ミアも気を付けてね」
昨日人類世界で保護したアルルーの両親が行方不明になっている件を早速調べてくれていたようで、僕にだけ伝わるように曖昧な言葉を選んだみたいだ。
3人共首を傾げて『説明しろ』と視線を送ってくるが、それは後で。
精霊種の説明も途中だし、会社に戻りながら伝えなきゃいけないかな。
前話が長くなったので、分割したからこそ早めに投稿です。
前書きにも書きましたが、説明ばかりで物語の展開が遅いですね。
序章から見てまだ3日目なんですぜ…orz