序章 8
3ヶ月以上間を空けてやっと投稿出来ました。
さて、社内案内や業務上の必要な説明は粗方済んだ。新人3人の初仕事はこれにて終了となる。研修期間中も出社扱いなので今日が本社での初仕事と言っても問題は無いだろう。
「3人共お疲れさまでした。今日はこれで終業になります。研修終わりで疲れてるのに長くなってごめんね」
僕が手に持つ書類などを纏めながらそう伝えると3人共に初々しく頭を下げて、ありがとうございましたと声を揃えた。
「はい、お疲れさまでした。
明日は日曜日だからゆっくり休んでね。月曜日からは通常の業務を教えていくけど、さっき説明した通りそんなに難しい事はしないから安心して。
あと、今日はそのまま帰っても良いんだけど皆バスかな?それともタクシー呼ぶ?」
研修終わりにそのまま本社へ寄っているので手荷物が多い3人に気を遣い問うと、牧下くんが代表して3人共寮だからタクシーで帰ると答えてくれた。
「あ、寮なら僕の帰り道だから送ろうか?社長に報告書を提出したら僕も上がりだから15分位待ってもらう事になっちゃうけど…やっぱりタクシーの方が良いかな?」
咄嗟にタクシー代が勿体ないなと思って僕が送る事を提案したが、一応の上司である僕が送ると言ってしまえば断り辛い上に少し待たせてしまうし彼らの気も休まらないんじゃないかと、言ってから気付く。
気を遣ったはずが逆効果じゃないか……
こういう事はプライベートな部分にも関わるから今後はもっと気を付けなければと肝に銘ずる。
「あ!だったら、皆で食事に行きません?懇親会的な感じで。もちろん、課長の驕り!」
ニヤリとした笑みを浮かべて声を上げたのは牧下くん。
曰く、入寮初日なので夕飯をどうするか決めかねている。序でに、寮周辺に何があるのか良く分からないらしい。他にもバス通勤なのでバス停の場所やバスの発着時間の確認もしたいらしく案内役をお願いしたいと言う。最後に、タクシー代が浮く・食費も浮くからと付け加えるあたり彼は強かだ。
「良いよ。これから僕らは一緒に仕事をしていく仲間だし。一応、これでも上司になったんだ。今日は全部僕が出すから」
ライトイさんとクレフくんの同意も得て、僕は報告書を纏めて社長室へと足を向ける。
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「おう。どうだった、新人共は?」
社長室へ入るなり“してやったり”といった気味の悪い笑みを向けられた。
「えぇ、社長の言う通り『活きの良い』3人ですね。なかなか個性的でした。…でも、何で対策課に?
牧下くんは社交的で頭の回転も早い。何よりも物怖じしないし相手をよく見ています。ココよりも『提携・交渉』や『政府担当』の方がその力を活かせるはずです。
ライトイさんは少し内気で争いを好まないようですし、『人事・経理』か『広報』とかの方が当人的にも良い気がします。ココは荒事も多いですから女性だという事も考慮すると不向きかと。
クレフトヤーヌくんは部族長を経験していますし純血統種です。位は剥奪されてもその威光は残りますし、魔人世界の知識と元部族長の経験は人類世界にとっても貴重だと思います。『政府担当』や『広報』でその力を奮える人材もまた貴重です。
僕個人としては対策課に歓迎しますよ?3人共良い子ですしね。でも、後で人事異動なんて言われても困るので、先に言ってるだけです」
そう、どう考えても彼らは良い意味で対策課向きではない。たった数時間だけの接点だけど、個々人の能力・性格・立場を鑑みると別部署の方が向いている。適材適所という言葉の通り、ココより別部署での方が如何なく活躍出来るだろう。それなのに、『最終的にどうしようも無い案件・荒事』が回って来る『総合対策本部』に配属されたのかが不明瞭なんだよな。
「……名前だ」
…………ん?名前?
「お前が“上”野、そんで新人共が牧“下”、“ライト”イ、ク“レフト”ヤーヌ。
これで上下左右が揃っただろ?『対外対策』には“ハイ”ンと“ロー”ムが、『人事・経理』には陸・海・空も居て、社長の俺が“中”路で『本社』にゃ東西南北が揃ってる。ほぼ完璧だ!これからも目ぼしい奴は集めていくからな、楽しみに待ってろ!!」
………………真面目な顔して何言ってるんだこのオッサン?!
「いや…えっ?ちょ、本気でそれだけ?それだけの為に新人を本社に?!」
「当たり前だ!俺はいつでも大真面目だっての。いやぁ、前から“左”と“右”を探してたんだがな?これがなかなか居ないのな。今年は運良く左右どっちも揃った!幸先良いじゃねぇかアベ!!」
ガハハと嬉しそうに笑っている社長を見て思う。やっぱりこの人は変人だ、と。
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「お待たせしてしまい、誠に申し訳ありません」
結局、社長への報告は予定よりも時間がかかってしまい15分どころか倍の30分待たせてしまったので新人3人組に最敬礼で謝罪する。
3人で話していれば30分なんてあっという間だから気にしなくて良い、と言ってくれたが予定時間に遅れた事だけに謝罪しているんではなくて…社長の変人志向の犠牲になった3人への謝罪でもあったことは僕の心に秘めておこう。
会社のドアを出るとよく晴れた空に夕日が眩しく輝いていた。今は4月の半ばで、昼間は暑くなるが夕刻にもなれば肌寒い。
社内は空調設備が整っていたので脱いでいたスーツの上着を素早く羽織り、こっちだよと自分の車へ足を進める。
3人の話し声とキャリーケースのゴロゴロと鳴る音、カツカツと鳴る革靴が後ろから聞こえてくる違和感に……あぁ、と一つ納得する。
彼らは昨日までの僕だと実感する。
昨日までは南田課長の後を追っていた僕と西村くん。そして今日は新人の3人が僕の後を追っている。
後ろから聞こえる音ってこうなんだ。
ふふっと自然に漏れる吐息と共に振り返ると不思議そうに足を止めた3人は呆けた様子で僕を見た。
今感じている気持ちを言葉にするには少し場違いだし、ちょっとだけ考えてから一言伝えておく。
「……3人で食べたいものを決めておいてね」
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新人3人を一旦寮まで送りつつ、道中の道案内や周辺施設を簡単に説明する。車は寮に駐めさせてもらって各々の荷物を部屋へと置いた後に徒歩で移動し食事をしてから、近辺の簡単な案内をしていたらカラオケボックスを発見した牧下くんの提案でそのまま入店。勿論、僕のおごりというのも含めての提案だ。
先日まで大学生だった牧下くんは年相応に溌剌としていて、子供っぽい面も残したまましっかりと大人へと成長している年頃の青年そのものだった。1番楽しんでいたと思う。
クレフくんは最初、ソワソワと室内を見回していた。聞くと、カラオケボックスが初めてだそうだ。部族長になるために留学したので、学生時代は侍従や取り巻きが常に居た為こういった場所には接点が無かったらしい。一族の期待に答えようと彼も一生懸命だったんだろう。
ライトイさんの人見知りも少しは解消されつつあるようで恥ずかしそうにしながらも歌っていた。学生時代には人間種との交流もあり、そこで知り合った友人と共によく遊んでいたそうだ。なのでこういった場にも慣れているみたいだった。
僕はというと、あまり歌うのが得意ではないのでいつも通り聞き手に徹していた。一般的な歌をあまり知らないというのもあるが、僕が歌い始めた瞬間の凍てつく様な雰囲気が…
こういう場所では『歌って楽しむ事』が重要であって、『上手く歌う事』は然程重要でない事は理解しているつもりだが、自身が『音痴』だと認識していて、尚且つ歌い始めた瞬間と歌い終わった後の場の盛り下がりは何とも言え無い。
が、恐らく歓迎会や慰安旅行、忘・新年会で歌わせられる事もあるので最初の方で1曲だけ歌った。彼らは数秒間の真顔の後に苦笑を浮かべていたので理解はしてくれたようだった。
「……いや、なかなか味のある歌唱であったな、です」
歌い終えてからのクレフくんの労いにありがとうと返してため息を吐いた。
店を出る頃には僕の音痴は“話のネタ”程度になっていて、その度にライトイさんが優しい目を向けてくれるがその目は僕の精神に効くので止めていただきたい。
「誰でも欠点の1つや2つあるもんですよ。その方が親しみも湧きやすいですって!課長は仕事でチートなんだからそれくらいが丁度良いんですよ。公私どっちも完璧だったら俺が勝てるの見た目だけですから!」
うん、やっぱり牧下くんはちょいちょい本音が混じるな。まぁ、社交辞令的に持ち上げられるよりは良いのかな?
「会社での印象は頼りになりそうな上司で…だけど、かわいい一面もあるのが分かって。私は、その…安心しましたよ」
微笑んだライトイさんにはそういう総評をもらったが、女性でしかも年下の子からの『かわいい』は複雑な気持ちになるな。
「上野課長殿。我等には元々歌唱なる娯楽は無いのでな、この様な物言いは気休めにもならぬだろうが…音痴というのも個性的でなかなか良いものだと思うぞ、です」
クレフくんの労りは嬉しいけど、歌という風習が無い魔人世界基準でも音痴だと認定されるのは嬉しくない。
自覚している事とはいえ、僕が人並みに落ち込んでいる中3人は話題を変え楽しそうに話していた。
明日の休みは買い物に行こう、近所のスーパーの品揃えはどうだろう、ショッピングモールは少し遠いからバス移動だね等、明日も3人で出掛けるといった内容が聞き取れた。
「あ、課長も明日一緒にどうです?」
牧下くんが再び下心を満載に誘ってくる。別に車を出すくらいは良いんだけど、明日は無理だ。
「明日は用があってね。お誘いは嬉しいけど、またの機会に。あ、車は貸せるから使って良いよ?」
丁度車は寮に駐めているし、寮からも自宅アパートからもバス停は近い問題は無い。
「月曜日の出勤も3人で乗り合わせて来れば良いし。僕は車が無くても然程不便じゃないから」
「……あの、課長すいません。そんなつもりで言ったんじゃ無いんです。…本当にすいません!調子に乗って軽率でした」
そう言って頭を下げる牧下くんに続いてクレフくんとライトイさんも頭を下げてくるので訳が分からず困惑する。
「えっ?いや、頭上げてよ!なに?急にどうしたの?」
「…あの、凄く真顔で言われたので。足代わりに誘われて気を悪くしたかな、と」
「やっぱり足代わりだったんだ?!」
牧下くんの言葉に思わずツッコミ、笑ってしまう。普段から無愛想だとか表情が固いと言われるけど、こんな事は珍しい。
「そんな事で怒ったりはしないよ。あれかな、『僕が居なくても車があれば満足だろ?』な感じの当て付けに聞こえちゃったかな?ごめんね、そんな意図は無かったんだ」
明日の用事に車は必要無い事と自宅アパートからバス停が近い事、本当に車が無くてもそう困らない事や以前はバス通勤だった事なんかを説明した。それから、入寮した3人での買い物はそれなりの量になる事は予測出来るので車はあった方が楽だと伝える。
それで一応は納得したのか、お言葉に甘えさせてもらいますと3人は再び頭を下げた。
…んー、良かれと思って言った事だったけど、親切の押し売りみたいになっちゃったなぁ…
それから周辺を歩きつつ案内を再開して寮へと戻った。寮を始点に『の』の字みたいにぐるりと回っただけだったけど主要施設は一通り案内出来たはずだ。
自分の車から必要な手荷物だけを取り出して鍵は牧下くんに預けた。履歴書にて『普通免許有り』なのは彼だけだったのは確認済みだ。
3人と別れて久しぶりにバスに乗り帰宅なのだが…なんだか落ち着かない。初めてバスに乗る訳でも無いのに『乗り過ごさないように注意しなきゃ』なんて危機感を持ってしまう。
以前のバス通勤と順路は変わらないし、見慣れた風景のはずなのにどこか懐かしくて、何故か新鮮だ。
こんな『いつも通りではない』っていう久しぶりな感覚も良いもんだ。
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明日は日曜日。仕事は休みで元々母さんに孤児院へ顔を出す約束をしていた。
明日は母さんに今日の出来事を話そう。
初めて役職に付く事、新人3人が入社した事、初めて部下が出来た事、その部下が個性的な事、だけどとても親しみの持てる人たちだって事、そして僕のいつも通りの日常が少し変わった事。
明日も弟妹たちにお土産を買って行こう。
ケーキはこの前買って行ったし、明日はゼリーやプリンの方が良いかな。たまには和菓子なんかも良いかもしれない。
帰宅して寝るまでの時間、取り留めの無い事を考えていた。
僕が『いつも通りの日常』だと享受してきた穏やかな日々が失われるまで、残り半年も残っていないなんて気付ける訳も無く。
僕たちの気付かない場所でその小さな“罅”は蠢いていた。
次は、次こそは早く投稿したいです。話の進行も遅いですしねぇ…