甘美な毒・3
業務内容に寄っては暴徒制圧や要人警護などある程度の戦闘能力も必要になる為、新入社員の能力測定は最初期に行うべき業務だ。とはいえ、僕らも毎年の定期健康診断で測定するのだが。
早速、新人3人の能力測定結果に目を通す。この測定で表されるのは魔素適応値、魔素保有量、魔素伝導率。
一般的な魔素適応測定は簡易に1~5段階での測定になるが、詳細に測定する能力測定の場合は0~100までの間で数値化される。
1段階につき数値20ずつで区切られる形の測定方法だ。例えば、適応値1ならば0~19、適応値2ならば20~39といった感じになる。
表記は4-85や5-92という具合に『簡易5段階』-『詳細適応値』と羅列される。簡易測定で3段階以上の人間ならば適応値が高いと言える。2段階以下だとしても人類世界ではそれが普通であり恥じる事など何も無い。
まぁ、これは基本的に“人類”へと実施される測定検査になるので、魔人にはあまり意味は無い。
因みにクレフくん、ライトイさんの適応値は『5-100』となっている。当たり前の話だが、魔素の満ちた魔人世界で生まれ育った者はこの数値が低い訳は無い。
あと、驚くことに牧下くんは『4-89』と結果が出ている。人類にしては適応値が異常に高い。あと一歩で簡易5段階の最高値に達するじゃないか……まぁ、これの原因は既に解明されているんだけどね。
何の偶然かはたまた運命か、彼の実家屋内には“罅”が存在していたのだ。牧下くんは産まれる前から“罅”より漏れ出る魔素に触れていたからこそ、ここまで高い適応値となっている。
普段の生活で知らず知らずの内に“罅”から漏れ出す魔素に触れ、それに適応してしまう人間は多い。漏れ出す魔素が微量な為か“魔人”へ変化をもたらす程では無いが、牧下くん程適応してしまう人間も稀だ。
それでも今のところ大きな問題にはなってはいないが、“神隠し”の危険性もあるため、家屋に“罅”が確認された場合は国が責任を持って立ち退きを主導している。
閑話休題
魔素保有量は読んで字の如く、体内へ保有する魔素の量だ。ゲームで言うところの『MP』と表現すれば分かりやすいだろう。因みに『単位』としてはそのままMPとなる。
人類世界には存在しない魔素なので、基本的には人類は0に近い数値になる。
しかし、牧下くんのように適応値の高い人は体内に取り込み適応した魔素の量だけ保有してしまっている。
測定結果はクレフくん2800MP、ライトイさん2100MP、牧下くん1350MP。
……牧下くん、ほぼ始祖に成りかけてるよ。人類が出して良い数値を軽く超えちゃってるよ。
一例として、南田さんが『2ー34』・280MP・91%
西村くんは『3ー46』・520MP・62%。
というのが昨年の2人の測定結果。比較する事にあまり意味は無いけれど、牧下くんとの数値差が半端では無い。
通常、魔素保有量は人類では最大で1000程迄が区切りだと言われている。
これは、魔人世界に住む中で最も魔素保有量の少ない種族が平均1000MP~1100MPだと測定されたからだ。
なので、人類がその数値を超える魔素に適応した場合、魔人へと変化・『始祖』へと進化するのでは…と推測されていたはずだった。
これは実に研究者が歓喜しそうな測定結果だ。人権の尊重を謳う日ノ本が主導している両世界の研究は、そういった研究が絶対的に禁止されているからだ。
遺伝子上人類のままで、魔素適応値が高く保有量も魔人並みな西村くんは各研究機関から確実に目を付けられるだろう。
……あ、だから僕の部下に宛がわれたのか。僕は特殊だとして色々と国が配慮してくれるからね。
クレフくんとライトイさんも魔人としては保有魔素量が高い水準だ。一般的な魔人の平均値は1500~1600。保有魔素量の少ない種族でも1000~1100程で、確か獣人種は1800~1900、竜人種が2000~2100だと言われている。
これはあくまでも平均値でしかないが目安として見た場合、2人共に突出していると言っても過言じゃないだろう。
最後に魔素伝導率。魔法を使用する時は体内の保有魔素を大気中に漂う魔素と融和・感応させ自身の思うままに現象へと変化させなければいけない。
その過程で保有魔素を無駄なく融和・感応出来ているか、という測定だ。
例えば、保有魔素を100MP使えば炎を出せる魔法があるとする。その時、扱った魔素がぴったり100MPのまま魔法に反映されたかどうかを測るんだ。
つまりは、伝導率であるからして100MPの出力を測定するんでは無く、内何%を魔法という現象へ変換出来たかを測るものである。
同じMP消費をする魔法でも使う者で強弱の差が顕れるのはこの魔素伝導率の差だと判明している。
通常、どうしても保有魔素を大気中の魔素へと融和・感応させる過程で多少のロスが生じる。体内魔素の捻出バランスが歪だったり、出力が不安定だったり、現象へのイメージ不足だったりと要因は様々あったりする。この魔素伝導率の数値は訓練次第で100%へ近づける事は出来るが、得手不得手が如実に表れる。
南田さんと西村くんの昨年の伝導率数値を例に挙げると南田さんが91%、西村くんが62%だ。単純だが、南田さんと西村くんが同じMP消費の魔法を発生させると南田さんの方が威力や効果のある魔法が発現する事になる。
西村くんは野性的な勘・感覚で魔法は扱えるが、魔素出力の細かい調整が苦手。適応値・保有魔素量共に人類としては非常に高い水準にあるが魔素伝導率だけが著しいのは感覚派故なのだろう。
南田さんは適応値・魔素保有量が人類一般的に見てそこそこ高くはあるが他社員と比べて見劣りしてしまう水準だ。だけど、魔素伝導率の高さはダントツ。魔素の扱い方は繊細で丁寧且つ、魔法の威力・効果は絶大という技巧派。
さて、3人はどうかな?
牧下くん
『4ー89』・1350MP・83%
ライトイさん
『5ー100』・2100MP・94%
クレフくん
『5ー100』・2800MP・89%
……僕の新しいチームはどんな業務を回されるんだろう。数値だけで見れば確実に過剰戦力だ。魔王とその近辺さえ抑えておけば人類世界と魔人世界どちらも世界征服出来そうな戦力になるんじゃないかな。
もしかして、社長ってこの測定結果が分かってた?……そんな訳無いか。
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各々へ測定結果を告げた後『課長の測定も教えないのは不公平だ』と声を上げたのはやっぱり牧下くんで、魔王に会えば分かると宥めてやって来ました魔王の住居。
“魔人世界の王”そう言えば聞こえは良い。
ゲームなんかじゃ“魔を統べる王”であったり“魔界最強の者”であったりと人類に対するラスボスなのが『魔王』だ。
しかし、ゲームとは違い現実の『魔王』は魔人世界の代表でしかない。独裁政権でもなければ選挙制でも合議制なんかでも無い。
実はただの、自称『魔王』。
一応、各種族を取り纏める代表としての名誉職ではあるのだが、先代魔王が老いの為退位したらしい後、数年間魔王は不在だった。
各種族の長は幾度か会議の場を設けたが誰も武を、智を、富を、畏れを振り翳す事無くただただ王の座を押し付け合っていたそうだ。
それもそうだろう。数千年という永い年月の
中で1度も正しく統べられた事は無く、各種族の諍いや争いの続く魔人世界で“仲介役”となる魔王をやりたがる者なんて居なかったんだから。
『魔王』とはつまるところ“クレーム処理係”なのである。
種族・部族間抗争や内乱があれば現場へ駆けつけ、宥め、時には力で抑え、双方の言い分を聞き纏め、和解を促したり。
一地方で穀物が不作だとなれば、豊作だった地方へと直接赴き交渉し、輸送の手続きや分配管理・監視し、農耕・畜産方法の見直し・向上方法を広め飢饉の無い生活水準を保てるよう動いたり。
やれ隣の芝夫が蒼い、隣の客がよく火気を喰う、といったご近所トラブルまで処理しなければいけないのだ。
誰がそんな役職をやりたがるものか。
実は先代の退位理由はストレスによる鬱だとか、ストレスによる胃潰瘍だとか、ストレスで頭皮が剥けたなんていう噂もある。
そんな役職をやると手を挙げたのが今代の魔王。名前はミア、二つ名を『幻影』という。
「…で、とりあえず彼女に今から会うけど容姿に関しては二つ名の通り幻であり影だから言及しないこと。エラい目にあうからね」
「はぁ、それは分かりました。……それで、ホントにココなんですか?」
「私はてっきり魔王城へ行くものだと……」
「うむ。民家、であるな」
……僕は魔王に会うと伝えたが『魔王城へ行く』とは一言も言っていない。
「魔王城には彼女の分身が居て働いてるけど、本人は基本的にここで引き籠もってるよ」
僕らの訪れた民家は魔人世界では一般的な丸太で組まれた二階建ての家屋。人類世界風にいうところのログハウスだ。
表札は無く少しの庭がある簡素な、平凡な家屋に魔王が住んでいるなんて誰も気付かないだろう。実際、ここが魔王宅だと知っている者もかなり少ない。
ここ数年でこの魔王宅へ頻繁に出入りしているのは家主の魔王ミアを除けば、側近さんと僕くらいなものじゃないかな?
まぁ、とりあえず魔王宅へ入ろう。アポを取った時間がそろそろだし丁度良いよね。