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絶望へログイン

 ◆Virtual◆2019/05/08 17:28◆


 ログイン後、俺はいきなり軽めの違和感に襲われた。あれ、今日水曜日だっけか、ってくらいの。

「………………ん?」

 まず目に飛び込んできたのは、"無地の白Tシャツに白短パンの男"という、あまりにも無機質で気の抜けた自身のキャラクターの姿であった。真夏の虫取り少年もびっくり仰天、腰を抜かして逃げ出すレベル。

 ミラワーのプレイヤーはキャラクター後方からの視点、またはキャラクター自身の視点のどちらかで操作を行うことができる。俺は第三者の視点派なのでキャラクターを背面から眺めるわけだ。そうなるとまず視界に現れるのはキャラクターの後ろ姿なわけで……。

 このゲームを初めてプレイするときはお金も装備もない。つまり身に付けるべきアイテムをなにも持っていないのだ。しかしさすがに素っ裸のキャラクターを操作するとなるとまったく別のゲームになってしまうので、最初は白シャツ白短パンを着た状態で始まる。いわゆる『布の服』とかそういう類の初期装備ってわけ。そして今の俺のキャラクターの状態がそれ。

 ――――で、俺は三年間このゲームをやっているわけでして。それなりのゴツイ装備やら強力な武器やらをがっちゃがっちゃと騒々しく身に付けてる"はず"なんだが……。

「――――あ」

 深く考える前に即座に浮かんだのが『マイルーム』。ゲーム内における自分専用の部屋だ。まさに現実の自分の部屋と同じような扱いで、装備品等を保管しておくことができる場所のこと。

 なぜそこが思い浮かんだかといえば、昨日は――というか今日の話になるが、夜中の二時頃に貴重なモンスターが沸くって噂を耳にして、眠気と戦いながら二時間ばかり同じ場所で、ナマケモノから賞賛の拍手をもらえるほどじぃっと動かず張っていたという経緯があったからだ。結局ガセネタだったのだが、俺はそのあと怒る気力もなくマイホームを整理して寝た記憶があった。もしかしたらその時に寝ぼけてて、装備品を一括して取り外すという操作をしてしまったのかな、と。

 ということでマイホームへ行こうと思い至るも…………しかし、なんだかな。よくよく周囲を見渡したところ、根本的なことがおかしい。

 ログイン後にキャラクターが現れる場所は、最後にゲームからログアウトした場所と同じ場所になる。俺が最後にログアウトした場所はマイルームのはずなんだがな…………?

 なぜか俺がログインした場所はまったく別の場所。『未来都市アラケルテルラ』と呼ばれるミラワーの始まりの街であり、もっとも活気があるマップの一角で、普通の人はあまり行かない端っこのほうに立っているのだ。変だな、と眉の角度がきつくなる。麗菜の角度にゃ及ばないが。

「なんだってんだろ……」

 息抜きにちょっと空を仰げば、天空を突き抜けてしまいそうなほど高い、無数のビル群が飛び込んでくる。まったく、ゲームだからってそのどれもが優に百メートルを越えちまっている。決して現実には存在しないが、それでも限りなく現実に近づけたリアルな街は、ただ眺めているだけでも感嘆のため息が出る。毎日思わず見上げてしまう、究極の摩天楼。

 そんな数々の建物の中にはいろいろな手続きをする場所や、マイホーム、アイテムなどを買う店、カジノ、訓練所、チーム集会所――等々がある。大半のプレイヤーはこの街を本部として様々な活動をして楽しむのだ。

「めんどいな……」

 ためしにマイホームの場所を示すようコマンドを入れると、画面の遥か遠くに小さい下向き矢印が現れた。……こりゃ徒歩十分はかかるな、と変なリアルさに唇を噛む。そう、このゲームは距離感もまた現実に近いのだ。


 ヒュッ――――。


「ん?」

 突然、肩を落とす俺の真横を背後からなにかが高速で過ぎ去っていった。なんだ、と視線を前に向けるとそこにはとある乗り物に乗った一人のプレイヤーがいて、その人は一度止まったあとこちらにバックで戻ってきた。

「おっとっと、シンさん! どもどもー!」

 現れたキャラクターから吹き出しが現れる。ちなみにこのゲームはマイクで会話するのもオーケーだが、基本的には画面に浮かび上がるキーボードを叩いてキャラクターの吹き出しにする方式だ。

「あぁ……厳さん。こんばんは」

 この人はマイクを使わないので俺もキーボードで打ち込む。

 シン、というのは俺のキャラクターの名前であり、実名である真堵(しんと)からとっているもの。今話しているプレイヤーは知り合いの『コラー厳』さん。読み方はもちろんコラーゲンで、通称は厳さん。

 厳さんのキャラクターはなかなか味のあるおっさんタイプに仕上がっていて、まず太陽顔負けの輝きを持つ頭皮に嫌でも目が行き、続いてぴしっとしたスーツに白いねじりハチマキへ。おまけに靴は装備してなくて五本指の靴下ときたもんだ。無限に近い装備の組み合わせの中でも一際目立つ人物である。ゆえにある種の有名人であったりも。

「……って、こんな所で、おまけにそれはなんの冗談ですかい? 初期キャラの容姿じゃないっすかw」

 語尾についてる『w』というのはネットでよく使われてる"笑い"を意味する記号だ。語尾につけたり、ただ単に『w』と笑ったり、なにかと多用されている。多くつければつけるほどその意味は強くなるが、つけすぎるのもどうかといわれてる。

「いえいえ、違いますよ。今ログインしたらこんなことに……」

「え? そらどういうことですかい?」

「さぁ……。自分でもさっぱりで」

 いちいち丁寧な口調で答える俺は――俺だ。現実じゃ自覚はないけど口の悪い不良小僧で通ってるが、ゲーム内での俺は紳士そのものなのだ。いやほんと。

 べつに飾ってるわけじゃないのだけど、どうしてか昔からゲーム内だと口調から行動まで、どれをとっても現実とは真逆の性格になってしまう。これについては麗菜によく突かれる。現実もそれなら今の何億倍もよかった、って。宇宙よりも大きなお世話だ。

 まぁそんな理由は多分、互いに現実の姿を知らないからであって、俺はそれがどうも不安でたまらないからなのだろう。だって、年齢も性別も、何人なのかも判らないのだ。おまけにそのどれも詐称が可能ときたもんだ。現実の女子のリモデリングよりも手軽に恐ろしい。

「ふーむふむふむ。バグかなんかですかいな?」

「あ――それもあるかもしれないですね。とりあえず今からマイホームに行って確認してこようかと。寝ぼけてて置いてきたかもしれないんです」

「じゃぁこんな僻地にいるのもバグのせいかもしれんませんなっ。あるいは無意識に。あっしはたまたま仕事で通りかかったわけでね。ところでシンさんのとこ、遠いでしょ」

「ん……俺のマイホームの場所知ってましたっけ?」

「あ、あぁいや、シンさんのことだからあの一等地だろうなって。見たところフラットフロートもないみたいでよ? 乗ってきますかい?」

 『フラットフロート』――。それは厳さんが乗っている乗り物のことであり、ゲーム内での移動を円滑にするための乗り物だ。形は六角形で薄い床みたいなもの。空飛ぶ絨毯ならぬ空飛ぶ床である。

 フラットフロートに乗ると、現実のフロア上での軽い体重移動で操作をすることができる。速度は性能により上下するが、基本は自転車の全速力程度で、地面から三十センチくらいのところを浮遊移動する。そこそこの値段はするが、ミラワーの広大なマップを移動するには欠かせないアイテムだ。追加料金はかかるが、様々なカスタマイズが可能である。俺もいい感じにカスタマイズしたものを常時持っていたのだが、それもまた失われているわけでして…………。

「すみません……。それじゃお言葉に甘えて」

 幸いなことに厳さんのフラットフロートは大型タイプに改造してあり、一度に最大四人まで乗れる仕様となっている。ちなみに彼はそれで簡単なタクシー業をしてゲーム内のゴールドを稼いでるのだ。嘘か真か信憑性はないけど、本人曰く現実もタクシー業をしてるらしい。

 俺は軽くお辞儀をして細長く伸びたフラットフロートに乗り込む。そして両手を伸ばして厳さんの背中につかまると、『シンクロしますか?』というメッセージが表示される。はい、を選択すると、現実の俺は体を動かすことなく、キャラクターは厳さんの動きを真似してくれる。これで現実の俺は体重移動をする必要がなくなるのだ。

「なーに、シンさんにはいっつもお世話になってるんだからよ。そいじゃ、マイホームへ! あ、れっつらごうっ!」

 厳さんの雄叫びとともにフラットフロートは急加速した。連れてなぜか俺の不安も加速する――――。


 ◆Virtual◆2019/05/08 17:32◆


「ありがとうございました。助かった……」

 俺はマイホームのある超高層ビルの前で、厳さんの操作するフラットフロートから飛び降りた。現実の足元に軽い衝撃が走るのがまたリアル。

「あいよっ! もしバグだったら運営にたっぷり文句を言ってやってやんなぁ」

 厳さんはぐっと拳を持ち上げ、流れる人々の合間を器用に走り去っていった。

「…………バグなら直してくれる……よな」

 そうは思いつつも、バグチェックのためのテストプレイを一年ほど続けていた中で、こんなバグには一度たりとも出遭ったことがないときたもんだ。一歩あるく都度に装備が脱げるお色気バグは一度あったが。当然、男もである。いやいやもちろんそういうゲームでは断じて、ない。

 ともかく俺は、一等地であり高さ七百メートルを越えるビルへと入った。さすがに三年間もプレイしていれば上位レベルの建築物が使用できる。

 中に入るとフロントがあり、一人のNPCが受付をしていた。ちなみにNPCとはノンプレイヤーキャラクターの略称で、コンピュータが操作するキャラクターのことだ。

「おかえりなさいませ。ご利用は何号室になりますか?」

 近づくと受付のNPCが声をかけてくる。同時に画面に数字を入力するための数字が浮かび上がり、『二〇三』と入力する。ちなみに『二〇三号室』ではなく、『二〇三階』である。

 入力を済ませると、直後に画面が暗転する。さすがにゲームなので、エレベーターでいちいち二〇三階まで昇るなんてことはしない。便利な便利なワープ機能だ。

 ……いやまぁしかし、超高級ホテルにこの姿で登場である。これが現実だったなら、間違いなく受付で警備を呼ばれるかどうにかしていたことだろう。

 やがて数秒の暗転ローディングが終わると、そこにはたったひとつの扉しかない狭い空間が現れた。その扉を手で押し、中へと入る。


 途端。


「な――――え!?」

 アゴにダンベルをぶら下げられたような衝撃。

「俺の……部屋だよな…………?」

 開いた口は閉まらずに、まるで混んでる都心のコンビニの自動ドア。背筋は冷えに冷えて今だけ南極大陸のよう。

 目に入ってきた痛みを伴う光景に、すぐさまヘッドセットマイクを力任せに外して壁にぶん投げ、ミラーズパッドをぶちぶちとむしりとり、野生的にして物理的にゲームからログアウトする。

 いやもう。なんたって。

 マイホームに保管してあったあらゆるアイテムが……。あらゆるゴールドが……。

 綺麗さっぱりと消えてしまって、まるで新居に越してきたような状態になっちまってるんだから――――。


「――――どーなってんだよこれ!!!」


◇Real◇2019/05/08 17:34◇


 ――――――と、いう流れである。

 絶叫と軽い暴走ののち、約二十分間、俺は呆然と立ち尽くしていた。これならサンドイッチマンのバイトに受かることができるかもしれない。

 それにしてもバグにしちゃ異常だ。フラットフロートで送ってもらってる最中に街の様子を見たが、俺と同じような姿をしている人は誰一人としていなかったのだ。どうも世間的に発生してるバグとは言い難い。

「いいや。明日考えるか…………」

 ようやく落ち着いた頃、俺はそう決めることにした。もう一度確認しようなんて思いもしない。バグであれば……とわずかな希望を抱くが、それにしては潔すぎる。

 たとえば、ゲーム内で公式に禁止されているような行為を行った場合などは、容赦なくIDごと消される決まりになっている。が、このとおり俺はログインできている。つまりなにかしら悪いことをしたからっていう仕打ちではなさそうだが…………。

「なんだってんだ…………?」

 俺はとてつもない喪失感に身を任せベッドに崩れ落ち、そのまま力なく天井を見つめる。

 白く無機質な天井は、まるで今の俺の心を鏡写しにしているようで、見ているとさらに悲しくなってきたので目を閉じた。

 なんか小さい頃にあったな……。この感覚。とあるゲームでセーブせずに勢いだけで最終ステージまで行って、そこで死闘を繰り広げている最中に、母親のつま先がコンセントを引っ掛けて全てが終わったあの時だ。いわゆるパー。

「あぁ………………」

 こぼれる吐息は魂が抜けていくかのよう。口元を手で押さえたって、指の隙間から紫煙のように抜けていくばかり。……かっこよく言えばそうなるんだが、実際は魂を掃除機で容赦なく吸い取られているのに近い。

 もうなにかに当たって気がまぎれるとか、そんなレベルじゃなくなってきていた。当たる気力さえ沸きあがってこない。対策を考えることすらめんどくさい。

 だって三年間もプレイしてきたのだ。三年間も積み重ねてきたのだ。

 他人から言えばたかがゲームだろ、って感覚なのは分かってる。けどもうミラワーというゲームは俺の生活の一部になってしまっていた。風呂に入るとか、歯を磨くとか。それらと一緒だ。生活の一部を切り取られたというのだ。まともでいられるわけがない。

 ゲーム内のアイテムだって、ゴールドだって、それなりの苦労の生んだ産物だ。多くの人との交流、冒険、コミュニケーション。それはもはや現実と同じレベルに達していた。

 それが消えた今、俺になにが残るっていうのだろうか。

 正直なところ、夢であってほしいなんて、初めて思った。


 俺が今いる場所は夢か現実か。あるいはここも、双方が混合している"仮想"だっていうのか――。


 ワカラナクナッテキタ。


 あぁ俺は今、いったいどこの世界で生きてるんだろう?

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