狭間の両雄
◇Real◇2019/05/12 17:03◇
昨日のちょっとした事件は、予想以上に大きくニュースで報じられた。"報じられてしまった"、という表現のほうが俺にはしっくりくるのだが。なにしろどこぞの報道機関は揃いも揃って、その記事の題名がよろしくなかったのだ。
『小さな英雄現る。都内高校生が詐欺集団の隠れ家に突撃』とか、『高校生が英雄的行為。詐欺集団のアジトを摘発!?』――とか、似たようなのがまぁいろいろと……。英雄とか突撃とか摘発って……いや突撃はしたかもしれないが、さすがはマスコミである。もはや彼らの争いの観点はその誇張表現にあり、だ。
どうやら、あの雑居ビルとその周辺の建物には似たような詐欺集団が無数に潜んでいて、今回の事件を機に次々とそれらが発覚、摘発されていったということが大きかったらしい。俺達がそのきっかけを作ったってのだけは間違いないようだった。
あろうことか一部報道では顔まで公開されてしまった――ということについては、いずれ抗議の電話でもかけてやろうかと本気で思ってる。いったいどこから写真を入手したんだか。
……しかし、一面だ。今朝の新聞の一面にだぞ。たぶん、この頃はこれといった大きな事件がなく、マスコミの腹がぐぅと鳴っていたからなのだろうが、とにかくこれは俺にとっては誇らしいどころか、非常に迷惑極まりないことに違いなかった。
案の定、朝は餌を探しにきたマスコミがモンスターのごとく通学ルートにうようよしていて、現実の俺はそいつらに『短絡球』を投げられるわけでもなく、早朝登校は諦め大きく迂回しながら学校へ向かうハメになってしまったのだ。
結果、俺も麗菜も大遅刻。だけど先生は俺達の日頃の一パーセント未満の欠席率という、近年の高校生にしては輝かしい功績に免じて、遅刻をなかったことにしてくれた。
――――当然ながら、学校では一日中、マスコミのおかげさまで英雄野郎とバカにされる刑を課せられた。もちろん不公平にもそれは俺だけだった。
麗菜といえば、女子集団と少し盛り上がったあといつもの日常会話を交わしていた。ゲームやってることがみんなにバレちゃった……って絶望的な内容のメールをもらったのだが、女子集団にとってそんなのは日頃の話題に出すほどでもなかったらしい。それほどにまであの生物達は日々新たな話題に追われているのだ。それに反して野郎共は同じ話題で数年は持つから環境に優しいったらありゃしねぇ。
「――さぁて、羽賀崎! "英雄"ならちゃんと掃除ができるだろうな!?」
きました、毎度のごとく。テレビに名前が出ちゃったしなぁ、なんてにやりと笑ってくる先生に対して俺は緩慢な動作で椅子から立ち上がる。
「剣が箒で、盾が塵取りの英雄を、いったいどこで見たことが?」
少なくとも小学一年生くらいまではクラスにいっぱいいたが。
「いいか、そんな事言ってられるのも高校生のうちまでだぞ!」
「んじゃ有効期限はあと半年。それじゃ」
墓穴を掘った先生に背を向け、俺は体全体で風を切り裂きながら、本日もまた滞りなく部活を開始する。
――――さぁ、帰ろう。
◇
「遅いわよ、部長」
校門を出るなり、麗菜に声をかけられた。彼女はいつもとなにひとつ変わらぬ様相で、後ろ手に通学鞄を持ち、たいそうお淑やかなフリをして俺を待っていた。千歩譲って、黙っていればそりゃ可愛いさ。
「わりぃな、俺はおまえみたいに"正式に免除"されてないんだよ」
帰宅ルートに就きながら傍らの麗菜に遅くなった理由を述べる。それに驚いたのか彼女は帰宅に急ぐ足を止めた。
「…………え?」
あの話のあと、もう一度先生を問い詰めて発覚したのだが、麗菜は優等生がゆえに掃除を免除されているわけではなかった。両親のいない彼女は早く帰って家事をしなければならないから、という理由で免除されていたというのだ。
「俺、知らなかった」
立ち止まって呟いたこの一言で麗菜は理解したらしく、そう、と素っ気なく言って再び足を動かす。帰宅部は精神の動揺程度で十秒以上足を止めてはならない。
「先生から聞いたのね。まったく……お口がゴムみたいに柔らかい先生だこと」
「いや、俺が問い詰めたんだ。俺だってひとつやふたつ気になることはある。思春期はまだ終わっちゃいねぇ。……でも知られたくなかったんなら、ごめん」
下手な同情を受け取りたくなかったか、あるいは隠すことでその事実を薄めていたのか。どちらにせよ今の俺にはその辛さはわからない。
「違う、謝るのは私のほう。べつに隠すつもりは――」
このまま手綱を放せば一時間は小言を聞くハメになるだろうと即断し、俺は片手で麗菜の口を制す。
「――いいよ。べつに知ったところで今更どうこうってわけでもないし」
頑として言い放った。ひどいかもしれないが俺にできることはあまりにも少なすぎるから。中途半端になにか手助けするにも、それが空回りしてしまえば余計に辛くさせてしまうかもしれないし。それが常人より小さじ一杯少ない俺の脳みそが考えた最善の方法だった。
「…………うん」
さすがの俺も今のは刃が鋭すぎたか。いつもの反論が返ってこないことに思わずびびる。
「……けど少し、少しおまえのことを尊敬するかな」
空を見上げながらかすかな声で謝罪会見。
「……そう。なら"私にない"ものをきちんと大切にしなさいよ」
「ん? 胸なら俺"も"ないけど?」
――――本日の背後からの鉄槌は、古の書に刻まれた戦の神々の一撃にも匹敵するんじゃないかっていう威力だった。そして振り返るともういっちょ、中段蹴りの構え――ピ、ピンクだと…………!?
「わ、わかったわかった、これからはちゃんと大切にするって。両親も、"おまえも"」
麗菜の気持ちに変化があったのかどうかは知らないが、俺の気持ちの変化分は最後に付け足しておいた。年に一度の失言だ。
そして、へ? と、どうしてか頬を赤らめて固まる麗菜を残し、俺は本日もまた世界一美麗にして至高の危機回避方法を実行するのであった。
◇Real◇2019/05/12 18:02◇
「やっと我が家か……」
帰宅部の有史以来最大の遅れを記録してしまった。普段なら二十分かそこらで着くものの、四十分以上の遅れともなれば、それはもはや俺にとって天文学的数字である。なんでも帰宅道中に張り込んでいたマスコミを回避するべく、帰宅ルートを緊急時退避用路線に切り替えなければならなかったからだ。
暮れ始めの空を背に、やや沈鬱な気持ちで玄関に滑り込むと、そこには靴を履きかけている母の姿があった。
「――ただいま」
何年かぶりに、親の前でそう口にした。
実のところ昨晩警察署で少々お世話になったあと、驚いたことに両親は仕事を速攻切り上げて揃って俺を迎えにきてくれた。そのあと久しぶりに家族三人で喋ったのがきっかけで、仲直りというかなんというか、いとも簡単にころっと普通の関係に戻ったのだ。ようは先生の言っていた通り、俺のコミュニケーション不足が問題だったのかもしれない。
「あら、おかえり真堵。あなた部活は? やけに早いけど……」
やっべ、俺は将棋部に所属しているという設定にしてたっけ。野球部だっけ? いや、野球部だったならもっとスムーズにあの金タコ野郎を倒せてたな……。
「"今終わったよ"。母さん、今日の晩飯は?」
「今? あ、ごめん、今日は母さんこれからすぐ仕事場に行かなくちゃいけなくなったの。だからレンジの横にお弁当置いておいたから、チンして食べておきなさい」
「あぁ、わぁった。いってらっしゃい」
玄関で母と別れ、鳴る腹を押さえて一目散にキッチンへと向かい、作り置きしておいてくれたらしいお弁当の姿を確認しにいく。
「げ」
レンジの横にはこれまたずいぶんと見覚えのあるヤツがいた。
「もう、おまえはいいよ……」
…………ま、コンビニ弁当も同じことを思ってるんだろうな。
◆Virtual◆2019/05/12 18:23◆
夕食とは言いがたい夕食を食べ終え、俺はいつもの日課を行うべく、上機嫌な鼻歌交じりでログインの準備をした。ミラーズパッドの装着から踊るように軽快に。
なぜこんな浮かれているかというとだ。つい先ほど携帯のメールに嬉しいお知らせが届いたからだ。件名は『盗難アイテム補償について』で、ゲーム制作会社の株式会社ムンドスからのものだった。
メールは今回の騒動でアイテムやゴールドを盗まれてしまった人宛で、その内容を要約するとこうだ。――盗まれたものは様々なところへ流通してしまい回収は不可能、しかし取引の履歴などから調べて、盗まれたものをそのまま複製品というかたちで持ち主に返却してくれる――というものだった。
今回の騒動を経て運営会社は大きく動き、詐欺行為を大々的に抑制することに消極的だったことや、告知が薄かったことなどについてをネット上で謝罪。被害者にはさっきのような救済処置をとることでなんとか……という結果になったらしい。
――――と、いうことだから、俺のキャラクターはもう夏服ではないはずである!
「ふっ」
ローディング画面が終わり、キャラクターが現れた瞬間に歓喜の雄叫びこそあげなかったが、頬の筋肉はどうしようもなく緩んだ。そりゃぁもうMサイズの人がLLサイズのズボンを履いているような緩み具合である。
あぁ……懐かしき我が分身。限界までカスタマイズを施した我が装備品達は元通りその身につけられ、まるで我が家に帰ってきたときのような感覚を味わう。そして嬉しいことにまさかのランクエクストラの剣もカバンに入ってるではないか! しかし運営会社もこれを一日足らずでやってくれるとは恐れ入る。
「…………よし、とにかくこれで冬は越せそうだっ」
離れていたのはたった数日とはいえ懐かしき我がアイテム達を眺めていると、俺はふと話をしなくちゃいけない人のことを思い出した。
そう、神童伝狼だ。
詐欺集団と問答を交わしてる時には気にしてる暇がなかった真偽。"彼は本当に詐欺集団の仲間だったのか"ということについてだ。
詐欺集団との対話の中で、神童伝狼はやつらの仲間であったと決め付けていた俺。けど思い返したらそれは根本的に矛盾していたのだ。
だって、神童伝狼が詐欺集団の仲間であったのなら、どうして彼は俺達に"本当の情報"を与えてしまったのか?
自分達の犯罪行為の温床であるアジトの住所を、盗みのターゲットにしていた人達にぽろりとこぼしてしまったのだ。超ドMなヤツだったとはどうも考えにくい。
偽の住所とかを与えるか、まるっきり関係のない情報を与える、あるいはお得意の言葉巧みにだましてランクエクストラだけ奪っていけばよかったものの。それか俺達が現地に直接行くとは思っていなかったという自信がゆえだったのか。
あれこれ考えた結果、俺はダメもとで遠距離会話のコマンドを選択し、対象者を神童伝狼と入力する。やはり直接話すのが一番だ。
……まぁ、普通に考えたらログインしているわけがないけど。詐欺集団が口を割っていれば神童伝狼の家には間違いなく警察が特攻しているだろうからだ。でも、昨日の今日だからまだ捕まっていないのかもしれない。
「いるか? お――」
なんと、通じた。会話の対象者がログインしていなければ、『対象プレイヤーはログインしていません』とのアナウンスが流れるはずだったが、それがなかった。
しばしの沈黙のあと、ごそごそとマイクに息が触れる音が聞こえてくる。
「……あぁ君か。なんだい?」
どこか待ち構えていたかのような声色。落ち着いていて、いつもとまったく違った神童伝狼だった。――いや、違う。いつものあれが演技だったのだろう。今の彼が本来の姿なのだ。しかしログインしているというところをみると、捕まってもいないようだし、自首する気もないようだ。怯えてないところをみるとニュースを見てないとか?
「あんたにひとつ、訊きたいことがある」
ストレートに用件を述べる。
「構わないけど、なにか?」
「なんであんたは俺達に本当の情報を与えたんだ? 偽の情報を与えて俺達をどっか遠い南の国にでも行かせておけばよかったんじゃないのか?」
「…………そっか、"あの人達"は僕のことを君にばらしちゃったのか」
「そんなとこだ。仲間なんだろ、あんたも」
長い沈黙を辛抱強く待ち、促したい気持ちを抑えて耳を澄ませる。するとやがて長く息を吐くような寂しげな音が聞こえた。
「――――最初は、興味本位だったんだ」
いたずらを謝る子供のように、神童伝狼は呟いた。
「興味本位……?」
「細かい経緯は長いから省略する。ほら、自分で言うのもなんだけど、ミラワー内では名の通って信頼性もあった僕だ。ある日ね、彼らに甘い言葉でさ、その力をちょっと試してみないかって言われて。酒やタバコや麻薬に似たようなパターンだよ。引き受けたはいいが、実際は人をだましたり、違法な取引をしたりとひどい内容。それで僕はすぐに気付いたんだ、これってただの犯罪行為じゃないかって」
懺悔でもするように、神童伝狼は力なくこぼした。どうやら彼は自分の欲求から犯罪組織に関わったのではなく、スカウトみたいなことをされたらしい。
「だまされたって思った僕はすぐに調べたさ、もちろん何日も。そしたら"彼ら"はなかなか危ないグループだったみたいでさ。逃げようにも逃げられなかったんだ。馬鹿な事に僕は一番最初に例の"インド式整体"に顔を出しちゃったこともあって……」
「そりゃ……災難だったな。あそこじゃ凝った肩はほぐれない。顔が一度でもバレちまったらあぁいう組織は本気で殺しにでもくるだろうな。現実じゃゲームみたいに簡単に容姿を変えられないから」
「そう。僕は臆病だったから、とにかく大人しく彼らに従って信頼を得ておく必要があった。数日に一回は顔出ししなきゃいけなかったから、逃げようだなんて思えもしなかった」
はは、と自嘲気味に笑って神童伝狼は口を閉ざした。
「そうだろうな。たぶん今頃はあいつら絶賛事情聴取中だろ? いずれあんたの名前も出るだろうし、俺達もそれについて訊かれるこ――」
「いや。もう僕は諦めてるからいいんだ。自分の弱さが全部いけなかったんだし。自業自得なんだ。だから君から言ってやってくれよ警察に、"神童伝狼というキャラクターも犯罪に加担してました"ってさ。そうすれば僕も潔く――」
「いや。いいよ。べつに」
即答した。へ? っと腑抜けた声が聞こえる。そりゃそうだろう、自身が犯した罪のことを、どうでもいいや、なんてノリの口調で言われたのだから。
「おとり作戦とか潜入捜査とか、そういうことを俺達が証言すればあんたは"白"になるかもしれない。確かに誘いを受けて一度でもやつらに加担したのは頂けない。けど危険を覚悟のうえで俺達に本当の情報を流したあんたは臆病者でもなんでもない、ただの"勇者"だよ」
「勇……者?」
英雄は起きたことを治める者。勇者はことを始める者。似たような感じだが少し違うのだ。
事実、今回の犯罪グループの大摘発の連鎖は神童伝狼の行動がきっかけだったと言えよう。最悪の場合殺されるかもしれないって状況の中で、嫌々ながら犯罪に加担しつつ情報を得て、それを一気に大公開だなんて。映画の主人公じみたことをやってのけたのだ、この人は。
「あんたは俺達にささやかな希望をかけた。違うか? もう今しかないって、そう思ったんだろ? 情報を教えてくれた時のあの挙動不審の意味がわかったよ。教えたら殺されるかもしれないのに、教えなきゃ一生詐欺師として堕落するハメになるかもしれない」
「……確かに、僕はチャンスだと思って賭けたんだ、君達に。僕は彼らの信頼を得る為に、大物商品を手に入れなきゃいけなかった。でも他人から奪うのは気がひける以前にやりたくもない。だけど"モンスターから奪うという正攻法"なら問題はない。彼らは他人の装備であれなんであれ、とにかく売れるものならなんだってよかったんだから」
「それで、シンとレイに頼んだってわけか」
やっとこさ、話の骨格が固まってきた。
「そう。僕は君達が欲しがっていた情報を持っていたからね。交渉しやすかったんだ。でもそれだけじゃない。僕も長年プレイしてきたから君達の事を"よく知っていた"ってこともある」
「知ってた? 直接話したことはなかったと思うけど」
「いや、話したことはない。でも君達が"本当に強い"って事は、ほとんどの人が知ってると思うよ。それに悪い噂のひとつも流れない。二人ともお呼びがかかれば断らずに狩りを手伝いに行ったり、初心者の面倒見もなにかといいし」
「……そう言われても照れねぇよ。なんせ"当たり前"のことだからな」
オンラインゲームにおけるツワモノ……。基本的には、ゲームをしている時間が長ければ長いほど強いのである。そして俺と麗菜が強いという話――そう、帰宅部の真髄とはすなわち"仮想にかける時間が長いこと"である。バイトなんか短期かつ高収入のものしか眼中にない。
「はは、言うね。うん、僕が言えることはもうこれだけだよ」
神童伝狼の事情を知ってしまった俺にはもう、怨み云々より同情すら浮かんじまう。甘い誘惑に呑まれ、言いたくても言えない状況に陥ることなんて、人間人生の中で何十回何百回とあるだろう。今回はそれの規模が少し大きかっただけの話だ。
「んじゃ、訊きたかったのはそれだけだ。もし三色カーが家の前にきたらさっきのように説明しとくんだな。僕はおとり大作戦を実行しただけですって。あと証人は呼んでくれればいつでも行くぜ。できれば学校が休みの日な。年間欠席率一パーセント未満の維持が帰宅部のルールだ」
そう、帰宅するためにはまず学校にこなくてはならないのだ。
「おとり大作戦……か。うまくいくとは思えないけどね、ははは……」
声色が少し明るくなったところ、もう精神状態についてこちらがカバーする必要はないだろう。
「――あぁそれと」
「……なんだい?」
「次に会う時は"いつもの神童伝狼"で頼むな。今日はまったくキャラが立ってないぜ。ふりかけのないご飯はただのご飯だからな」
自分でもよくわからないことを最後に言い残し、俺は勇者との会話を切って、みんなの待つ例の店へと向かうことにした。
◇
「お、きたな"英雄"! 遅いぞ!」
例の店内に転送されるやいなや、獅子ボーイの声が飛んでくる。仮想でも英雄呼ばわりか……。もう耳は受付締め切りだ。
「わりぃな、ヒーローは遅れてやってくるんだよ」
「それは単なる目立ちたがりのする行動よ」
鋭い麗菜のツッコミ。今の時代は英雄もひどい言われようである。
事態がひとまず落ち着き、とりあえず報告とのことで、例の店内には以前集まってくれた被害者達に再び集まってもらっていた。
「ほらほら、みんなを見ろよ、もうどこにもTシャツ短パンのヤツなんていねぇぜ!?」
獅子ボーイの言う通り、集まっていた被害者達はみんな揃ってずいぶんとまぁおしゃれな格好になっていた。当初のモノクロじみた世界とは大きく違う、それぞれが個性豊かな容姿をしている。季節は夏から秋に変わったのだ。
そんな人達を前に、俺は麗菜の補足を交えて先日の事件の内容を簡単に説明した。
詐欺グループとの対談については驚嘆の声があがり、リューガさんや履歴書ファイルの件では悲痛な呻きが聞こえ、セロハンテープ作戦の件では爆笑を巻き起こし――――。
「私、驚きましたよ。二人とも高校生だったなんて。なのに私達は危険な事を任せっきりに……」
話をひととおり終えると、松竹梅太郎さんが申し訳なさそうな声色で俺達に頭を下げた。げっ、という声が二人分。俺と麗菜だ。
思えば、ニュースのせいで俺と麗菜と栗原の現実の正体、主に現実の顔がぽろりとバレてしまっていたのだ。なんかすんげー恥ずかしいな、これ……。
「危険かどうかも行ってみないとわからなかったし、今ちゃんと現実で仮想の世界にログインしてます。あの世には逝ってないんで大丈夫ですよ。それにもう、終わりましたからこの話は……」
あっちこっちそっちどっちの猛襲で、誰もが首を傾げていたが、チャットで文章を打ったら理解してくれた。こういうところはあいかわらず便利。
「しっかしなぁ、レイのほうはすんげー美人さんだったのにな! それに対してシンは怖すぎる……。最初は捕まった詐欺師の顔写真かと思ったぜ」
絹のようにさらっと酷いことを獅子ボーイが言うと、あろうことかその場にいた俺ともう一名以外の全員がうんうんと頷く。将来本当になったろか。
「いやいやいや、みなさんなにを言ってるんですか!? シンさんは写真ではあんな顔してますけど、実際に見ると世界レベルに匹敵するイケメンなんですよ!」
――――おおぅ……頼むから誰か反応してくれないのか。
「わぁ……僕、初めて"オセジ"ってものを使いました。やっぱり苦手ですね、こういうの」
ふぅ、と疲れたような栗原のため息の次に、弾けるポップコーンのごとく炸裂する大爆笑。こ、い、つ、は、秋になったらご飯と一緒に食ってやる。
「くっ……初体験おめでとうだな。今度パーティ開いてやるよ」
もうそれしか言えなかった。これ以上反論すれば息の合ったこの場の全員から手痛い仕返しを頂くハメになるだろう。
「ハハッ……ところでさぁ、シン。おまえってこのあとどーすんだ?」
なにがそんなにおもしろかったのか、なかば涙声で獅子ボーイは尋ねてくる。
「ん? あぁ……」
このあと――か。そういえば、特になんの予定も決めていなかったな……。せっかく装備も戻ってきたことだし、どこかでモンスターでも狩るか? 今日はログアウトして明日のためにしっかり寝ようか?
はっ、バカらしい。
それじゃぁ刺激が物足りない。もっとこう、ちびっても大丈夫なようにオムツをはきながらプレイしなきゃいけないくらい刺激的なミラワーライフを送っていかなければならない。これはもはや義務だ。
「――ときにレイ、装備はそれで満足か?」
ひとつ、思い至って麗菜に問う。
「いいえ、見ての通りランクセブンの装備だけ。――これじゃ丸裸も同然ね」
俺の意図が読めたのだろう。麗菜は肩をすくめて、その既に"一般的には"最上位と名高い装備をちらつかせる。――今までは、それが自分達の手に入れられる最高のものだったのだ。
優秀であるはずの我が装備品達も戻ってきた今、"亡くなってしまった伝説"を超える新しい伝説を樹立するのも悪くはない。そのために必要なことは、なまっていた感覚を取り戻し、装備を整えること。そして、"試し斬り"だ。
「そうかい、そんじゃ捕まる前にお洋服探しのデートにでも行きますか」
「連れて行ってくれるのなら、是非。でも経費は全部そっち持ちね」
「よし決まりだ。だがそいつは仮想だけで勘弁な」
そうと決まれば即実行だ。時間には限りがあるということを、帰宅部は超がつくほどよく知っている。
「……みなさん、ご支援ありがとうございました。呼んで頂ければ俺達はいつだって助けに行きますから」
さぁ使いこなしてみよ、とばかりに輝くランクエクストラの剣を握りしめ、俺は被害者達に向かってお礼を言った。
『――――それじゃ、行ってきます!!』
『いってらっしゃい!!!』
揃った声に背中で応え、シンとレイはとある塔へと向かって駆け出した。
~了~
お読み頂きありがとうございました。一人称の練習を兼ねての勢いだけの作品。
今回を踏まえて新たな作品に挑みたいと思います。




