王様、勉強する
今宵も教鞭が王様のお尻を痛めつけます。
「あひゃい!」
「なんですか、その情けない返事は。王たるもの、このくらいで根をあげてどうするのですか。いい加減我が国の歴史とその時運用された兵法は最低覚えて下さい」
冬の女王は王様の家庭教師。
今年は三年ぶりの”冬の女王特製実力テスト”がありましたが、王様のテスト結果は惨憺たるもの。
あまりの点数の悪さに、プルプルと震える冬の女王の情熱と責任感に火を付けてしまいました。
「王様。全46教科全てのテストの答えとその意味、考え方、基礎。改めて今からみっちりお教えしましょう」
王様も別の意味でプルプル震えていました。
「つ、続きはまた来年ということでは、どうじゃろうか」
ダメでもともと。王様が提案します。
そんな提案を冬の女王の睨みで場の空気を一瞬で凍りつかせました。
「そもそも私が2年おきと提案した実力テストの件、自習で頑張るからと3年おきにしたのは他ならぬ王様、あなたです。しかし今日の成績ななんですか。全く進歩しておりません」
王様はうなだれてボソボソと反論します。
「・・・ワシも忙しかったんじゃあ」
女王の氷のような視線が刺さります。
「お忙しい?つまみぐいがですか?侍女とのお戯れがですか?かまくら作りがですか?」
王様は反論できずタジタジです。
「あ、いや、まあ・・・」
「さあ、始めますよ。まずは算数の復習です!」
◇◇◇
毎年冬の季節、雪が降りつもるこの国のお城では何もすることがありませんでした。
今から10年ほど前に退屈した王様が、家臣を連れて城の隣にある四季の塔に赴きました。
そして少し大げさに胸を張り、オホンというと冬の女王にこう言います。
「冬の女王よ、退屈しているのではないか、何なりと我に申せ。この名にかけて、助力しようではないか」
退屈しているのは王様のほう。
本を読んでいた冬の女王はすらりと立ち上がり、王の前に立ちお辞儀をしました。
女王は長身で細く色白で、細目の眉につり目がち、まさに氷のような雰囲気のある方。別名”溶けないつらら女王”と呼ばれていますが、その中身はとても熱く、とても責任感の強い人でした。
「それでは王様、聞かせてください。まずはその言葉に偽りはありませんか」
当時の王様、気位だけはいっちょまえ。生やし始めたまだ短いヒゲをジョリジョリ触りながら即答します。
「無論じゃ。このワシの自慢のヒゲにかけてもな。しかし雪は降らせんがな。はっはっは」
寒い風が吹きました。
「では遠慮なく。王様は勉強に飢えてらっしゃるとか。私が冬の間、微力ながら私が毎日みっちり教鞭を取らせていただきたく」
冬の女王はこの国の出身でした。諸国を冬と一緒に回っていると、王の評判が他の国でも聞こえてきます。
「諸国の王様開催のチェス大会で唯一全敗」
「自称オペラ好きが第1幕で意気揚々と退席」
「小学校を見学中、8を2で割れば、0が2つだと断言。校長が倒れる」※8を上下で割っている。
流石に外交や政治などは、大臣などの助力もある為なんとかなっていますが、家臣たちもヒヤヒヤでした。
そんな噂を聞いていて、冬の女王はなんとかできないかと考えていました。四季の女王達のお役目は、だいたい500年ほどで交替します。もともと学校の先生だった女王は、長い長いお役目の、長い長い冬の間、ずっと本を読んだり、勉強をしていました。
他の季節の女王は種をまいたり、草むしりをしたり、収穫をしたりと色々と忙しいのですが、雪を降らせるのが仕事の女王は、あまりやることがありません。
女王はみるみる知識を蓄え、ちょっとした賢者に負けないくらいの実力を持ちましたが、つらら女王と言われるほど近寄りがたい雰囲気では、披露するチャンスがありませんでした。
そこで自分のふるさとの国王みずからの提案です。雷が打たれるように感じた女王は自分のもう1つの使命だと感じました。
「私も全身全霊をかけ、王を立派な賢王と呼ばれるようになるまで、お教えいたしますぞ」
これを聞いた王はしまったと思いましたが、家臣の前では取り消せません。
「の、ののの、望むところじゃ。ふ、冬の退屈が消し飛ぶわ」
なんだかんだと理由をつけられ、逃げ回られていた教育係の大臣や学者達は内心喜びました。
これで諸国に笑われなくてすむ、と。
しかしこれは大きな誤算でした。王様があまりにも勉強ができなかったからです。冬の女王の授業は毎年熱が入り、延長され冬がどんどん長くなりました。
そして今年の冬は、まだ終わりが見えません。
小川が凍り、食べるものが少なくなり、そんな事になっているとは知らない国民は何故、冬が終わらないのかと心配していました。
◇◇◇
「やっと残り43教科・・・ちょっと失礼」
冬の女王が、立ち上がり塔の部屋から出て行きました。
ふらふらになった王様は急いで塔の窓から顔を出し、兵士を見つけると、くしゃくしゃの紙に書いた物を塔を守る兵士に投げつけます。
降りしきる吹雪の中、紙が頭に当たった兵士は、紙を拾い上げ、上を見上げました。
そこには王様の顔が見えます。
「た、頼む。これを早く城門の掲示板に出してくれ。早く冬の女王を交代させねば、冬が終わらない。その前にワシが終わる、い、いやいやこの国が終わる」
王様のそれはもうお願いに近い命令でした。
兵士も、こんな寒い日が、主に寒い日の見回りが嫌だったので、急いで掲示板に貼りに行きました。
『冬の女王を春の女王と交替させた者には好きな褒美を取らせよう。
ただし、冬の女王が次に廻って来られなくなる方法は認めない。
季節を廻らせることを妨げてはならない』
王様も、冬の女王を力ずくでなんとかしようとは思っていません。冬の女王がやっている事は自分の為だと十分にわかっていましたが、それはそれ、これはこれ。もう頭が茹で上がるほど、限界でした。
国王が、国民に助けを求めるのはとてもおかしな事でしたが、この王様、勉強以外は愛嬌もあるとてもいい王様でした。
張り紙に人々が集まります。ただし、冬が長引いているのは、王様のせいだとは誰も知りません。
「王様も相当困っておいでだな」
「なんとかできないのかしら」
「森の賢者様なら何かご存知かも」
「いやいや、賢者様も首を傾げておったぞ」
口々に話し合いますが、誰も答えを出せません。
そんな中ひとり、大きなフードをかぶった女性が声を出しました。
「私がなんとかしましょう」
周りの人が一斉に振り向きました。
その声はあどけなさが残りますが、どこか自信が見えます。
「お嬢ちゃん、そんな事ができるのかい?」
「冬の女王はとても冷たい人と聞く。凍らされやしないかい?」
その女の子が元気に答えます。
「そうですね。まずは会って話ができるか試してみます」
この女の子の正体は春の女王。
いい加減、待ちくたびれたので、この国までやってきたのでした。
実際に季節が重なるということはほとんどなく、女王同士はなかなか会いません。そのため四季の女王達はお互い念話ができるのですが、しばらく前から、春の女王と冬の女王は、ちゃんと会話ができていませんでした。
春(そろそろ行こうと思うんだけど?)
冬(もうちょっと待って)
しばらくこれの繰り返しで、最近は返事もしてきませんでした。春の女王もいい加減おかしいと思って来たわけですが、それで見たのがここのこのお触れでした。
「冬の女王は本来の仕事を忘れてしまっているのかしら」
春の女王は心配します。
自分のような新米とは違い、冬の女王はあと100年しないうちに交替となる大ベテランです。そんな人が仕事を忘れるなんて・・・。
春の女王は兵士の許可を取って、四季の塔の下まできました。吹雪は止む事がなく、容赦なく春の女王の顔にあたります。顔半分が、雪に当たっていると、徐々に怒りがこみ上げてきました。
「なんで春の女王たる私が、こんな事になっているの!?」
春の女王は塔の扉をバーンと開け、中に入り、冬の女王に文句をいいました。
「ちょっと冬の女王さん!いい加減次に行ってくれませんか?!」
春の女王の目の前には王様と冬の女王がいます。
「おお、春の女王様。もう春の訪れですかの?」
王様は解放される喜びで涙を流しており、冬の女王は生涯で一番手のかかる生徒に涙を流しておりました。
「私が全身全霊を注いでも、やっと22教科が残ったところ。まだ半分以上残っています・・・このままだと・・・このままだと」
冬の女王は泣き崩れました。
冬の女王としての責任、王様の教育係としての責任に押しつぶされていたのでしょう。
「もう、全てに自信をなくしました。人ひとり教えられずに四季の1つを担う事などできるでしょうか」
このままだと次の冬が来ないかもしれません。
春の女王は焦りました。
「わ、わ、わかりました。この私、この春の女王がしっかり、王様の自習を見守ります。それでよろしいですか」
王様は今よりもっと青ざめました。
自分のお触れでやって来たのは次の季節の女王で、自分の勉強を見続けるというのです。
王様はそのまま倒れて、3日眼が覚めることはありませんでした。
こうして無事春がやって来ました。
しかし春の女王は、来年の春に王様が何も勉強できてなければと考えると気が気でなりません。
夏の女王に一部始終を伝え、王様の勉強をみてもらいました。夏の女王も春の女王の憔悴しきった顔を見ると心配でなりません。
同じように秋の女王にも頼みました。
秋の女王はとばっちりが自分に来るとは思っていませんでした。
冬の女王が来る前に王様への予習復習をみっちりやります。
結局全ての季節に勉強する事になった王様は、後に賢王と呼ばれるまでになりました。
いかがだったでしょうか