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愛すべき“いつも通り”の日常  作者: ラフトL
11/16

幕間・新しい家族



日曜日。それは僕にとって仕事が休みの日であり、家族と会う日だ。


毎週という訳では無く2・3週に1度だったり、弟妹たちの行事毎にという感じで僕の育った孤児院へ訪れる。


前回は小学校入学の弟と高校入学の妹の入学祝いを渡しに訪ねた先々週。お祝いのケーキと学校で使える筆記用具等のプレゼントを持って行った。


今日は母さん…孤児院の院長から電話にて帰っておいでと伝えられていたからの訪問になる。


孤児院では、18歳になるか高校を卒業すると独り立ちしなければならない。大学に進学する場合でもそうだ。僕も、僕の弟妹たちもそうして独り立ちしてきた。


だから『帰る』というよりも『訪ねる』と表した方がそれっぽく感じるだろう。これは意地や誇りの様なもので『自分は立派に巣立ったよ』という意思表示であったり、これから巣立ってゆく弟妹たちへの指針だったりする。


とはいえ、気持ち的にはやっぱり『帰る』なので孤児院の玄関をくぐる時は『ただいま』だ。巣立った誇りはどこに行った。


「ただいまぁ!」


僕の声が聞こえたのか奥の部屋から弟妹たちが駆け出して来る。真っ先に僕に飛び込んで来たのは先日小学校に上がったばかりの陽太だ。


「兄ちゃんおかえり!兄ちゃんにもらった『バトルえんぴつ』と『レーシング消しゴム』すげぇ人気だぜ!おかげですぐ友だちもできたしがっこうたのしい!ありがとう兄ちゃん!!」


「そっか、良かった!兄ちゃんが小学生の時もアレは大人気だったんだ。でも、授業中は遊ばないって約束は守って遊ぶんだぞ?」


僕のお腹に飛び込んで嬉しそうに顔を上げて語る陽太の頭を右手で撫でながら、プレゼントを渡した時の約束を確認する。


「うん!」


笑顔で頷く陽太を撫でつつ他の弟妹にも話し掛ける。左手に持つお土産も気になる様子だし3時のオヤツだぞ、と渡すとわぁと歓声が上がる。


小学2年生の光平と美月、小学4年生の桜、小学6年生の蓮、中学2年生の日向、中学3年生の広明。


「明良、おかえりなさい。それと、陽太が離れないとお兄ちゃんが上がれないわよ?」


お腹にくっついたままの陽太は母さんの声で気付いたのか、そっかと笑って僕から離れる。次に僕のお土産が気になったのか他の弟妹たちの輪へと潜り込んで行った。


「ただいま母さん。皆元気だね。母さんはどう?体調崩してない?」


「ふふ、母さんも元気にやってるわよ。それより明良の方が心配だわ。ちゃんとご飯食べてる?仕事で怪我とかしてない?会社の人たちとはうまくやれてる?」


挨拶からの『心配だわ』はいつも母さんが口にする言葉で、僕にとってはいつも通りの母さんである証明でもありとても安心出来る言葉だ。


「あはは。僕も大丈夫だよ。

今度ね、課長に昇進して部下もできるだよ?今年は新人が3人も居るんだけど、その3人の上司になるんだ」


「えぇ?!そうなの?おめでとう、今夜はお祝いね!でも、それはそれで心配だわ…」


なんて言う母さんの心配性に苦笑を浮かべながら母さんの背中を押してリビングへと促す。同時に弟妹たちもワイワイとリビングへ向かう。


リビングへ入るとキッチンから顔を出した最年長の妹と目が合った。


「アキ兄ぃおかえり!ご飯にする?お風呂にする?それとも、わ・た・し?」


「…ただいま、灯。そういうのは小さい子の教育に良く無いって何度も言ってるよね?」


今この孤児院での年長者であり、今年高校生になった妹の灯を窘める。この子は中学3年生になった頃からマセてきて、たまに訪ねる僕をからかってくる。


「うふふ。この子、明良が来るって聞いて朝から張り切っちゃって。ずっとソワソワして待ってたのよ?この間なんかも明良から貰った手帳を大事そうに…」


「ぎゃあぁぁ~っ!お母さん何言ってんの?!ってか、なんで知ってんの?!アキ兄ぃダメ!聞いちゃダメ~ッ!」


女の子らしくない絶叫を上げながら僕の耳を塞ごうと両手を伸ばす灯だったが、身長差のせいか僕の耳を塞いだ体勢は抱き付く寸前、つまり至近距離になっている。


僕は灯の腰に左手を回して、右手で頭を撫でる。小さい弟妹たちが飛び付いてきたり抱き付いてきた時にいつもやってるから、つい癖でやってしまう。


「手帳気に入ってくれたのかな?一生懸命選んだ甲斐があったよ」


「……アキ兄ぃがくれた物は、全部私の大事な宝物だもん」


両耳は塞がれているけど、尻すぼみになっていく言葉だったけど、僕にはちゃんと聞こえた。


僕が進学祝いにプレゼントしたのはハードカバータイプの手帳と万年筆。どちらも灯の好きなオレンジ色で揃えた。


手帳の中身はスケジュール帳やメモ帳と付箋紙付きで、電車の時刻表や世界の単位比較など多機能な便利そうな物が付随していて、年度が変わる毎に付け替えが出来るものだ。


デジタル媒体主流の昨今『古臭い』とか『面倒くさい』と敬遠されがちになってきた両品だったけど、灯が気に入って大事にしてくれてるのが分かって僕も嬉しくなる。


(明良兄ちゃん、絶対分かってないよな?)


(灯姉ちゃんが不憫…)


(皆、明良みたいな人を『朴念仁』って言うのよ)


(ぼくにんじん?俺はトマトの方が好きだなぁ)


母さんと弟妹たちが顔を寄せ合って小声で話しているが、灯に耳を塞がれてるので良く聞こえない。


灯はというと、耳まで真っ赤にして俯いている。頭を撫でて子供扱いしている事に怒っているようだ。なので撫でるのをやめて1歩後ろへ下がる。


僕の耳を抑えて塞いでいただけの灯の手は特に抵抗も見せずにスルリと離れた。





顔を赤くしている灯を弟妹たちに任せて僕は母さんと院長室に移動し、僕が呼ばれた理由を聞くことにする。


「それでね、今日明良に来てもらったのには訳があってね。なんと、今日からもう1人家族が増えます!」


…うん、知ってる。というか、リビングに『ようこそ!』って飾り付けがしてあるので分かる。僕がこれまで何人の弟妹を歓迎してきたのか知っているだろうに。


「今日来る子は事情があって人類世界で保護することになった子なの」


さっきまでの穏やかな微笑みを真剣な眼差しに変えて母さんの話は本題へ入った。


魔人世界と一言にいっても『魔王』が統べる1つの世界という訳ではない。『魔王』というのは幾つもある種族の代表に過ぎないのだ。


それぞれの種族には各部族が、部族にはそれぞれの集落がある。クレフくんは『竜人種』の中に幾つもある部族の1つで部族長に就いていた。


人類世界風にいうと、市町村が集落・都道府県が部族・日ノ本が種族という感じだ。詰まるところ、クレフくんは元都知事や元府知事ってところかな?


まぁ、魔人世界には幾種もの種族が存在するがその中に『外魔種』といわれる種族がある。


それは元々、人類世界で生まれ世界各地で『神隠し』に遭って魔人世界に適応してしまった始祖たちが集まって出来た小さな集落から始まった。


魔人世界の伝聞によると、3千年ほど前から確認され始めた『始祖』の数は少なかったようだが、年を経て人口を増やし2千年前には『種族』として認められる規模に拡大していたようだ。


見た目は人類と変わりは無いが、人類とも魔人とも違った発展を成した『外魔種』は言語も風習も独自のものになっている。


そもそも世界各地で『神隠し』に遭い寄り集まったのだから人種も風習もバラバラで当然だ。しかし、見知らぬ異界で『神隠しに遭った人類』と出逢えたことで仲間意識が芽生えるのは自然なことだろう。


なので、年月を経て子孫を増やし、『神隠し』に遭った人たちがその都度加わり、多種多様な言語や風習を織り交ぜて独自の発展をした事は当たり前だと言える。


前置きが長くなったが、そんな『外魔種』のとある小さな集落で不幸にも孤児になってしまった子供を保護することになったという。


詳しい内容は“お察し”というものだ。僕だって10年魔人世界と関わってきたのは伊達じゃない。


人類世界のような人権を守る法が魔人世界にはほぼ無いと言っていい。元人類が寄り集まった『外魔種』であってもだ。


今回の保護孤児は大方、『混種』の子どもだろうと予想がつく。


『外魔種』は自分達の見た目、つまり“元々は人類だった”という自負が根強い。小さな集落だからこそ『混種』はより忌み嫌われる。人類世界でも似たような地域は多くある。


保護孤児の件は“お察し”ながらも一応、詳細は確認しておいた。父親は『外魔種』で母親は『流動種』。


因みに『流動種』とはいわゆる『スライム』だ。


『外魔種』と『流動種』の『混種』故に見た目は『外魔種』だが、身体の手足が少し半透明になっているらしい。今は“チェンジリング”で人類になってるから身体は透けてないそうだ。


向こうでは、母親は『流動種』で、加えてその子が『混種』である事から一家は集落の外れに小さな小屋を建て生活していたようだ。集落との接点はほぼ無くて、稀に父親だけが集落へ生活に必要な品物を買いに行く自給自足な生活。


そんな中、狩りに出かけたまま両親が帰らず1週間が経過した頃その子は集落へ助けを求めたが幼児であっても『混種』な為、助けてくれる者は皆無だったそうだ。


その日からその子は日の上る時間は森に身を隠し、夜な夜な集落の畑を荒らし、食糧庫を荒らし、更には民家を荒らし、集落の大人たちから数日間逃げ回ってみたものの捕縛され私刑に処された。


あくまでも私刑。だが、その内容は子供にとっての死刑に他ならない『追放』だったそうだ。


その後、行くあてもなく歩き続けて体力と気力の尽き、行き倒れたところをたまたま通りかかった別集落の外魔族の狩人に保護されたが、『混種』故に表立って助けてくれる者は居らず見兼ねた集落長が人類世界側へと援助を求めたそうだ。


「少しデリケートな案件だし、僕も気掛けておくよ。魔王にもそれとなく伝えておくね。母さんは…いつも通り弟妹たちをよろしく。“向こう”の事は任せて!」





「こんにちは。わたしはアルルーです!『がいましゅ』と『るーどーしゅ』がおとーさんとおかーさんです!よろしくおねがいします!!」


元気いっぱいに挨拶をしたアルルーちゃんに皆で拍手を送り、同時に僕は母さんへ視線で問う。


僕らが思っていた程深刻じゃないね、と。


『外魔種』と同じ見た目である『人類』。なので、自分と両親を蔑み助けてくれなかった“他人”への不信感や憎悪感は少なくないと見積もっていたんだけど…


意外にも元気良く話し、笑顔でお辞儀をする姿に少しの不安は霧散した。


人類世界側から保護業務を行った職員が優秀だったんだろう。保護民・難民関係の業務は『対外施策』が主導で請け負っているから、昨日ハインさんとロームさんが本社に来ていたのはアルルーちゃんの報告だったのかもしれない。


「アルルーね、おなかすいたっ!」


机の上に並んだ沢山の歓迎料理に目を放せないまま涎を垂らすアルルーちゃん。僕らはそんなアルルーちゃんに笑みを浮かべ、自己紹介を後回しにして歓迎会を開始した。


今まで最年少だった陽太が、初めての妹になるアルルーちゃんの面倒を見ようとして四苦八苦している姿はとても微笑ましくて母さんと共に笑みを浮かべて見守ったり。


最年長の灯は普段以上に弟妹の動向に目を光らせアルルーちゃんを気遣っていたり、陽太の兄姉である光平や美月は陽太を見守りつつサポートしていた。


主役であるアルルーちゃんは今までに無い“同世代に囲まれる体験”に最初こそ目を白黒させていたが、陽太によって盛り付けられたご飯やおかずを目前に食欲が勝ったらしく黙々と食べ始めた。


途中から陽太のお世話が入り、それにも戸惑いを見せたが徐々に嬉しそうな素振りを見せ始めた。食べながら笑い、笑いながらお喋りし、お喋りしながらも食べるという変な器用さを発揮して歓迎会は進む。





ー孤児院『希望の架け橋』ーは新たな家族を迎え入れた。種族こそ違えど、これから共に暮らしていく者は種族の違いなど無く家族だ。


弟妹たちも『始祖』と『人類』の『混種』を先祖にもつ。僕も似たようなものである。この孤児院は世間から……本当の両親や家族から拒絶された『魔人間』の保護施設。


本当の家族を知らなくても…いや、知らないからこそ僕らが本当の家族以上に家族で居られる場所。


アルルーちゃん……アルルーは『外魔種』から、『魔人世界』から拒絶された。だけど、僕らは拒絶された側だからこそアルルーを受け入れる。


傷の舐め合いと思う人も居るだろうけど、快く思わない人も居るだろうけど僕らだってこの二つの世界に産まれたんだ。生きたいと、交わりたいと、温もりを求めて良いんだと……そう教えてくれる感じさせてくれる場所は必要だ。


僕にとって、院長は母さんだ。今はもう巣立った弟妹たちも、在院する弟妹も、今日初めて会ったアルルーも本心から家族だと思っている。


僕の“愛すべき日常”は、愛すべき家族であり、愛すべき家族を守る為の仕事であり、愛すべき家族を守れる僕自身である。


昨日は仕事に変化があった。今日は家族に変化があった。その変化も“愛すべき日常”に含まれて変わっていく。


だからこそ、僕はそんな世界をーー



ーー愛している。



前回よりも早く投稿出来ました。


ここまでで説明の足りない部分は今後の本編で出てくる予定です。後出し設定みたいになってしまいますが、先に説明を入れると話が進まないし長くなってしまうので、話を進行させながら説明を入れていくつもりです。

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