東京都第七区画西方面第十五列
◆Virtual◆2019/05/10 20:58◆
「ほらよ、お約束通りのお望み通りのランクエクストラだ」
俺は劇的に入手したランクエクストラの武器を、取引画面を通じて取引主である神童伝狼にちらつかせた。黄金色の輝きが真夏の日差しのように目に痛い、機能性の悪そうな神々しい装飾の施された剣。常人にはとてもじゃないが入手はおろか目にすることすら困難を極める一品だ。
「うっひょー! すげぇなおまえら、マジでもってきやがった……」
飛び上がる獅子ボーイを皮切りにざわつく店内――そう、取引の時間には先日集まってくれた被害者の方々が来てくれていたのだ。これだけの証人がいれば神童伝狼だって今さら取引をやめようだなんて言えまい。
「……む、まさか本当に持ってくるなんて……」
少しの沈黙のあと、神童伝狼は控えめに驚き、ランクエクストラの武器をまじまじと眺めた。……でも、どこか迷っているようにも見える。この感情性のないゲーム内キャラからでも読み取れるほどだ。
「なにか不満でも?」
予想以上に反応が小さかったから尋ねるも、神童伝狼はただ首を横に振った。
「なら、これがあれば教えてくれるんだろ? 悪徳業者とやらの情報を。教えてくれないならこれはお預けだぜ」
いったん取引画面を閉じて、慌てふためくであろう神童伝狼を観察する。
「うわ、待ってくれ! わたくしの持ち得る情報を全て教えるとも!」
いいだろう、とちょこっと必死になる神童伝狼を見下していい気分。だけどその必死さもどこか作りものじみているような……なんだ? この違和感。
「それじゃいいかい? メモを用意してくれ」
こんな感じで素っ気ない応答。いつもの芝居じみた様相がまるで見られない。
「メモ?」
「いい、私が用意するわ」
麗菜が用意してくれるというので俺は神童伝狼の言葉に耳を傾けることにした。
「よし言うよ。東京都第七区画西方面第十五列にある『天頂』という名の雑居ビルの三〇二号室、だ。以上」
『――――え?』
神童伝狼が俺達に渡した情報は、ただひとつの"住所"だった。そしてそれだけ伝えると彼は俺達の制止を振り切って店の外へと逃げようとする。
「お、おい! ちょっと――」
「取引成立。それじゃ"あとは頼んだよ"」
「え……!?」
神童伝狼は意味深な言葉を残し、制止虚しく素早く店の外へと転送されていってしまった。追うべきか、留まるべきか……。
「ちょっとあの人! この住所が情報ってわけ!?」
意味わかんない、と麗菜が金切り声を上げる。俺もそうしたいところだが、そんなことより彼の去り際の言葉に強く耳を惹かれていた。
「あとは頼んだ……だって? なんなんだ……?」
「さぁ? さっぱりわからない。住所がなんだって言うの?」
あれだけがんばって得た情報がこれじゃあたりまえか。画面からをも怒気を伝わせる、俺以上にイラついてる麗菜をなだめつつ、他の人の意見を訊くために俺はみんなのほうを向く。
「あの、今の情報でピキーンと閃いた方っていますか?」
誰もいない。けれど少し経って一人のキャラクターの手が挙がる。松竹梅太郎さんだ。
「ええと、その住所。近くに住んでる人っているんでしょうかね? いるなら遠目からの確認くらいなら」
その一言で俺と麗菜もあぁそうだと気を取り直す。
「あ、そうよ。私達都内在住じゃない。他に誰かこの住所に近いところに住んでる人っているのかしら?」
「おれは九州だぜ、熊本な!」
「私は奈良県です」
「僕も九州の方ですねぇ」
と、集まってくれていた人達は口々に所在地を言ってくれたのだが、残念ながら都内在住は俺と麗菜と栗原以外は誰もいなかった。全国各地にプレイヤーはいるのでおかしくはないが。
「……となれば、確認には俺らが行くしかないか。なにがあるかわかんねぇけど。まったくもって意味がないってわけでもないだろうし」
「案外そこには交番があって、そこで通報してくださいとか、そんなオチがありえるかもしれませんね。考えたくないですけど」
ぼそりと松竹梅太郎さんがこぼす。でもそれは的を得ている話。可能性は少なからずある。もしや神童伝狼本人の家だったり……?
「んー、そこ、海にちょっと近いですね。僕たちの住んでる場所からだと電車で三十分ちょっとで着いちゃいますよ!」
「そんなもんで着いちまうのか。どういう風の吹き回しだ?」
栗原の情報に感謝と戸惑い。どうも近すぎるのだ。狙ったようにしか思えない。
「さぁ。でも近いのなら行ってみるほかないでしょう。もしなにもなかったら縛り上げてやる」
麗菜はお気に入りの鞭を片手に歯をむき出しにする。逃げろ、神童伝狼。地の果てなんかじゃすぐ追いつかれるぞ。宇宙の果てをもう一歩越えたところまで行け。
「……まぁ、それっきゃねぇな。日帰りで全然問題ない距離だし。明日行ってみるか」
一瞬にして明日の予定が決まる。どうせ部活終わったあとは暇だし。
「あの、水を差すようで悪いのですが……」
華虎さんという女性キャラクターが控えめに手を挙げる。
「はい?」
「一応、その、気を付けてください。なにがあるかわからないし、本当は私達も行くべきなのかもしれませんが、明日いきなりそちらに向かうというのも……」
「あぁ、いいですよ。なにもかも勝手に引き受けたのは俺なんですから。本当になにかヤバそうでしたら無理に首は突っ込まないつもりです」
危険であることがわかればすぐに警察やらに連絡して対処してもらえばいい。でもまぁ高校生が軽く解決できようレベルならとっくに終わってる話なんだろうし……。
話がまとまったあと、俺と麗菜は激励やら注意喚起やらを一通り受け、明日のために早めのログアウトと長めの睡眠をとることにした。
◇Real◇2019/05/11 17:02◇
――――駅。
学校と部活を終えたあと、制服じゃさすがにまずいということで、俺と麗菜は私服に着替えて最寄駅に集合することにしたのだ。
二十分程度待ってから、やっとのことで現れた無駄におしゃれな格好の麗菜を遅いと一発叱り、べつにいいじゃない、となぜか叱り返されてから改札へと向かう。
ぴりぴりとした空気をまとったまま、いざ改札を抜けんとしたところで、背後からもっとも"聞きたくなかった"声が聞こえてきてしまった……。
「シンさーん! レイさーん!」
『げ……!』
二人揃って嫌いなものを口に含んでしまった時のような顔をする。栗原は連れてこないようにしよう、と麗菜と昨晩の寝る前に話したのだが、どうやら彼は悪いほうの鼻がよく利くらしい。なかなか疲れ切ってる様子を見ると俺達を探し回ったようだ。制服のままだし。
「もう、ひどいですよ! 僕を置いてこうとしましたね!?」
栗原は俺と麗菜の元に着くなりぜぇはぁしながら人聞きの悪いことを言う。
「着いていく、とは聞いてなかったからな」
軽くあしらうと、う、と栗原は腹にパンチをくらったかのような顔で勢いよく引っ込んだ。けれど引っ込んだその勢いをバネにして、そのまま彼は麗菜に詰め寄った。
「レイさん、今日"も"お綺麗ですね! 僕も行っていいですか!?」
栗だけにくりくりとした目を光らせ、定規のごとくストレートな攻撃。アホめその程度で通じる女じゃねぇ。皮肉の二、三は飛んで返ってくるぞ。
「はは、残念だったな栗原。そいつにゃお世辞は効かないぜ」
肩をすくめてそう言うも、理不尽極まりないことに睨まれたのは俺だけだった。
「べつにいいじゃない。お世辞すら言ってくれないアンタを連れて行くよりも栗原クンのほう何倍もいいわ」
おい、お嬢、昨晩の計画はどこいった。
――――結局、栗原を連れてちゃっちゃと改札をくぐる麗菜の後ろをとぼとぼと着いていくほかなかった。
ホームに今しがた到着した電車内には三人並んで座れる席が空いていたので、俺と麗菜でおよそやかましくなるであろう栗原を挟んで着席。
「ピクニックに行くみたいでいいですね! 僕、わくわくしてきました!」
早速。電車が動き始めたと思えば。いいか、こいつはまがりなりにも高校生だ。
「よし、よく聞け"マロンジャー"。いいか、こっからはシリアスだぞ、多分。頼むからそのお口を溶接しとけ。もう大人料金払ってるだろ? 見た目も中身も小学生で通じるけどさ」
軽い嫌味のフックも、トランポリンにロケットパンチをぶちかましているようでまるで効かない。だがまぁ会話をしないというのも苦痛だろうから、あんまり音量の上がらないであろう話題を振ってみる。
「……そういやおまえ、最近大丈夫なのか?」
「なにがですか?」
「その、ほら、あれだ。いじめ」
「あ、はい! シンさんのおかげでかなり少なくなりましたよ。逆におまえは"あんな人"と会話できるんだ、って感心されたこともあります!」
音量が下がるどころか上がり気味になってしまって後悔。しっかし少なくなったってことは完全には消えてないってわけか……。
栗原は教科書の例題に載るようなほどにまで人畜無害な性格がゆえ、学校ではいじめの対象になっていたのだ。高校生にもなってまぁなんとも情けないことだが、こればっかりはどの世代でも一定確率で発生するらしい。
……で、栗原との出会いの話になるが、昔、彼がいじめられている現場にたまたま居合わせた俺は、いじめているヤツらに良い意味で"帰れ"と言って撤退させたことがあった。受け手は後輩だけあって、どうも怖い言い方に聞こえてしまったらしく、その翌日から俺は"なんかよくわからないけど怖い人"で全校的に有名になってしまったのだ。
「あんな人って……。俺はそこまで怖いヤツみたいになってんのか? 酸素みたいに無害な人間だって周囲に言っておいてくれよ。なんだったらビラ配りしてもらってもいいぜ」
「それは無理です。だってとにかくシンさんの顔、怖いんですもん」
一個飛ばした隣から、ぷっと小さく吹き出す音が聞こえた。
「あはは、栗原クン、それ間違ってない」
ひどいことに、こらえ切れなかったのか麗菜が声に出して笑う。
「ちっ……余計過ぎるお世話だ。顔を変えるには金がかかるんだよ。男は化粧でどうにかなるもんでもないだろ」
「そうかなぁ? シンさん、もっとこうにこやかに笑えば無料で変えられますよ、きっと」
にぃぃぃ、と限界まで指で口角を持ち上げて、アホみたいな笑い顔をする栗原を二人で笑ってしまった。どこかスフィクトパスに似ていたからかもしれん……。
「あ――」
「ん、どうした?」
突然、麗菜がばっとうつむいたかと思うと、その頬がアクセル全開で赤く染まっていく。理由は――あー……集まってる視線……か。
俺より頭ひとつ小さい麗菜にさらにひと回り小さい栗原。私服の男女の間に制服のちびっ子なんて、見方によっちゃまるで家族だ。
さすがの俺も少々気まずくなって、以後は一言も喋らずに、目的地到着まで世界一美しい誤魔化し方で過ごすことにした。
擬似意識喪失体勢である。




