表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/19

アクトクギョーシャー

 ◇Real◇2019/05/08 21:32◇


 ……ルル――。

 ――――――ルルル…………。

「ん…………」

 規則的な音と振動に目が覚める。枕元に転がっている携帯だ。

 ベッドに転がった姿勢のまま液晶を見ると、そこには見知った番号と見知った顔が表示されていた。時刻は――あぁ、だいぶ寝てしまったな。

「……麗菜――あ」

 しまった、と慌てて画面をタッチする。途端、鼓膜がエクスプロージョンしかねない声が響く。

「もう! やっと出た、このバカ! なぁにしてたのよ!? 何億回電話したと思ってるの!?」

 画面には鬼神の顔真似をした麗菜の顔があった。赤ちゃん号泣率百二十パーセント。成人男性失禁率七十パーセント。野生動物撤退率六十パーセント。

「わ、わりわり。で、どうしたんだよ?」

 ちびりそうになりつつ返答する。

「どうしたってアンタ……その顔……! まさか寝てたっていうんじゃないでしょうね? ん? ん?」

「あぁ。寝てた。わりぃ……」

 素直に謝ると、麗菜は角度のきつい眉をやや穏やかにした。それでやっと常人の角度だ。鬼神がちょっとだけうろたえる。

 彼女が困惑してる理由はアレだろう。俺がやけに素直だからだ。いつもなら無数の屁理屈を展覧会のごとく並べ立てているところだし。

「……なに、どうしたの?」

 なんだかんだ心配してくれるところはありがたい。けど状況説明をしようと口を開きかけて、俺は口をつぐんだ。

「また親と喧嘩?」

「そりゃ"常事態"。今回は非常事態さ」

 携帯の液晶いっぱいにクエスチョンマークがポップする。

「なんだって、その。……ログインできるか? とりあえずさ」

「えぇ、えぇ、私は一時間以上も前からログインし、て、ま、す、と、も」

 はいはいそうでした。

「あー……三番街のレアモンスか。覚えてりゃ通話料払わずに済んだな」

「ご名答。アンタのお陰で間に合わなかったけどね。じゃ切るわよ。向こうで」

 もう一度謝った時にはもう、液晶に麗菜の姿はなかった。ため息ひとつ飛ばして俺はベッドから起き上がる。

 床に散らばったミラーズパッドやらを拾い上げ、ナマケモノにすら嘲笑されるような緩慢な動作で装着。

 …………まぁ、眠ったからか、少し心は落ち着いたらしい。心の中で吹き荒れていた風は、扇風機で喩えるなら『強』が今や『弱』にまで落ち着いていた。

 さて、問題は麗菜がどんな反応をよこしてくるかだ。


 ◆Virtual◆2019/05/08 21:37◆


「――――で、それがアンタがやけに素直な理由なの?」

 俺のマイホーム前での待ち合わせ。その通り、とマイクにぼそぼそとこぼす。

 めっちゃくそ笑われるかと思ったが、予想に反して『レイ』こと麗菜は落ち着いた物腰でいた。言い方にはバラの棘なんて目じゃない刺々しさがあるが、それはいつものことである。あいつの喉には、右手にウニを、左手に剣山を持っているハリネズミが住んでいるのかもしれない。

 彼女が操作するキャラクターは女性型。白いキャミソールの上に機動性を重視した銀色の軽装甲をまとい、淡い赤色光を放っている武器のひとつであるムチを腰に携え、ミニスカートの裾には薄い刃物がぶら下がり、おまけに厚底ブーツの底には小型の飛び道具が隠してある始末。職質引く手数多である。

 このゲームは装備品のグラフィックは各々決まっているが、キャラクター自身の身長体重体格髪型顔などは自由に決められる。そして女性キャラは"アノ大きさ"も自由に設定できるわけでして……。

 例によってレイの体の例の部位は例を挙げるとすると小型のメロンだ。現実は野球ボールの輪切りだとかなんとか言うと殺されるので言いませんが。無論、軟式か硬式は判りかねます、ハイ。

 しかしながらこういう設定の世界だと、自然とスタイル抜群の美男美女キャラクターばかりが活動するという事態が発生しそうだが、案外そうでもない。しかし麗菜のキャラクターの胸元が相当できあがってるところを見ると、やっぱりそれは彼女の理想であって、そこはあまりつっこんで欲しくないという暗黙のなんたらがあるのだろう。

 そういう俺は限りなく現実の自分に近づけようと、容姿の設定に丸一日費やしたものだった。あぁいや、身長を二センチほどサバ読んだっけな……。コンビニで買えそうな安い理想である。

「つまり、装備が全部吹っ飛んだってコトね。破壊コマンドでも連続したの?」

「まさか。そんな世紀末じみたことなんてやんねぇよ。今日も世界は平和だ。さっきログインしたらこうなってた。それだけさ」

 ゲーム内では丁寧口調の俺でも現実での知り合いとくれば接し方は普通だ。

「ふぅん……。なら考えられるコトは二つね」

「ふたつ?」

「バグか、あるいは例の悪徳業者関連かか」

 麗菜は指先を顎に当て考えを巡らせている。

「なんだ? そのアクトクギョーシャーって。新モンスターか?」

「まだボケる元気はあるみたいで安心したわ。まぁモンスターといえばモンスターになるんじゃない? キャラクターが戦うモンスターじゃなくて、現実の人間が戦うモンスターって位置になるけど」

 真剣に訊いたのにこれだ。たとえがよくわからねぇ。

「ようするになんだ、俺はなににやられたってんだよ? 天使か? 悪魔か?」

「その二つの顔を持つ輩よ。ほら、公式サイトの告知に書いてあるでしょ? ゲーム内で犯罪行為を行うプレイヤーが増えてます、って。しかも集団的に。アンタまさか詐欺まがいの被害にあったんじゃないでしょうね?」

「あー…………」

 そうだそうだ。ゲームの公式サイトに注意書きと、ゲーム内の掲示板にも書かれてたっけ。チェックはしていたのだが、あまりにも実感が沸かなかったからか。スルーに値すると思っていた……。

「アンタほどのプレイヤーがひっかかるとは思えないけど。べつに褒め言葉じゃないけど、ほら、意外なところで慎重だから。というか現実と違って人見知りだから、見知らぬ人とはあまり交流しないはずだけど?」

 そう。そうなんだよ俺は。だがあの時は…………あの時は――。

「で、お尋ねしますけど。思い当たる節でも?」

「ちょっとタイム。記憶に捜索願い出す」

 少し、記憶を遡ってみる。昨夜、正しく言えば本日午前二時ちょい。ある狩場でレアなモンスターが現れるということで、俺は脳みそと眼筋に鞭打って起きていた。で、それは結局ガセネタで。あらゆる気力を失ってマイホームに帰ろうとした瞬間だったか。親しい系統に入る知り合いと会話を交わしていたような気がする。

「――――――あれ、まさかあの時……」

「ちょっと、そのテンプレフェイスやめてくれない? 解っちゃうんだけど」

「俺は"親しいけど怪しいヤツ"と会話してた」

「はぃ? 怪しいヤツなんてそこらにいっぱいいるでしょ? 私の目の前にもいるしね」

 そんなことくらい俺にもわかってる。ちゃんと俺の目の前にもいるんだから。

「なんか、こうさ。狩場で最後まで張ってたら、知り合いのキャラクターが帰り際に急に話しかけてきて。そのあとマイホームに戻ったのは確かなんだがな。会話の内容がイマイチ……。"なにか"を教えた気がするんだけどな……」

 一部始終、とまではいかないが、当時の状況の説明に麗菜の息を呑む声が聞こえてくる。

「アンタそれ、多分――――」

「んあ?」


「――――"詐欺"よ」


「……へ?」

 がん、と凍ったバナナで頭をフルスイングされたような衝撃。そのまま凍ったバナナで背筋を撫でられたような感覚が背中の毛を逆立てる。

「詐欺? なんだよ、それ」

「まず単語の説明からしなきゃいけない? それともアンタがしてやられたトラップの説明を?」

「後者でお願いします」

「ミラワーで最近流行ってる詐欺行為よ。他人から巧みにIDとパスワードを聞き出して、勝手にログインしてアイテムとかゴールドを盗むやつのコト。単純かつ一番被害がでかいやつ。それを集団でこそこそやってるのが例のプレイヤーと、裏でうごめく業者のお話」

「詐欺…………」

 確かに、このゲームではアイテムを無理やり強奪とかそんなことはできない。だから他人のアイテムを自分のものにするには、公正なる取引を行うか、あるいは他者のIDとパスワードを知り扱い、"他人になるしかない"。

 つまるところ、他人のキャラクター自体を盗まなければいけない。ゆえに恐らく俺が他人に教えてしまったのがIDとパスワードだ。

「…………でもこのゲームのセキュリティって世界トップクラスなんだろ? 今までそんなの聞いたことなかったし。なんでいきなり? しかも俺だけ。こりゃいくらなんでも不公平だろ」

 そう、このミラーワールドというオンラインゲームは、単なる高水準のゲーム性だけで売れてるだけではない。セキュリティーの高さもまた多くのプレイヤーの安心を買っているのだ。

 たとえばゲームのプログラムを不正改造して、アイテムやゴールドを量産したり、他のキャラクターを妨害したり。そんなやつらは悪即斬。もう速攻。条件反射に近いくらいにすぐさま対処と処罰。重大であれば黒白赤の三色カーを乗り回す人物にも連絡がいくという。

「そうよ。プログラム改変とか、ハッキングとか、そういう機械的なものに対しては滅法強いわ」

 機械的なモノ――か。

「だけどね、"人間的なバグ"には誰も対処できないの」

 そんなこと言われたって、解せぬわ。

「あん? どういう意味だよ? それ」

「アンタ脳神経稼動してる? ぐにゃって弛んでるんじゃなくって? ぴーんと張り直してあげましょうか?」

 麗菜の毒舌は矢のように、そしてその矢尻には惜しげもなく毒が塗られ、矢尻の返しも鋭くすぐに抜けない悪質なものときたもんだ。とはいえやられっぱなしの俺でもない。

「なんだよ、偉そうに。時代は無線だ無線。俺の脳神経は無線だから混雑しないでパパパっと情報が飛び交うんだよ」

「それを世間一般では"無神経"って言うのよ。簡単に言ったつもりだけどもうひとランク下げてご説明してさしあげる。いい? "キャラクター同士の交流に対して運営会社は一切関与してない"の。これでご理解頂けました?」

 反論が裏目に出た挙句、呆れたような口調で教えられ、それに俺はものの見事に納得した。

「――――――あぁ」

 

 ソウ、イウ、コト、カ。


 プログラムのバグとかは多数の人からの報告で修正が施されるし、大々的に告知もされる。そしてプレイヤーなら誰もが知れる権利を持つわけだ。

 ただし詐欺ともなれば、それはプレイヤー間だけでの小さなお話。だまし、だまされた人しか関与しない。ゆえにそんな細かいところを運営会社が毎日チェックすることなんて不可能だ。

 だまされた人間には少なからず不具合(バグ)がある。いや、だます方がターゲットを上手くそそのかして無理やりバグを開発してるに違いない。詐欺師なんてバグ開発担当みたいなものなのだろう。

 正常な思考に穴を開けて、ずかずかと入り込む。多分、俺の場合は究極的に眠かったという状況が注意力の散漫になってしまったのだろう。

「そうだな…………。昨夜の俺には確かに不具合があったよ。絶望的に眠かったっていうね。それだけで頭の中はごったごただ。……じゃあやっぱりやられたのか、俺は」

 はぁ、とこぼして自嘲的に笑う。麗菜にはそれがはっきりと届いたのだろう。向こうから深く息を吸う音が聞こえてくる。文句を一気に羅列する時の前兆だ。

「…………こっの、プリンメンタルっ! アルミ缶ハート! ええ、アンタは確かにバカよ、歴史の教科書に載るくらいの国際指名手配級のね! でもそんなんで気を落としてる場合じゃないでしょ!?」

 察してくれたのか、麗菜は麗菜なりの方法で心配してくれる。辛口を通り過ぎてキムチのタバスコ漬け添えインドカレー風味のハバネロジュースを飲まされてる気分だけど。豆腐メンタルじゃなかったのは少し可愛い気が緩む。

「あぁ……わるいな。以後気をつけるさ。つーことで、今日は――」

「今日はなに?」

 音速で割り込まれた。

「ん、なんだよ?」

「まさかこれから不貞寝の予定とか言い出すんじゃないでしょうね? 私を置いて散々ぐーすか寝ておいて?」

 回答もマッハ。ソニックブームが俺の思考を破壊する。

「ご、ご名答。なんでわかったんだよ」

「それしかできないと思って? 違うでしょ。私、今から行くわ」

 さも当たり前かのような表情――といってもキャラクターの表情は変わらないのだが、そんな気がするだけ。

「は……? どこに? 天国か? 地獄か? コンビニか? なにしに行くんだよ?」

「地獄を天国にするために決まってるでしょ! 今からアンタの家に行って対処法を一緒に考えてあげるって言ってるの!」

「ばっ――は? なんでだよ? 一緒に考えてくれるのは助かるけどさ、べつに携帯でもミラワーん中でも話せるじゃねぇか」

「だ、だって携帯は通話料バカにならないし、ミラワーもなにかとふ、不便でしょっ!」

 なぜここにきて麗菜がどもるのかわからないが、彼女の言い分はもっともだ。現実で話し合ったほうが一番手っ取り早いのは知ってるが……。

「…………そりゃ一理あるけどさ。俺の部屋、天国と地獄の境目一丁目だぜ。悪魔の申し子が一人棲んでるだけだ」

 部屋を見回してもミラワー関連と机とパソコン、それと安眠ベッド。怪しげな雑誌も漫画もゴミ箱もないときたもんだ。今気付いたけど俺の部屋ってほんと怖いな。天国と地獄の境目どころか、地獄の四丁目くらいかもしれん。

「本当の悪魔じゃなければなんでもいいわ。じゃ、行くから」

 制止もむなしく、ふっ、と目の前から麗菜ことレイのキャラクターが消えた。ログアウトしたのだ。俺にもあれくらいの行動力っていうものが備わって欲しい。

 相手の可否を問わないという大問題点についてはノーコメント。まぁあえて口を滑らすと、あぁいうやつが年頃のおばちゃんになると最強なんだよってことだ。


 ◇Real◇2019/05/08 21:48◇


 俺も一旦ログアウト。ぶるっと寒気が体表をランニング。べつに女子が部屋に来るから……的なドキドキソワソワ感じゃない。オバケや怪獣が近づいてくる時のそれだ。声を殺して必死に隠れ場所を探すあの感覚である。

「まじで今からくるのかよ…………」

 また別の負の感情が足の裏あたりからこみ上げてくる。詐欺に遭ったという頭蓋でうごめく感情と、ヤツがくるという畏怖からの感情が、おへそのあたりでばっちばっちと火花を散らしてるところ。

 やがてそれらが融合してうまい具合に調和して。腐ったケチャップと腐ったマヨネーズが混ぜ合わさって。俺は今、いわゆる宇宙の終わりと名高い腐りきったオーロラソースの中で溺れかけてるってわけだ。

「さて……」

 一応、形だけでも掃除をしておくか、と思い至ったのだが。

 悲しいかな。

 片付るものがなにもなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ