超リスク超リターン
◆Virtual◆2019/05/09 14:06◆
「……あなたはいったい?」
「おいおいおいー。そりゃ愚問だねぇー、有名プレイヤーシンさんー?」
まったりと。そしてのっぺりとまるで熱で溶けて伸びる輪ゴムみたいな口調にイラっとくる。
誰だこいつはと、じろりとその人を観察する――と、この人がまた名高いプレイヤーだったことに気付く。まじかよ…………。
『うっひょー…………!』
気が付いたのか栗原と獅子ボーイがハモる。見ているだけで酔いそうな神秘的な紋章が刻まれている装備はオールランクセブンといったところか。それもかなりカスタマイズされた一級品。俺の身に着けていたランクセブンが特上カルビなら、彼のは極上カルビである。
「神童伝狼……さん……?」
店内に現れた人物の名を呟く。キャラクターの頭部には名前がついてるから言うまでもないが。
「いかにも。わたくしが神童伝狼だ」
わざとらしい老賢者みたいにしゃがれた声真似でそれは頷く。
神童伝狼――――。
イケメンにイケメンを重ねたような、一般的女性にとって需要度の非常に高い容姿。そしてリューガさんに負けず劣らずの圧倒的知名度。その"中身"はどの程度のものかだか知らないが。
大学生のプレイヤーらしく、かなりの知識と情報量でたいした苦労もせず次々と強力なアイテムを入手し、そしてそれを売りさばき数多くのプレイヤーからゴールドを受け取っている人。金の波に溺れている成功者である。
別になにひとつとしてあくどい行動はしていないのだが、とりあえず性格がめんどくさいわけで。傲慢というか人を見下すっていうか……。現実にいたら間違いなくポコペコポコにやっつけているところ。
苦労と努力と涙の段階をドライブスルーよろしくすり抜け、庶民の手が一生届かないような代物を易々と手に入れる。この人を好む人も憎む人もいて、これもまたリューガさんと同じカリスマといえる人物だ。
「あなたはなぜここに?」
怪しさたっぷりの神童伝狼に麗菜が言葉の右フック入れる。あくまでも平静を装う彼女だが、現実でのその目つきはきっと餌を目前にした猛禽類に近いだろう。どの程度かと訊かれればそれは俺がちびるくらいで近所の猫が睨み合いで散るくらい。
「知り合いから興味深い話を耳にしてさ。なんでも普段は誰も立ち寄らないような店に何人かが集団で向かっているところを目撃した、っていうんだ。その集団はほとんどの人が初期装備のままだったって。それでおもしろそうだったから参上したまでさ」
この人と関わったら一分で済む事柄が三十分以上かかっちまう。が、どう答えていいものか…………。迷惑千万甚だしい。
「あれ、どうしたのさ黙りこくっちゃって。わたくしが本当におもしろそうだったからここに来たと思ってるんですかね? "被害者さん達"」
『え――――!?』
一同の体がびくりと反応する。
「なんで……そのことを?」
驚き尋ねると嫌味っ気たっぷりの、ちっちっち。
「うーん、甘いねぇ、甘い! 砂糖壺に漬けた飴玉くらいにね。いいかい? 情報っていうのはコンマ一秒に何億何兆と流れ、その形は君達が呼吸をしているうちに無限の変化を遂げ、瞬きをしている間に世界の果てまで飛んでいく。ただし君達が得られるのはその中のほんの一部に過ぎない。わたくしはその一部を二部、そして三部と少し拡張しているだけの話だよ、うん」
いやはや。超的外れな御託が返ってきた。なんか誇らしげに語ってるけど正直よくわからん。一般相対性理論のほうが簡単そうだ。
「………………どういうことだ?」
気付けば口調が普段の俺に変わっていた。自然にこうなるのは警戒するべき状況に陥っているという俺の条件反射。
「まぁミラワーの運営に"隠された現状"くらいわたくしの耳には入っている。一応警戒しているのだけどね、うん。万全であればまったく恐れる必要はないけど、いかんせん緩い人達がいるようで?」
言いながら神童伝狼は被害者達に視線を流す。血管が鳴る音が聞こえたがここは我慢ガマンがまん。
「ええっとだね、わたくしが言いたいのはここ数日にミラワー内に現れた悪徳業者"達"の蔓延についてだ。そやつらにまんまと引っかかってしまった者達が掲示板などを賑わせているのは君達も知っての通りだね?」
なんともいえぬ沈黙が広まる。やはり"達"だということはそのような集団が存在するというお話になる……のか。
「……あの、ひとついいですか?」
一人の女性キャラクターが遠慮がちに手を挙げる。その人もつけている装備がまばらであり、ところどころ白い布地が見えてどこか切ない……。女性型キャラクターだからそれがなおさらだという不憫さ。
「お、質問とは関心だね。なんだい?」
くるりと踵で回って神童伝狼はその女性をまじまじと眺める。
「神童さんは"隠された"とおっしゃいましたよね? それってどういう意味ですか?」
「へぇ、君はいい耳を持ってるね。そうさ、"誰に対して"隠されているかって、それはわたくし達、ゲームのプレイヤーに対してだよ。おっそろしいだろう?」
神童伝狼はあぁ怖い怖いと体を震わせると、装備に描かれた模様が今にも動き出しそうに流動する。
その返しにまだ核心がつかめないためか、俺を含めて誰もが首をかしげた。ただ、一人を除いては。
「ふぅん。やっぱりそっか」
麗菜は腕を組んだまま得意げに笑って、装備をかちゃつかせながら店内を歩きまわり始めた。たった一名様は理解できた模様で。
「運営会社様は今回のコレをひた隠しにしたいわけ。会社の名にかすり傷さえもつけたくないがためにね」
麗菜が言うと、神童伝狼がへぇと感心したような声をあげる。と、ここで俺も思い出した。
「君は頭の回転がいい方みたいだね。その通りさ。セキュリティの高さが売りのはずが、軽々とこういった詐欺行為とかが横行してる。突然の出来事だったからしょうがないかもしれないけどさ、大きな告知も無しじゃダメだね、。つまり隠したいがゆえに、君達がいくら運営に問い合わせたとしても、あっちはそうそう動いてくれないのだよ」
それは調査を始めた当初に怪しく思っていたことだった。大きな告知がないというのは確かに問題がある。ゲームの公式サイトの端くれに詐欺注意みたいな注意書きがあっただけ。まるで崖の下に『この先崖あり注意』の看板が刺さってるみたいなものである。
セキュリティの高さを売りにしているにも関わらず、この現状。これだけのプレイヤーがいて知名度があるゲームならば、軽々とニュースになってしまうレベル。そうなってしまえば会社の株は、バナナの皮を敷き詰めた坂道を転がっていくかのように暴落するだろう。
……しかしながら、今回ばかりは会社側が完全に落ち度を背負っているわけではない。ゲームのセキュリティーの高さというのは、あくまでも外部からのクラッカー達に対する防御性能の高さであってだ、プレイヤー間における犯罪行為を抑止するまでにはいたらない。ちなみにクラッカーっていうのは三時に召し上がるものではなくて、世間一般に浸透してしまっている『ハッカー』の正式名称のこと。正しくは高度な技術者をハッカーと呼び、持ちえる技術を悪用する側をクラッカーと呼ぶ……とかなんとかって情報の授業で聞いたことがある。
「で、ここからが本題なんだけど、運が良い事にわたくしはその盗みを働いたプレイヤー達の情報を知っている。わたくしは外道が嫌いなのでね、うん。易々と傍観者にまわるのもよくないし」
外道が嫌いとはよく豪語したもんだ。正義の味方ぶりやがって。現実だったら速攻で脛を蹴っ飛ばしてヒィヒィ言わせてる。
「え!? じゃあもしかしてそれを教えに来てくれたんですか!?」
栗原が飛び上がり、それに神童伝狼は嫌な笑いを含んだ声でもちろん、と答える。正直なところ栗原以外は眉間に軽く皺を寄せているだろう。はったりの臭いがぷんぷんぷんだ。
表情がわからないゆえに相手がなぁにを考えているのかが掴めない。それがゲーム内でのひとつの障壁になる。こういう場合は見えないものを予測する力が必要とされるのだが、俺にそんなものがあるかどうかはさておき。
「しかし情報だって無料じゃぁないんだよ。もちろん条件がある。ひとつだけでいいからどうだい? のってみるかい?」
ほらきた、お得意の交渉だ。この期に及んでこの人は条件を突き出してくる。けれどその条件が自分達で満たせるものならば挑んでみる価値は十分にあるが……。
ここで大きな可能性を逃すわけにもいかないし。条件によっちゃこっちだってはったりの一つや二つならかませるだろう。と、そう目論んで交渉開始。
「それでその条件ってのは? 俺達にできることか?」
「さぁそれもわからない。チャンスは一回。ヴァーヴェルの塔最上階に現れる『塔の守護者』の討伐、そして稀に出現するランクエクストラの装備を手に入れ、それをわたくしに無償で提供すること。装備の部位は問わず」
『――――なっ!?』
一同大ジャンプ――とまではいかないがそれなりのリアクションでその無謀さを呪う。
「そんなの無理だろ!?」
「ぜーったい無理ですって!」
獅子ボーイ、および栗原が食って掛かる。そんな二人をこれだから君達は、とばかりに首を左右に振りながら肩をすくめる神童伝狼。いやぁ、見事なまでの輝く外道っぷり。
「なに、不可能なんてことはこの世に数えられるくらいしかないんだよ。ランクエクストラが急に欲しくなってね、うん。べつに今のままでも不自由はないが、楽に特化するのにデメリットはない」
言い切った感マックスで店内の中心で仁王立ちする彼に誰も言葉をかけない。いやかけれない。
「おっと、そうそう。べつにキミ達を支援しようとか手助けしてあげようなんて思ってないよ? 今のミラワーは理不尽な世界だ。だまされた人もだます人も悪い。少なくとも会社が対策に本腰を入れるまではね、うん」
「そりゃいつになるかな。でもなんで俺達にそんな無理を? わかるだろ、この有様」
両手を広げて純白アピール。それを見てみぬ振りをして神童伝狼は続ける。
「ソロで倒せる伝説のプレイヤーリューガ様に依頼しようかと思ってたんだけど、あいにくと珍しくログインしてないみたいでさ。だからわたくしはミラワーの現状で"最も確率の高い"場所にきたのさ、うん」
神童伝狼はびしびし、と装備で固めた指先で俺と麗菜を交互に指差す。
「……確率?」
「シン&レイの通り名は伊達じゃないってところを見せてくれるんだろう? 依頼を頼むのは君達二人だ」
ジャンボため息二つ。戯言を、なんて麗菜は小声で罵る。
確かに、ヴァーヴェルの塔は俺と麗菜で何度も挑んだことがある。ヴァーヴェルの塔は通常階層ですら高い難易度を誇るのだが、今の俺と麗菜であれば大きな苦労をともなうレベルではない。だが最上階となればまったく別次元だ。入場可能日指定、時間制限、敗北時のペナルティ云々…………。
あそこはいわゆるハイリスクハイリターンな場所。なんでもボスの守護者とやらに敗北したら、そのボスは敗北したキャラクターの装備を無理やり奪っていくという。勝敗を前提にしてくれてるぶんには詐欺師より遥かに優しいが。
要するにミラワーの現段階のバージョンでは最難関と呼ばれるところに行け、そしてそこの主に勝ってこい、と。おっしゃってるわけだ。そうすれば詐欺師達の情報をくれてやる、と。
「ぬぅ…………」
装備があるぶん麗菜にはまだ可能性が残されてはいるのだが、装備のない俺はパンツ一丁で地球火星間を往復してこいと言われるのとなにが違おう――――