遺書き込み考察
◇Real◇2019/05/08 23:50◇
「――――で、ご支援頂いているところ非常に申し訳ないんだけどさ、麗菜おまえいつ帰んの?」
あの後、これといって際立った情報が得られなかった俺は、ごっきごきと背骨を鳴らしながらミラワー装備一式を取り外しつつ尋ねる。
「ん……何時?」
部屋を見渡して時計を探していたが、もっとも俺の部屋に時計なんて置いてないわけで。さっと俺が携帯で確認。
「明日の十分前だけど」
「げっ……」
日付変更まであとわずか。いつの間にかって怖い。
「帰るか? 泊まってくか?」
他意はない。即興で色気成分なしの提案。こんな時間に家から追い出すのもどうかと思ってのこと。まぁ最近物騒だからと理由をつけたって、こいつの場合は女性の一人歩きではなく怪獣の一匹歩き。心配無用もいいところではあるが……。
「"年頃のか弱い女性"がっ、不良男子の家に泊まるとでも?」
なんだかやけに強調して俺に牙を剥く。
「前者は万歩譲るが、後者はどういうことだよ。俺がそんな悪党にでも見えるのか? 眼鏡とコンタクトどっちがいい? 買ってやるから」
「天体望遠鏡で見たって悪党にしか見えないから言ってるの」
「あ――そうかよ……」
べっこりと心がヘコむ。そうさ俺のメンタルはアルミ缶。スチール缶に、私はなりたい。
「でもな麗菜、人の顔で判断するようなやつが詐欺にひっかかるんじゃないか?」
「その言葉、アンタにそっくりそのまま返してもお釣りがくるくらいだわ」
「ぐぬ……」
悲しいかな。反論できず。
……しかしまぁパソコンからまったく離れる気のない麗菜はこのまま続行する気なのだろう。素直に言えばいいものを。なんだかんだ手伝ってくれることについては感謝感激。
「んじゃ今日は徹夜か……。ま、幸か不幸か明日は学校代休だしな。それはいいんだがよ、もう一回訊くけどおまえ親は?」
今の俺はむしろそっちの方が心配だ。相手の親でも出てくればゲーム云々以前の問題……。
「ご存知の通りうちは先代からの放任主義なの。今日中に帰ろうが帰るまいが、輝かしく生きようが無様に野垂れ死のうが、どうぞご勝手に。オーケー?」
頷くのには相当の意思を必要とした。今時とんでもない親がいたもんだ……。過保護よりかは何千倍もいいけど。自由度の違いについては一目瞭然だし。
「んじゃもうちょっと、がんばってみるか」
「ええもちろん。――あ、いい感じの情報発見っ」
どれどれ、と喉元まで迫りくるあくびをかみ殺し、俺は麗菜の隣からディスプレイを覗き込む――――。
と、この繰り返しがあと何時間続くことやら。でもまぁ、複雑なことに案外楽しいと思ってる俺がいる。さっきまで水の張ってないプールの飛び込み台に立たされてるような気分だったっていうのに。
うん、まぁ。リアルもなかなかいいものだ。かと言って仮想の方を諦めるわけにはいかないが。
◇Real◇2019/05/09 12:16◇
「……ってぇ…………」
顔にキーボードが表れた――ってのは大げさだが、顔に触れると叩けそうなほどの凸凹感。快眠枕ならぬ悪眠キーボードめ……。
「うおぁ……」
起き上がって画面を見ると、ネットの検索バーに暗号じみた文章の羅列が延々と続いていた。顔で文章を打っていたのだろう、ためしに検索してみると、当然のごとくヒットなし。
最後に時計を見たのは朝五時頃だったか。それ以降の記憶は――白紙。
麗菜はというとなぜか俺のベッドでぐっすりと。――あぁ、そういえば朝方途中でパソコン交代したんだっけ。そしたらいつの間にか寝てたっていう。しかも俺の安息地で。優々と猫のように丸まって。何様。一方の部屋主といえば背の折れた椅子に座って眠らざるを得なかったのだぞ。
「………………」
夏場ゆえ薄い毛布をぴっちりと体に巻きつけ、顔だけを出してこちらを向き小さく口を開いて規則的な寝息を立てている麗菜。よくもまぁそんなにも無防備で寝ていられるものだ。俺が悪人だったら三秒ともたなかっただろう。
とはいえ麗菜の寝顔はそうそう見れるものじゃないので目に焼き付けておくことにした。起きている時の角度がきつい眉も、今は威厳の欠片もなく静かに横たわっている。固定するなら今だ、セロハンテープは筆箱に入ってる。
「お嬢、朝を越して昼でございます」
とまぁ理想を実行するわけでもなく、軋む体を持ち上げ語りかける。部屋の窓にかかるカーテンを少々開ければ真昼の日差しが射し込む。しかし床冷房をかけっぱなしにしていたからか、部屋は少々肌寒いくらいだ。
「…………ん……やめて、眩しい……」
顔を伏せて光を避ける麗菜。普段は鋭利な縫い針っぽいこいつも寝起きは爪楊枝程度なのだろう。調子にライディングしてカーテン全開。が、それが逆効果。
「寝起きの女の子をじろじろ観察しておまけにいじめるなんて、勲章授与級の変態ね」
前言撤回。チタン製爪楊枝顔負けだ。
「授与してくれるヤツに是非とも会いたいね。さて……まぁそうだな、朝飯くらい食ってくか? 名目上は朝食の事実上は昼食かもしないけどさ」
却下はなかった。代わりに『ぐぅ』と、控えめな音。とりあえず凄まじく恥ずかしかったのか、あるいは適切即興の言い訳が見つからなかったのか、下を向いて暴れ気味の子馬の尻尾毛を手で梳きながら、無言のまま頷いたのを確認した。それならばと居間のある一階への移動を促す――のに約五分…………。
説得の末ようやく起き上がった麗菜は先に洗面所を貸してというので、先に一階に向かわせる。
「廊下の途中左側な」
ご丁寧にも降りる背中に一声。はいどーも、なんてふてくされた返事が飛んでくる。
それから少々待って俺も洗面所へ。まだいた麗菜を廊下に追い出し顔洗い。右のハイキックはきわどい位置で回避。白。
もう両親はとっくに仕事で出かけている時間だった。でもまぁ冷蔵庫を漁ればなにかしら作れるだろうと目論みいざ居間へ――――
「んあ、まじかよ……」
居間のテーブルにはサンドイッチにソーセージという質素なモーニングセットが"二皿"あった。
「参ったな……」
小指で頭をかく俺の横を麗菜は華麗に通り過ぎる。
「頭が上がらないわね、まったく。お母様に感謝なさい」
颯爽と椅子に座って勝手にぱくつく麗菜に仕方なく続く。おまえは家族か。てかよっぽど腹が減っていたらしい。スタイルのわりに食べる女子っているよなぁ。いったいどこでプラスマイナス会計してんだか。
「……さて、本日の世間一般様はどう盛り上がってるんだろうか」
サンドイッチをつまみつつ、机に置かれていたリモコンを巧みにとはいえないが操り、電源つけてチャンネル巡回。七割方はお昼のニュースの画面だ。
「最近は新聞しか読んでないから、声があるって新鮮だな」
見るチャンネルを決めて真新しさに感動する。
「驚いた……。アンタって字、読めたの?」
寝起きじゃ俺の怒りも相当呆けているらしい。あっちも寝起きでこうも他人をぶちのめせるとはやりおるが。
「読めなくてもこの生活水準さ。親父が朝持ってく前に玄関でちらっと読むんだよ」
俺は誰よりも早く、というか一刻も早く学校に行きたいがために朝は一番早い。よって届けられた新聞に最初に触れる権利を持っているわけだ。
「へぇ、べつにネットでも見れるじゃない」
「いや、ネットは眩しすぎる。白黒でリンクの存在しない唯一無二の文面が一番。シンプルイズなんとかってやつ」
「ふぅん。アナログにはアナログの利点、デジタルにはデジタルの利点、か。ま、新聞なんてアナログっぽくて今時はデジタル作業の賜物なんだけどね」
麗菜は元も子もないことを言って、テレビの画面を流し見る。と、ちょうど気になるニュースが流れ始めた。
「……へぇ、自殺か。最近あんまり聞かなかったのにな」
本日未明に自殺者という内容のニュース。自宅での首吊り……。つい二時間ほど前に搬送先の病院での死亡が確認されたらしい。
「なに、浮かない顔して。まさか知り合い?」
名前こそ公開されなかったが見ず知らずの人。
「……いや、知らない。知らないけど、朝からなんだかなぁ……いや昼か。自殺なんて生まれてこの方一度も考えたことねぇや。幸せもんだな、まったく」
「ん……ネット掲示板で遺文が発見され発覚。自殺の理由を現在調査中だって」
「うお、まじだ……。しかし遺書も進化したもんだな。紙と鉛筆から掲示板とキーボードにだ。ずいぶんとお手頃な世界になったな。軽くなったっつーか……」
まぁ消しゴムでこするのとバックスペースを一回押すのと、どっちが重たいのかなんて明白なのだが。ボールペンや筆で書いたのならなおさら。
ネットに書き込んだということは、不特定多数の人に見て欲しいという気持ちがあったのだろうか? 封筒に入れたお手製の遺書ならば、それを手に取った人だけに見せるもので、一番見てほしい人に向けて送るものなんだろうし。
どちらにせよ誰かに見て欲しいがために書くということには違いないが、その規模の違いになんらかの理由は見つかるのだろうか……。
「"僕はすべてを失ったので死にます"、か。こりゃ警察が自殺の理由を見つけるのに苦労するわけだ。曖昧すぎる」
遺書というか"遺書き込み"に残されていた言葉はそれだけだったらしい。なんか妙に親近感を覚えるな……。昨晩調べてた掲示板に似たような文章があったからだろうか……。
長ったらしい遺文はその長さ相応の未練が残っているということ――らしく、一方であまりにも短い文章は未練云々を考える猶予も与えぬほどに、死にたい、という不動の念があるということ――と、ニュース番組に呼ばれていた専門家がそれっぽく言っていた。
このニュースの内容の通りの遺文であれば後者にあたるわけで……いったいこの人はなにを失ったっていうんだろう?
「難しいわね。"すべて"の定義なんて人それぞれで、お金かもしれないし、家族かもしれないし。その人にとってのすべてはその人にしかわからないものね」
「そうかもな。死んで初めて他人が理解できるものなのかもしれないし」
なんにせよ、俺が失ったモノ程度じゃまだまだ甘いというわけだ。大変失礼ながらもちょっと気が楽になったかも。
「ふぅ、ごちそうさまでしたっ。じゃ私はいったん帰るわ。シャワー浴びたいし。とりあえずアノ人が情報もってくるかもしれないんでしょ?」
麗菜は椅子を鳴らして立ち上がり、俺に背を向けて背伸びをしつつ訊いてくる。
「あぁリューガさん――のマネージャーな。そうだな、期待値は低いけど。ログインして訊いてみるわ」
「ええもちろん。私も帰ってログインするから」
麗菜を玄関先まで送り出す。睡眠不足からか、少しふらつきながら帰ろうとする彼女の背に謝っておこうと思った。万年に一度のきまぐれである。
「……わるいな。なにからなにまで手伝ってもらって」
「べつに。装備とかゴールドが戻ってこなかったとき、アンタに死なれたら私が困るから。遺書き込みなんてしないでよね」
これまたたいそうめんどくさそうに答えられた。あいにくとその程度で死ぬような勇気は持ってない。もちろんこうして麗菜が手助けしてくれなかったら最悪の結果になっていたかもしれないけど。
「……なんでおまえが困るんだ?」
問い詰めると麗菜の背中がびくりと反応する。
「だ、だから、私が事情聴取とかされちゃうでしょ! そんなめんどくさいこと死んでもやりたくないし!」
まったく、とこちらに背を向けたまま憤慨して麗菜は走り去るようにして我が家をあとにした。いやはや理由がもはや適当である。真の意図がどうも掴めないなまったく……。
しかし事情聴取……とな。されるほど俺と関係があるっていうのだろうか?
「あったな…………」
俺が部長で麗菜が副部長。帰宅部の関係である。
……………………違う、か?