甘美な毒・2
一通りの清掃も終了し始業時間までまだ余裕があるので出勤して来た南田さんと後輩の西村くん3人で雑談に興じる。
つい先日までチームを組んでいた僕らだったが、僕が新人3人の教育係となり課長へと昇進、課長だった南田さんは部長補佐へと昇進し現場を離れる事になったので、西村くんは同対策課の別チームへと配属になっている。
とはいえ、一昨日の朝に急遽別チームへ加入が決まった西村くんは業務予定が立たず今日まで会社で書類業務らしい。
「南田さんとアベさんとチーム組んでる時の自由に動ける感覚好きだったんすけどねぇ!
渡部さんと長谷井さんって完全に役割分担チームじゃないっすか。俺の居場所ってか役割ってか入り込む隙が無いんすよねぇ……」
西村くんは外務系の作戦行動が特に苦手だったからなぁ。動物的というか本能的というか、その時その場の感覚で動くからあの2人のチームだと肩身が狭いかもな。
「僕も一緒に仕事した事は無いけど、長谷井さんは……まぁ、肉体派で体を動かす方が性に合ってるみたいだしね。渡部さんは見た目通り頭脳派って感じで後方支援を担当してるのは知ってはいるけど詳しくは知らないんだよなぁ……」
ふと思い返すと、僕は同じ会社の先輩である長谷井さんと渡部さんをあまり知らない。同じチームとして一緒に働いたことが無くても知れる機会は沢山あったはずなのに。
「渡部くんは理論的に物事を見通すし、その人が何を伝えたいのかを聞き出すのも交渉事も上手い。関わる人の性格や趣向も加味して話を組み立てられる彼女は貴重なサポート係だよ。西村くんの事もきちんと考えてサポートしてくれるはずだ。
長谷井くんは寡黙だけど、その分行動で示す人柄だからね。少し人見知りするしあまり話す方じゃないけど、周りをよく見ているし気配りも出来る。優しい心根の持ち主だ。彼が体を張って前に出るのも仲間を守りたいからだっていうのは一緒に仕事していれば伝わってくる。西村くんが動きやすいように彼が手伝ってくれるさ。だから心配いらないよ。」
南田さんは優しく西村くんにそう語り掛けた。続けて、2人共新人教育したのも2人と最初にチームを組んだのも僕なんだよ、と教えてくれた。
……僕は、南田さんと同じように課長という役職を全う出来るだろうか。
一緒にチームを組んだ同僚の良い所も悪い所も気付いて、より知って受け入れて。
今の南田さんみたいに、あの人はこういう人だよってちゃんと紹介出来るだろうか。
僕は入社してすぐに南田さんとチームを組んだ。西村くんが入社して3人のチームになった。そして今、3人のチームは解散してそれぞれが新しいチームとして動きだそうとしている。
今後、幾度となく新人が入る度に僕が教育係としてチームを組むんだろう。その度にその人を知って受け入れていかなくてはいけないんだ。
1つのチームを永遠に続けていくなんて事はあり得ない。1年後か、3年後や5年後なのか誰かが抜けたり、はたまた誰かが加わったり。
南田さんが今までそうしてきたように、今後は僕がそう在らなければいけないのか。いざ自分が責任を持ってチームを率いていく事を考えると南田さんの偉大さを痛感する。
「アベくん」
突然呼ばれてハッと視線を上げる。いつの間にか考え込んでいたみたいだ。
「君は何でも難しく考える癖があるからね。急に課長なんて役職を押し付けられて大変だろうけど、君は君だよ。
僕は魔素適応値も低いし実力が無い分みんなに沢山助けてもらってなんとかやってこれた。僕なりに頑張ってね。
アベくんと僕は違うから、同じようには出来ないよ。やる必要も無い。アベくんはアベくんのやり方で課長をやれば良いんだ。
やり方を間違えたって失敗したって良い。その為に部長や部長補佐の僕がいるんだから。ね?」
……ホント凄い人だなぁ。
「ありがとうございます。
というか、南田さんって実は読心術とか思考感応の魔法使えるんじゃないですか?」
「ハハッ、そんな訳ないじゃない。アベくんは分かり易いんだよ。すぐ顔に出るからね」
「えっ?アベさんの仏頂面って変わるんすか?!」
「……西村くん、ちょっとお話しようか?」
「あ、今の表情は分かるっす!」
あはは、と快活に笑う西村くんに釣られて僕の頬も緩む。
今さらながら、僕は今まで南田さんと西村くんに支えられていたんだと実感している。
南田さんが朗らかな笑みで手を引いてくれて、西村くんは人懐っこい人柄で一緒に歩いてくれた。
自分にとって在って当たり前の“日常”がこういう風に変わっていくのは寂しくもあるけど、こういう風に変わっていく事も“日常”なんだなと改めて思う。
3人で再び談笑を交わしていると玄関が開き慌ただしく新人3人が入ってくる。
チラと壁に掛かっている時計を見ると始業時間まであと10分程になっていた。
「あ、部長補佐、課長、西村さん!おはようございます」
「おはようございます。初日より慌ただしく申し訳ない」
「あの、おはっ……おはようございます。すいません」
3人が3人共別々の角度でお辞儀して挨拶をしている。牧下くんは何事に無かったかのように普通に挨拶の15°でクレフくんは慌ただしくしていた謝罪を込めた最敬礼の45°、ライトイさんは先の2人を見てオロオロとしながら30°の敬礼を何度もしている。
「うん、皆おはよう。……で、どうしたの?寝坊でもした?」
寮からだと会社まで車で10分くらいなので、逆算すると少しゆったりした出勤だったんだなぁとは思う。
「それが…昨日気付いてれば良かったんですけど、昨日の買い物で燃料がかなり減ってまして。出勤前に給油しようとしてスタンド探してウロウロしてたら意外と時間が掛かりました。すいません。」
ばつの悪そうに話す牧下くん。
「上野課長殿、牧下殿に落ち度はないのだ…です。私がうろ覚えに道案内をしてしまったが為に遠回りをしてしまった。処罰ならば私が!」
必要以上に責任を感じているクレフくん。
「あの!私が、もっと早く準備出来ていれば……昨日も、2人が私の買い物や荷解きを……沢山手伝ってくれたんです。なのに……私が寝過ぎてしまって!」
涙ぐみ俯くライトイさん。
そんな3人を見てニマニマと笑み僕を見る西村くん。
にこりと朗らかな笑顔の南田さんが僕の背中をポンと押す。
「え~とね、まだ始業時間までもう少し余裕があるし遅刻じゃないから安心して。『始業時間の15分前に出勤するのが望ましい』とは言ったけど強制じゃないし。
西村くんが入社したばかりの時はいつも遅刻ギリギリだったけどね」
「そんな昔の事忘れました!」
間髪入れずに反応した西村くんに苦笑しつつ続ける。
「ウチの会社にタイムカードは無いって説明は軽くしたけど、理由は話して無かったよね?
……『時間は有限だ!しかし、有害でもある!時間に追われて生き急ぐな!!』っていう説明不足な社長の方針が原因なんだ」
「アベさん、似てないッス!」
知ってる!あと、南田さん?笑うの堪えてるのバレバレですよ。肩震えてますから。
「……とにかく、時間を気にしてバタバタせずに自分の意思で計画的に過ごそうってことだね。だからといって遅刻や怠慢は許されないので意識は高く保って自己管理をしっかりしよう。
まだ始業時間にはなってないんだから3人共遅刻じゃないし気にしないで良いよ。
燃料の件は言って無かった僕の責任でもあるから……実は僕の車って別に燃料入れなくても良いんだ。いや、もちろん燃料でも走るけどね」
「……?えっと、ハイブリッド車ってことなんですか?」
新人3人の中で唯一の免許持ちな牧下くんは燃料と電気で動くハイブリッド車に思い至ったようだ。
「ノンノンノン!アベさんの車はなんと!!人魔両世界において唯一の!!!史上初の
!!!!『魔素ハイブリッド車』なんだっぜ!!!!!」
なぜか西村くんが自慢気に解説する。
「いや、ただの試験車なんだけどね」
「日ノ本最大手自動車メーカー『トミタ自動車』がアベさんに協力を求めて作り上げた燃料と魔素のハイブリッド車・試験車8号!アベスペシャルっすね!」
「いや、アベスペシャルは君が勝手に言ってるだけだからね」
西村くんは車やバイクが好きでこの手の話になると凄く楽しそうに語り出す。
因みに、今は始業時間の5分前。西村くんが語るには時間が足りない。
「まぁ、その話は後で。西村くんは留守中にやることあるんでしょ?ほら、長谷井さんがこっち見てるよ。
……さて、牧下くん、クレフくん、ライトイさん。今日の業務内容は『能力測定』と『適性検査』を午前中にやります。着替えは必要ないから、準備が出来次第移動するよ」
長谷井さんと眼が合ったのか、ヤベッと呟き走り去る西村くんを尻目に早速今日の予定を3人に伝える。南田さんはまたね、と自分の机に戻って行った。
『能力測定』と『適性検査』は人類世界で一般的にやる『魔素適応検査』とは別のものだ。
『魔素適応値が高い・低い』というのは“その人間が魔人世界に適応出来るか否か”を測定するもの。
『能力測定』は自身の保有魔素濃度……ゲームで言うところの魔力等を数値化する測定だ。
『適性検査』は『能力測定』で得たデータを基に、測定者がどんな魔法に適性があるのか、魔法の用途に寄る得手不得手を検査するものである。
魔人世界で生まれ育った魔人は測定・検査などせずに感覚で魔法を使っている為、“俺はこの魔法が苦手”“私のこの魔法はなぜか威力が低い”程度の認識みたいだ。
「それと、午後からは魔人世界に行きます。こっちも着替えなんかは必要ないし手ぶらで構いません。
向こうの要職……魔王と秘書、後は近衛や警備に挨拶するくらいかな。まぁ、魔王の話は長いから午後は挨拶回りで潰れるはず。帰社してたら今日は終業かな」
と、今日の予定を話し終えたらタイミング良く始業のベルがなった。
なんだかんだで遅筆なのは変わらず…orz