白服御一行
◆Virtual◆2019/05/09 13:16◆
「しゃぁない。サマースタイルのやつらを片っ端から声かけてみるか」
俺はとやかく事情聴取&よければ手伝ってくれないかという勧誘をすべく、流れる人ごみの中へ身を投じる。続く麗菜と栗原。
人の流れがあるのは今歩いている歩道。高速で走行するフラットフロートは専用の道を通ることになっている。ゲームいえどもリアリティを追及した結果、キャラクター同士は物理的にぶつかってしまうからだ。
歩道を歩いていると、まるで現実に都会のど真ん中を歩いているかのような錯覚を覚える。すれ違う人はみな知らない人で、現実と同じように誰もが違う目的をもって移動している。
ただひとつ違うところは、肩がぶつかっても互いに謝らないっていうところか。日常茶飯事だから省略されてるわけだけど、初心者はけっこう謝ったりするものだ。なにしろそれ相応の衝撃が現実に走るから。
あぁでも最近はぶつかっても謝らない人の割合が増えてるってテレビでやってたっけ。まぁそれもしょうがないと思う。進むべき道が一瞬たりとも他人とかぶらないってのはありえないんだから。多分。
「あの、すみません。少しお時間いただけますか?」
人波の中、俺は速攻で目に入った挙動不審な動きをしている男性キャラクターへ思い切って声をかけてみた。もちろん純白装備の人物。
「はい!? なんですか!?」
フィギュアスケーターもびっくりの三回転くらい裏返った声。軽い錯乱状態というか、パニックというか。その人はその場を右往左往しながら顔をあげようともせず、俺の問いかけに応じない雰囲気。率直に訊こう。
「装備……もしかして誰かに盗られたりしましたか?」
ぴたり、と男の足が止まる。図星か。
「そう……そう……そう……あああ! やっぱりこれは盗まれたんだぁあー! うあぁああ!」
速攻でヘッドセットマイクを耳から遠ざける。もっとこう、オブラートにというかラップでくらいで包んだような質問をしたほうがよかったな……。ますますパニックに陥ってしまった。
周囲の人の流れが鈍る。なんでもないとアピールし、再び彼の様子をうかがう。怪しい服装の男二人組の時点でなんでもないわけがないのだが。
「だ、大丈夫ですか?」
頭を抱え込み呻いているところをみると、相当な重症であることがわかる。なにしろゲーム内のキャラクターは現実のプレイヤーの動きをほぼ忠実に再現するわけでして。
姿勢の再現率は開発会社によると約七〇%。体の各所に装着したセンサーが各部位の距離間を即時測定し、そこから体全体の形を予測して再現するというものだ。ようするに今俺が背中をさすってやっているこのキャラクターは、現実でまさにこの挫折の体勢をとっているという……。再現率七〇%は伊達じゃないらしいな。言動とリンクしてる。
「えっと、『松竹梅太郎』さん? 少し落ち着いて話を聞かせてくれませんか?」
キャラクター名を読み上げてみた。なんか吹き出す要素のある名前だったが笑いは堪えた。
「ううう……あ、あぁすみませんね……つい取り乱してしまって……。申し訳ない」
その人はすぅっと立ち上がりざま俺にぺこりとお辞儀をする。中身はなかなか紳士的な人っぽい。きっと俺と同じタイプの人間なんだな、うん。
「えー……っとそれじゃそこの建物に行きましょう」
あまり人の出入りが、というか無に等しい微妙なアイテムを販売している店へと入る。いらっしゃいませ、という懐かしい女声のアナウンスと共に購入可能なアイテムの一覧が目の前に浮かび上がる。が、買うわけでもないのでキャンセル――というか買う金がないっていう……ね。
購入画面を閉じ、せまい店内に置かれている椅子を二脚借りて、松竹梅太郎さんを座らせ対面に俺も座る。
「落ち着いてくれましたか?」
「ええ、すみませんね。私としたことが取り乱してしまって」
「いいえ。えっとじゃあ――」
「あの、先にお尋ねしてもいいですかね?」
鋭く遮られた。どこか緊迫感のある声。
「あ、あぁどうぞ」
「あなたは誰ですか?」
ストレート、ストレート。時速百七十キロメートルくらいの。
「ええっと、こういう者ですけど」
俺は指先で自分の頭の上を指した。『シン』、とキャラクターの頭上には名前が表示されているのだ。
「…………それはわかっています」
ぴしゃりと返される。彼が知りたいのは俺がどこのどいつでなにを考えてる野郎なのかってことか。
「あー、見ての通りなんですが、自分アイテムとゴールド全部盗まれてしまって。それで調べたら結構な人が被害にあってるってことがわかって、今同じような被害に遭った人を集めて対策を考えようか、なんてことを計画してる者です」
「はぁ…………なるほど。確かに私もこのとおりやられてしまいました。でもセキュリティは高いって評判ですし、この類の被害ってそんなにあるはずが――」
ヒューン、という空気の流れるような"転送音"。誰かが、きた……?
「……ん、なんだレイか。焦って損した」
思わず固くした身をほぐす。店内に現れたのは麗菜と栗原だった。身内の間なら実際の名前で呼んでいるのだが、見知らぬ誰かと行動を共にする、あるいは近くにいるという時はキャラクター名で呼び合う。むやみやたらに現実のことを喋るとあまりよろしくないからだ。
「おぉ、シンさんもここにいましたか!」
あぁと栗原に返した途端、また転送音。続いて無数の転送音が木霊する。
「んおっ!?」
次々と狭い店内に現れたのは無数の白、白、白、白――…………。あろうことか全員ではないが初期装備の格好をしたキャラクター達ばかりだった。
「いいわね、ここ」
麗菜は部屋をぐるりと見渡し、俺から松竹梅太郎さんに視線を送る。
「あぁまぁな。だってこの店、人の出入りほぼゼロだぜ? 運営会社もこんな店なくせばいいのにな」
「"そう考えなかった"からこそこういうことができるんでしょ?」
「おっしゃるとおりで副会長。確かに密会じみたことをやるにはちょうどいいな。……それより――すごい人数だな……。何人いるんだ?」
麗菜と栗原のもはや背景となっている人々――――。
笑っちゃいけないのだが、ほとんど"白"だ。まじでひとつのコント集団みたいになっている。というかちゃんとした装備の麗菜がこの場に不釣合いすぎる。まるで夏場の海辺でコートを羽織っているみたいなものだ。
ところどころ細かい装備を残しているキャラクターもいるところを見ると、俺みたいにまるごと持ってかれたという人は少ないのかもしれない。ゴールドだけもっていかれてしまった人だって中にはいるのだろう。
ここにきた人達は男性、女性キャラクター共に半々くらいで十人はいるか。容姿も様々で子供っぽいキャラやおっさん風味なキャラもいる。いやしかしイケメンキャラも残念なイケメンに成り下がってしまっている。ゲームいえども顔と服装のギャップは現実と同じ笑いの価値がある。
「あのー……これから私達はここで何をするんですか?」
俺が眺めていると被害者であろう一人の女性キャラクターがおずおずと手を挙げる。そうだそうだとざわめく周囲。
…………とりあえず有無を言わさず拉致られてきたらしい。
「ええっと、皆さんに声をかけたのは理由があります」
座っていた椅子から立ち上がり面と向かって説明を始める。
「先にひとつ尋ねますが、ここにいる皆さんは好き好んで"そのような装備"を?」
即座にその場にいたキャラクターは一斉に首を横に振る。無論、だろうな。
「まさか! 誰がこんなだせぇ装備を好んでするかっての! 盗られたんだよオレは!」
被害者の中の一人が声を荒らげる。声色からすると中学生男子くらいか、声変わりのラインに届くか届かないかの声はまだ若々しくて威勢がある。もっともこの場合の威勢はやんちゃなタイプだが。
ずいと周囲を押しのけて前に出てきたそのキャラクターの髪型がまた芸術的で、金髪の剣山と化している。赤い釣り目に耳元にずらりと列を成すイヤリング。怖いですね。
「盗られたって、君はどのように? えーっと『獅子ボーイ』君?」
ネーミングセンスはなかなか……うん。憶測だが年下と判断できた場合のみ俺は敬語を使用しない。それにこういうタイプには同等の立場で話すのが一番いい。
「いやさー、ちょっとその装備強そうだから一回使ってみてもいいかい? ってきかれてさー。オレが貸してやったんだよ、ほらランクセブンの『スターライブレード』だぜ!?」
剣を振り回す仕草をする彼の装備は、見たところ武器以外の被害はなさそうに見えた。近づくと刺さりそうなトゲトゲしい装飾の施された鎧に、歩けば歩くほど道に穴を開けそうなトゲトゲのメタルなブーツ。それでもって近寄りがたいトゲトゲヘアー。獅子ボーイというよりウニボーイである。
「ランクセブン!? すごいなぁ獅子ボーイさん! 確かにあれは僕だったら貸してって言ってたかも……」
食いついたのは栗原――だけではなかった。ざわめきが広まる。それもそうだろう。
このゲームにはアイテムにランクという位が与えられていて、いわずもがなランクの数値が高ければそれだけその能力は強くなるが、お約束のごとく入手難易度は比例する。その中でもランクセブンというのは、ランク制度の中でおいて最上位に位置するアイテムのことであって、その入手難易度がざわめきの理由に値する。
べつに驚かない俺と麗菜は全身をランクセブンで固めた正真正銘の勲章授与のアホ共。それでもセブンを超越する特別なアイテムもあるわけでして……。完璧とはいえない。
「すげぇだろ? でもそれを貸したらそいつ、すぐにログアウトしやがって、三日も待ったのにログインしねーんだよ! 逃げたんだぜきっと」
くそう、と地団駄を踏む獅子ボーイ。けれどこの場にいる大半の人が彼と同じことをしたいだろう。
「多分悔しいのは君だけじゃないだろ。ちなみに他の皆さんもそんな感じですか?」
尋ねると皆は決壊したダムのごとく口々に愚痴と嘆きを述べた。俺はそれをあえて止めずに聞き分けることに集中した。聖徳太子ごっこである。
アイテムを他人に貸してそのまま持ち逃げされた。
お金を貸したら返ってこないシンプルなパターン。
IDとパスワードを教えてしまい、俺と同じようにマイルームまるごとやられたという人。
大きな取引をする際に担保として装備を渡した結果、そのまま持ち逃げ。
アイテムの強化を依頼して渡したらそのままお持ち帰りされた。
――――等々……。いくつかの決められた手口によって皆はそれぞれ所持していたものを盗まれていた。
一通り聞き終えた頃、俺は"あるコト"を最後に確認した。そして、驚いたことにそれはものの見事に満場一致。
――――それは、それはアイテムやゴールドを盗んだ人が盗まれた人の知り合いだったという事実。それもなかなか信頼のおける知り合いときた。
「うーん……やっぱりそうなるか。私もその共通点が気になってたのよね、シンの言ってたとおり。犯人は"信頼できる人の数だけ"って」
椅子に座り足を組んでいる麗菜が首を揺らす。信頼できる人の数だけ。それは考えられる最悪の事態。今まで行動を共にしてきた人物が、突然にして悪魔に成り代わるのだ。
「おいおいなんだよそれ!? オレって裏切られたってワケー?」
「残念だけどそうなるね」
「――ってそういうオマエはなにを盗られたんだよ? えーっとシン?」
言い方にカチンコチンとくるがそこは壮大な寛大さをもって対応。
「俺はすべてですよ、すべて。アイテムもゴールドも全部。三年近く積み重ねてきたモノを」
両手を緩めに挙げてダメダメポーズ。ほんとに、今となってはもう清々しいがそれで済ませるほど寛大でもなかったりするわけで。
「あのー、非常に訊きにくいことなんですけど、シンさんってその、『シン&レイ』のシンさんですよね? それでそこにいる人がレイさんで」
また一人の女性キャラクターがおずおずと尋ねてくる。ええまぁ、と麗菜が言いたくなさそうな感じで控えめに頷く。
実際どうなんだかわからないけど、どうも俺と麗菜は『シン&レイ』の通り名でそこそこ有名らしい。自覚はないが、三年間近く続けているわけだからそれ相応の知名度はあるっちゃあるのか……。
「あぁそう言われてたんでしたっけ……。まぁそんなところですが、それがなにか?」
「いや、あの。だとしたら盗られたアイテムの被害ってもの凄いんじゃって思って……。レイさんの方は平気みたいですけど」
『華虎』というその女性キャラクターがいうとその隣にいた男性も驚いたような声をあげた。
「おぉ……そうだ、よく見たらシン&レイのシンさんじゃないですか。いつもの装備じゃないんで気付きませんでしたよ」
いやまったくその通り。俺も自分で自分を見ると自分じゃない気がしてたまらない。今の自己をしっかりと確定できずにいる。
「自慢じゃないけど、もう自慢にさえならないから言いますが、あー……一応ほぼ全身ランクセブンで固めてました」
いろいろ言われそうだったのでぽつりと控えめに呟くと、予想に反しておおぅ……という痛々しい合唱が聞こえてきた。これはそれだけ俺の被害は甚大だという証明の他ならない。あの獅子ボーイ君さえも言葉を失っている件については大変ヨロシイ。
「……御承知の通り、俺はこのままじゃ終われないわけでして。同じ被害者として手を貸してくれないかと……。そういう団体みたいなのをつくろうかなって思いまして」
しばしの沈黙。各々が考えをめぐらせてくれている。例によってありがちな猛反対とかがないのが嬉しい。
「ふーん、いいじゃんそれ。それならオレも手伝ってやるよ」
最初に賛同を示してくれたのは獅子ボーイ君だった。単純だがそういうヤツほどこういう時は頼もしい。先陣を切るのがいかに難しいことか。
「それなら私だってそうしますわ。だってこのままじゃ怒りがおさまらないもの!」
「だよなぁ。おれだっていきなりやめるのはゴメンだ。手伝わせてくれ」
おれもわたしもおいらも、と獅子ボーイ君を筆頭にして賛同の意をあらわにしてくれる人がぞくぞくと現れてきた。
「私にも手伝わせてくれませんかね。やれる気がしてきた……」
ずいぶんと落ち込んでいた松竹梅太郎さんも椅子から立ち上がり、決意を決めてくれた。
あぁ。乗り気じゃない人が一人もいない…………!
「わぉ。それじゃ決まりね」
驚きつつ麗菜がフフッと笑った瞬間だった。
「やぁ、おもしろそうだね。ボクも混ぜてくれるかな?」
『――――っ!?』
ヒューン、と。一人のキャラクターが愉快極まりないといった声と共に転送されてきた――――