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帰宅理念

 ◇Real◇2019/05/08 16:54◇


「おい待て! 羽賀崎っ! 今日こそは残って掃除だ!」

 教室を去ろうとした瞬間に響く男性教師の怒声。どうやら今日もまた懲りずに俺をご指名のようだ。

「一昨日やった。"居残りは死"だぜ、先生。先生にだって帰るべき場所があるだろ?」

 言い放ち、呆れ顔を背に競歩の要領で廊下を"駆け歩き"、ものの一分足らずで校舎の外へ出る。

「……うっし、帰るか」

 無事に学校を終え、俺はいつもの帰宅ルートにつく。まだまだ太陽は高い位置。まだまだ全然早い時間帯だ。

 俺は放課後にバットや竹刀や筆を握ったり、ボールを蹴ったり投げたり、ロボット造ったり、踊ったり泳いだり――――と、そんな青春は送っていない。

 ただただ鞄を背負って我が家に帰還する。それが俺の所属する『帰宅部』の活動内容であり、俺の青春といえばそう。ちなみに部活動紹介のポスターの中央には達筆な字でこう書かれてる。


 ――――『ただいま』。


 俺は入学後、そのポスターを見た瞬間に所属することに決めた。それももう今年で活動三年目。肩書は言うまでもなく部長。帰宅に関しては全国レベルとまではいかないが、自他共に認めるベテランだ。

「さすがね、部長。今日もトップで校門を越えたわよ」

 突然、帰路につく俺の後ろから声がした。聞き慣れた女声。その声に前を向いたまま返答する。

「いーや違うね。今日は貧血で早退したヤツが一人いる。あいつには勝てなかった。あの野郎、全校朝会終わった瞬間に帰りやがって。校長の演説ん時は座椅子用意しとけってんだ」

「体調不良っていう例外も認めちゃうアンタは偉いわ。言い訳はしないのね」

「あのなぁ……。副部長なら部活動基本方針くらいは熟知してるだろ?」

「ええもちろん、"言い訳するな、前だけを見よ、寄り道は敵、居残りは死"、でしょ。まぁ一理あるわね」

 声量は次第に大きくなり、やがて俺の隣に並ぶ。ちら、と視線を向ければそこには俺より頭ひとつ小さい、一人の少女が小動物よろしくとっとこと、一生懸命歩幅を俺に合わせようと努力していた。

 極めて優秀な部員である俺達は部活動方針に則り、以後会話ひとつも交わさずに帰り道を歩いていく。ゲーセンやコンビニの誘惑なんて、俺達にとっちゃ路傍で光る一円玉くらいの甘さでしかない。ちょっと寄っていこうぜ、なんて台詞を吐くヤツの『帰宅力』はたかが知れている。

「じゃね、真堵。また夜ログインするから」

 やがて俺達はいつもの分かれ道で足を止める。別れの挨拶くらいは交わす。俺達のまだまだ甘いところだ。全国レベルの帰宅部ではこうもいかないだろう。

「あぁ、わぁってるよ麗菜。今日の夜は荒廃都市の三番街にいいモンスが沸く。早いとこ行っていい位置確保しとかないとな」

「三番街か……。アイツ手強いのよね。私、苦手かも」

 にやり、と口端に笑みを浮かべているあたり、ニンジンがちょっと苦手とか、そんな程度の話なのだろう。

 そんなこいつの名前は磨木麗菜(みがきれいな)。クラスメイトであり帰宅部所属。肩書きは副部長。うちの二番手紅一点。百歩譲って容姿端麗。だが性格にはやや難有りだ。

 手入れを怠らぬ黒髪は無駄に長く美しく、一本に結ってお尻のあたりでひらひらとさせている。日本語で言えば子馬の尻尾。ちょっとださいからってポニーテールっつーわけだ。

 顔はそう、テレビに出てる若手アイドルと並んでたって違和感ゼロなレベルか。私が生徒会長です、と言わんばかりの威厳に満ちた瞳に、やや角度のきつい細い眉。布で磨きまくったリンゴの皮のような艶と張りのある肌。これでいて化粧のひとつもしてないっておっしゃるのだから恐れ入る。ゲーマーゆえに延ばさぬ爪もまたポイントってか。

 ――――高校三年生になってから、クラスの女子の顔面改造(リモデリング)率はぐんぐんと上がってきていた。一見、見知らぬ人から見れば可愛いと錯覚を起こすかもしれないが、もともとの顔を知っている人からすれば、魔改造以外のなんでもないと思うだろう。化粧前に佐藤です、化粧後に鈴木です、なんて言われたって納得がいく。

 女子は入学時の顔を覚えておけ――鉄則である。……ま、俺は七:三派だからどうでもいいのだが。べつに髪型が七:三なわけじゃなくて、内面が七に対して外見が三っていう、女性に対する俺の考え方のことだ。冗談抜きでこんなもんじゃないかしら。

「さーて、帰ろうっと」

 呟いて麗菜は背伸びをする。素晴らしい言葉だな、と頷きつつ俺は彼女の仕草を眺める。華奢な体は可愛さというより美しさというべきか。しいて言うなら"惜しい"という言葉が先につくのだが。

 そう、見る者が男であれば必ず視線が向かうゾーン。彼女はそこが"舗装路"なのだ。バギーで走ろうにもスリル感ゼロ。体の特徴を馬鹿にするのはよろしくないが、悲しいことに俺があいつをからかえる点がそこしかない。無論もとから無い俺が言うのもおこがましいことこの上ないが。

「……へぇ」

 考えていれば自然、視線の角度がちょい下がる。その方向に気付いたのか麗菜は鬼さえ土下座する形相でこちらを睨んでくる。

「で、アンタは今どこを見てどう感じてるのかしら? ぜひ感想を頂きたいところだわ」

 麗菜は腕組みをしてちょっとだけ持ち上げて魅せる。

「そうだな……もう一息、ってとこ――っと……!」

 鼻先を掠めていく鞄を残念だったな、と見送る。

「次言ったらコロスって前に言ったよね、シント君。ん? ん?」

「あぁ昨日も言われた。いったい俺は今日で何回目の命日か――――はっ……!」

 ずん、と腹の深奥で響く確かな鈍痛。女にしか分からない痛みがあるならば、男にしか分からない痛みがこれだ。出産が鼻からスイカだと言うのなら、こいつは腸を雑巾のごとく絞られる感覚に近い。はぅっ、なんて情けない声をあげて表現するギャグ漫画があるが、あれが間違っちゃいないと全国の男子は知っている。ダメ、絶対。

「ばっ……はっ! ふ…………! て……てめ……!」

 まずきちんと喋れなくなるんだよな、これ。こいつに効く特効薬は"時の流れ"しかない。

「あはは! それで死んだらごめんなさいねぇ。せめて死ぬ前にIDとパスワードは私に教えときなさいよ。上手に使ってあげるから」

「そ、それだけは死んでもやらねぇよ!」

 俺は高らかに笑いながら帰っていくとんでもない悪魔の背中を、応急処置である"ジャンプ療法"を実行しながら憎々しげに見送った。


 ◇Real◇2019/05/08 17:20◇


「はぁ……。やっと治まってきたな…………」

 時刻は十七時ちょい過ぎ。俺は部活の最終目的地へ辿り着いた。要するに家だ。

 小さな門の前に立ち、網膜認証のセンサーに目を向ける。こんなちんけな一軒家でもこういうところだけは立派――というか数年前に義務付けられたもの。

 ピー、というテンプレに則った電子音が鳴り、鍵がかちゃりと開く。正直、こんな門ちょっと身体能力が高いヤツなら乗り越えられるし。そんな事実があって、税金の無駄だ、と国民は怒っちゃうわけだ。

「ただいま」

 "親がいないこと"を確認して俺は至高の一言を述べる。そしてささっとひとっシャワー浴びてから、自分の部屋がある二階へと駆け上がった。

 自分の部屋はなんとも色気もない所だ。あるものとすれば勉強机にノートパソコン、クローゼットとシングルベッド、そして最近購入したミニ冷蔵庫。他人からは部屋が超散らかってそう、と言われるのだが、散らかるようなもの自体が存在しないときたもんだ。

 俺は早速ブログと公式サイトのチェックのためにパソコンの電源を入れた。その起動中に俺はいつものゲームへとログインする為、別の機械の電源を入れる。

 足元に置いてある大き目の辞書サイズの四角い機器。ちょっとした家庭用ゲーム機みたいなもので、色は清潔な白一色。いくつかのボタンのうち、電源ボタンに触れると、ヒューン、という静かな冷却ファンの音とともに起動する。とあるゲームの起動に必要なものだ。

 そのとあるゲームというのが――――


 『ミラーワールド』。


 通称『ミラワー』。三年前に公開されたオンラインゲームであり、今じゃ俺の生活の一部となっているもの。俺はこれを公開当初、まぁいわゆるβ版の時からプレイしている。

 このゲームは株式会社ムンドスというゲーム会社が開発した、まったくもって斬新なオンラインゲーム。今までのオンラインゲームとどこが違う――否。まるっきり違う。

 今まではパソコンの前で長時間椅子に座って、マウスを巧みに操り細かい動きをして、キーボードに穴が開くほどタイピングして。

 だけどこのゲームはそれらが――――


 "すべて取っ払われた"。


 少なくとも背中やお尻が汗疹になることや、腱鞘炎になること、ブラインドタッチをマスターする必要はなくなった。

 大まかに言えばプレイヤーはパソコンの前に座るのではなく、専用の大型液晶の前に立ってプレイする。自身の動きがゲーム内のキャラクターに直接反映され、より立体的にゲームを楽しむことができるというものだ。

 装置本体の他には四個の付属品がついている。そのうちのひとつが『ミラーズパッド』なるセンサーが取り付けれられた小さなバンド。マジックテープ式で、頭に一つ、手首に二つ、足首に二つ巻きつける。そしてそれらセンサーがプレイヤーの体の動きをゲーム内キャラクターに伝える。たとえば俺が右手を持ち上げればキャラクターも右手を上げる。腕を振り回せば振り回す。さらに手を握ったり開いたりと、指の動きまでも忠実に再現してくれる。これらには無線であるがゆえ若干のタイムラグがあります、と明記されてるのだが、そのタイムラグというのは光の速度の領域。人間様には感じ取ることができないからあまり気にするものではない。

 それから会話をするための耳掛けタイプのヘッドセットマイクと、巻物みたいに巻かれていてバスタオルよりふたまわりくらい大きい極薄型液晶。液晶にいたっては特に意味はないけど天井に設置できたりもする。もちろん基本的に体の前方に設置だ。

 そして最後の付属品は『フロア』と呼ばれるもの。これは床に設置してその上で体を動かすものだ。フロアは直径二メートルほどの薄い円形をしていて、たとえるならルームランナーの全方位版といったところか。ベルトが前進後退だけでなく、三百六十度自由に動くもので、これでキャラクターの移動を再現することができるのだ。自分が歩けばキャラクターも歩くし、走れば走る。ちょっとつま先を外側に向ければその方向に視点は移動する。

 まずゲームには用いないであろう素晴らしい機能を備えた付属品が全て組み合わさることで、革命的なプレイスタイルでゲームをプレイすることができるのだ。

 プレイするにあたってなにやら物々しいが、慣れれば装備のセッティングは一分程度で済んでしまう。ちなみに俺は液晶とフロアを常設してるので、パッドとマイクを身に着けるだけ。ヘビーなプレイヤーはだいたいそうだ。

 まぁこのゲームのおもしろい欠点としては――――


 "体が疲れる"。 


 …………ということくらいか。普通のゲームと違って指先だけでなく体全体を駆使するわけだから、汗をかくほどの激しい動作の必要性はないものの、当然のごとく体力を使う。だから今までみたいに何十時間もぶっ続け、という荒業はできなくなった。いわゆる廃プレイが出来るのは一流のアスリートくらいなものだろう。ただそういう人達は『フロア』でなくルームランナーの上ばかりを走っているに違いない。

 まぁこれはこれでオンラインゲームにありがちな"やりすぎ"の抑制になるし、開発会社はそれも小さな宣伝文句にしていた。ゲームをしつつ健康的な体を、って。良いのか悪いのか知らないけど、少なくとも子を持つ親からは肯定的な意見が多かった。

 しかしそれに対して否定的な意見として大きかったのが、"お高い"ということについてだ。プレイするのに必要な機器は全てセットで二十万弱……。よし、お年玉でゲーム機を買うか! よし、ボーナス出たし父さんが買ってやろう! なんてノリじゃとても買えない代物だ。技術的にも世界トップクラスのものが詰め込まれてるのだから仕方がないんだけども。

 かくいう俺や麗菜は複数の短期バイトで貯めに貯めたなけなしの資金で購入した。全国の統計が示すとおり、バイトの平均稼ぎ額のトップは帰宅部だ。運動不足の頂点を飾るのもまた帰宅部である。

 ――――ま、そんなこんなで。液晶には起動準備完了の旨を知らせる画面が映る。


『ようこそ! ミラーワールドオンラインの世界へ!』


 もう何百……いや、何千回見たことだろうか。いい加減網膜に焼き付いてきた歓迎の謳い文句。一番最初にこれを見た時は、ワクワクよりかは軽い羞恥心を感じてたっけ。そりゃ恥ずかしいだろう、体になんか着けてひとりで部屋の真ん中に突っ立ってるんだから。

 やがてログイン後のローディング画面。ほぼ実写に近いリアリティ抜群の摩天楼が画面を飾り始める。購入当初はあまりの立体感ぶりにひとりですっ転びそうになってたな……。

 そして数秒後、読み込みが完了し、画面が暗転する。次に現れるのは仮想の世界だ。

「うっし、行くか!」

 さぁ、今日もまた万札二十枚分の世界へ――――!

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