帰宅力
◆Virtual◆2019/05/10 20:35◆
無事にスフィクトパスを討伐し、ランクエクストラを入手したのも束の間、俺と麗菜にはちょっとした"追試練"が襲ってきた。
部屋が揺れ、フロアが揺れ、視界が揺れる。だが、どうにもこうにも、俺達の意志だけは揺るがない。
「……要するにこれはアレか? 麗菜」
「"早く帰れ"だってさ、真堵」
部屋の振動が強まっていくなか、妙に落ち着いている俺達はいたって普通に会話を交わす。そして揺れるフロアの上で体を動かし始めた。ラジオ体操第七『フォーエバー』である。
「――言い訳するな」
疲れた肩に向けて爆撃のように、インパクトワン、インパクトツー。
「――前だけを見よ」
頭を首のすわらぬ赤子のように、アップ、ダウン、アップ、ダウン。
「――寄り道は敵」
腰周りをメトロノームのように、ライト、レフト、ライト、レフト。
「――居残りは死」
くじきやすい足首を踊るように、ツウィストワン、ツウィストツー。
準備体操を続けているうちにも、部屋の振動の激しさは増していく。恐らく、脱出に失敗すれば、せっかく手に入れたアイテムもろとも失うことになるのだろう。主の最後の悪足掻きって設定か。
だがそれでも俺達は落ち着いていた。まるで模擬テストで百点取って本番のテストも同じ問題が出るよ、と知らされた時くらいの落ち着き加減。これ以上の余裕があるものか。
そう、俺達の目的は"帰ること"。帰れと言われて帰らぬ者が、この世のいったいどこにいる。
「……うっし」
肩の筋肉はほぐれた。首筋の緊張はとけた。腰周りと足首の柔軟も充分。あとはこの身に任せて帰るのみ。
「しかとその目に焼き付けろ。我らが部活で鍛えた『帰宅力』」
「部屋の崩壊と私達の帰宅。いったいどちらが速いかしら?」
地獄でほくそ笑んでいるであろうスフィクトパスを、煽りに煽ってあざ笑う。
「――さぁ、帰るぞ」
至高の一言に、麗菜が頷く。
『帰宅準備完了』
宣言し、踵を返し、背を向けて。
そして、俺達は帰宅部に受け継がれる『帰りの詩』を紡ぎ出す――――。
『風よりも、音よりも、光よりも、誰よりも速く』
警告音が遠く響く。
『気を付け、帰路就け、家に着け』
天井が音を立てて崩れてくる。
『さよならを謳い、ただいまに帰結する』
乗り物系アイテム使用不可のメッセージが現れる。
『たとえ公共交通機関が死のうとも』
がらがらと壁が剥がれ落ち、べきべきと床に罅が走る。
『たとえ嵐吹き荒れ大地揺れ、道路が冠水陥没しようとも』
画面中に危険マークが点滅し始める。
『――――たとえ神や仏が泣いて怒って止めようと』
足元が割れ、奈落の底が口を開ける。
『この世に我が家がある限り、帰宅部の帰着は定刻だ!!!』
体が落ちるよりも速く、奔り出す――――!
崩れ弾けた建物の破片が降り注いでくる。だがその瓦礫の豪雨も今の俺達にはスローモーションの雨粒にしか見えない。むしろその瓦礫の軌道さえも瞬時に読み解ける。
「無駄よ。帰宅理論は相対性理論をも超えるわ」
光の速度で計算された進路妨害工作を避けた麗菜が、意味不明だけれどもカッコよく語る。ダメージを被るのは当たり前のような脱出ミッションだが、果たしていったん帰路に就いてしまった帰宅部員に対してこのゲームはどこまで優秀か。
ところどころ口を開けている穴が俺達を飲み込もうと必至になるが、それを水溜りを飛び跳ねる要領で軽やかに飛びかわす。今や床に足が着いている時間のほうが短い。
「無駄だ。俺達の足を止めるなら、我が家をここへ持ってこい」
そうでもしなきゃ、戦車戦艦戦闘機を何台何隻何機もってこようが、俺達を止めることは不可能だ。
コウモリのような小型のモンスターが天井から無数に飛び出してきて、群れになって視界を妨害する。だが一度この眼で捉えた帰宅目標をその程度で見失う俺達ではない。
そして――時間にして約二十秒。その時間内に凝縮された妨害を無傷で潜り抜けた俺達は、最初の目的地である四十九階層への階段に辿り着いた。
『さようなら』
脱出を目前にした俺達は穏かに謳い、崩壊寸前の五十階層をあとにする。
…………そうだな。急ぐのはここまで。あとは『ただいま』の言えるところまで、心ゆくまでゆっくりと帰ればいい。




