筋肉質なタコと男と黄金マスク
◆Virtual◆2019/05/10 20:03◆
体中に、まるで居眠りから突然目覚めて机の裏に膝を打ち付けたかのような衝撃が走る。
ヴァーヴェルの塔、その最上階の主たるは、俺達の想像を百メートルくらい超えた珍妙な容姿をしていた。
ブログなどにこいつの画像を公開するのは運営側にめちゃくちゃ厳しく規制されていて、俺も麗菜もたった今初めて目にした化け物だ。
その容姿は簡単に述べるとこう。スフィンクスとタコ、そして男のロマンのロボット合体である。
「おいおい名前考えたヤツでてこいよ…………」
スフィクトパス。スフィンクストパス。スフィンクスオクトパス。スフィンクスとオクトパス。――おい、こら。三秒くらいで思いついただろ。
「悪趣味が野を越え山越え谷越えてるわ…………」
喫驚さておき俺達は牛乳パックをひっくり返したかのように愚痴をこぼしつつ、その珍妙な怪物を改めてまじまじと眺める。
身長は俺達の二倍超。緩めているタコ足を全部伸ばせば三倍はいくだろう。スフィンクスを模った黄金マスクの顔に、上半身はムキムキムキマッチョッチョの――あろうことか男の肉体。筋骨隆々の両腕には、ここがおしゃれワンポイントなのよと言わんばかりに、銀色のチェーンが巻きつけられていた。だがここがカリスマ麗菜の表情をことさら歪めるワンポイントでもあったらしい。
腰にはフラダンスの衣装みたいにして、金の延べ棒が連なってできたスカートみたいなものを身に着けている。その下、下半身にはカラフルな六本の足が生えていて、そのうちの二本を巧みに操ってスフィクトパスは二足歩行をものにしていた。
あぁなんて不憫な格好――なんて傍らの麗菜は絶句に近いかたちで痛々しく呟く。ここらへんも価値観の違いなんだろう。よーく見てたら男の俺にはこいつが段々"イカ"してる野郎に見えてきた。まぁ"タコ"なんだけど。
「もしかしてここもランダムな種類が現れるってパターンか?」
「だとしたら私達大ハズレを引いたんじゃない?」
「勝てばアタリ、負ければハズレと言える言い訳哲学が使えそうだな。見た目は間違いなく期待ハズレだけど」
などと恐怖とは程遠い感情を躍らせながら、好き勝手言いながら部屋の奥へ進んで行く。
『貴様等、我の宝物庫を荒らしに来たな?』
スフィクトパスに近づくと吹き出しが現れ、同時にガラガラと石で粉をひくようなしゃがれ声が聞こえてきた。んなこたぁない。
警告音が響き、制限時間のカウントダウンが画面上部に表示される。残り一時間――か。だけど金メダルを頂けるタイムは三十分以内だ。
「いや、宝物庫にゃ興味ねぇよ。欲しいのはおまえが持ってるランクエクストラの装備だ。渡してくれりゃ見逃してやってもいいんだぜ?」
キメたところで返答無し。当たり前か。シカトだけならまだしも、哀れな者を見るような立ち方でじっとりと見つめてくる隣の麗菜はいかがなものか。感情表現のないキャラクターからでも伝わってくるってどういう……。
『後悔するがいい!』
突然、スフィクトパスは低い雄叫びをあげ、こっちの準備もお構いなしに恐ろしい形相で向かってきた。足元のフロアが生む微細な振動が恐怖感をあおるのけど、どこか笑えてしまう、いわゆるシュールというものである。
「行くぜ、"レイ"!」
「ええ、"シン"!」
二人しかいないこの場で、互いを"この世界"の名で呼び合った。
不要な力が抜けていき、思考は目的踏破のベクトルへと切り替わる。かっこ悪く言えばゲーム脳へチェンジ。
無駄な感情は心の彼方へと追いやられ、呼吸は深く長く、視界はあらゆる情報を得るために高級ガラスよろしくクリアになっていく。
やろうと思えば人間の体なんていくらでも変えられるものだ。この状態で勉強へ挑めれば最高なんだが、やっぱりそうも都合よくいかねぇ。こんな集中力はミラワーとトイレだけでしか味わえない。
さて、久しぶりの狩りだ――――。
「まずはあの足だな?」
尋ねた瞬間にはもう足は駆け出していた。スフィクトパスとの距離は既に十メートルを切った。
スフィクトパスの足にはそれぞれ属性が付属されているらしく、メインとなる攻撃を放つであろうその足からの攻略が必須だ。ちなみに経験上からの判断である。
火、水、電、毒、械、砂――――計六種類。異なる輝きと属性を纏った足はどこからやっていいものか……。最終的にはとんだバラエティパックであるあの足を全部切り落とさなければならないのだ。ならば面倒な足から片づけていくのが定石か。
「とにかく減らせば減らすほどあれの攻撃力は下がっていきそう。まずは放置しておくと一番面倒になる『水』の足からね」
「なんだって水なんだ?」
「視界よ」
あぁ、と俺は素直に納得する。そうか、水系統の攻撃を食らうと視界が悪くなるんだった。戦いにもっとも必要な視覚を害されればあらゆる場面において影響がでてくるってわけだ。
「よし、ならそいつからだ。俺が陽動する!」
スフィクトパスの意識を俺に向けるため、よくある車の前に子供が飛び出すようなパターンを演じる。途端、隙ありとばかりに『機』属性の足が豪速で俺を襲ってくる。さて、果たしてイカほどの威力なんだろうか?
「ちっ……!」
回避が間に合わないと判断し、体へのダメージを軽減するため腕を体の前で交差させて攻撃を迎え撃つ。ゲーム画面だとまぁ見栄えもするが、現実の様子を他人が見たら、嘲笑失笑苦笑レベルである。いいか、胸の前で腕をクロスだぞ。やるとしても小学校低学年だ。
「……っ!」
かなりの衝撃。俺の腕は骨折ステータスにこそならなかったが、威力を軽減するのにまったくもって役に立たなかった。機械の属性を持つメカメカしい足は、特殊効果こそ持たないが、優れた敏捷性耐久性攻撃性という豪華三点セットで俺の体を吹き飛ばした。きっとこの足はメイドインジャパン。
『ぐはははっ! その程度か!』
俺を吹き飛ばしたスフィクトパスが、スーパーで売ってそうな定番台詞で嘲笑う。だがその余裕綽々のスフィクトパスの背後で、麗菜がお気に入りの武器を艶かしく取り出すのが見えた。
――――鞭である。全世界中で闊歩する調教不能な猛獣や、あんな趣味やこんな趣味の男どもをこれ一本で完全支配下におけるであろう代物だ。
「は……この程度で悪かったな。小手調べって言えば理解していただけますかね」
麗菜にターゲットがいかないよう、俺はすぐさま立ち上がり、そのまま低い位置で飛び出してスフィクトパスが立つための軸としているうちの一本であった『砂』属性の足を蹴り払う。
スフィクトパスがわずかにバランスを崩し砂が舞う。体勢を立て直そうと足を持ち上げたその隙に麗菜がすぐさま鞭を振るう。それが見事に水属性の足へと絡まり、捩じ切る――――!
「まず一本ね、さようならっ!」
ばしゃん、と水風船を割った時のような音が聞こえ、辺りには巨大な水たまりが形成された。一撃で始末したというところ、鞭の枠組みならば麗菜の武器は間違いなくミラワートップクラスの業物である。
――まず一本!
『ぬぬ!? だがまだ五本も残っているぞ!』
スフィクトパスはひるみながらご丁寧にも残った足の本数を教えてくれる。
「わかってる、あとは並んで順番待ってな。横入りはするなよ?」
次はどの足からやるか――――。俺は現実の体力の許す限り回避を続けつつ冷静に分析をしてみる。早くも息は上がってきているという。四十九階で既に肺を酷使しているというのに……。
とにかくダイレクトに触れると状態異常を引き起こす足は回避に専念していれば問題ないし、それぞれの回復薬も準備してある。ゆえにここは敗北に直結する物理的な威力の高い機械の足と、少々厄介な乾燥の属性を持つ砂属性の足が優先的か。
「レイ、砂を頼む! 俺は機械をやる!」
任せて、の声はスフィクトパスの背後から聞こえた。既にあいつはもう俺の描こうとした理想の位置にいる。さすがです、同時攻撃だ。
『燃えろ、燃えろ、燃えろぉ!』
「うぉっ」
スフィクトパスが燃え盛る火属性の足を、喚く幼児のようにものすごい速度で俺に振るってくるも、回避追いつかず、それは轟音とともに俺の左腕を掠めていく。
「――熱っ!」
現実ではもちろん熱くはないが反射的にやっぱり――言いますよね。いてっ!
火属性の足が掠めた左腕が『火傷状態』というステータス異常に侵された。毒のように長期持続性はないが、早く対処しなければ短時間で絶大なダメージを受けるハメになっちまう。
すぐさまカバンを開き、あらかじめ用意してあった『火傷にはこれ一本。家庭用急冷スプレー』なるものを左腕にぶちまける。すると名に恥じぬ効能をもってしてステータスは正常に戻り、俺は大きなダメージを受けずに済んだ。
俺はスプレーをしまい、それに続いてカバンからひとつのアイテムを取り出す。『短絡球』。野球ボール程度の大きさで、投げつけると当たった部分に張り付いて『電』属性の攻撃を与え続ける飛び道具のひとつだ。
俺と麗菜は収納の神様に教わった究極の整理整頓法で、あらゆる属性に対応したアイテムを可能な限りカバンに詰め込んできたわけで。いかなる場面にも対応できるよう準備を怠らなかった結果が栄える。
「わりぃな、ちょっと痺れるぜっ!」
すかさず『短絡球』を機械の足に向かって投げつける。そう、機械の属性を持つものに『電』属性の攻撃をぶつけると機械は誤動作を起こ――――ボール…………外したぞ、おい。
「お…………おぅふ……」
普通に枠外……。いや、かっこ悪く言うと回避するまでもなかったらしい、か。いやまだだ、三球持ってきたからまだ平気だ。まだ焦る時間じゃない。
「え、ちょっと、どうしたの!?」
さも当たり前のことをミスした時の、怒りじゃなくて心配と驚きの声が飛んでくる。
「あ、わり。俺野球やったことねぇんだった。問題ねぇ、あと二球ある。おまえのと合わせればチャンスは五回もある」
「もう、この球拾い! 五回とも外したらどうするの? あの足は耐久度高いんだから普通の攻撃じゃ時間が……」
なんかすんげー失礼な仮定を立てられた気がするが、そこを気にしている暇はない。なにしろスフィクトパスが麗菜に気付いたのだ。
「きゃっ!」
『機』属性の足が変形し、マジックアームのようにして麗菜の片方の足首を捉える。そのまま彼女は逆さづりの状態でスフィクトパスの顔の位置まで持ち上げられ、同時にヤツは両腕に力をこめ始めた。変形は日本技術のお家芸だ。――あとゲーム内の麗菜も、白。
「シ、シン……!」
麗菜の悲痛な声に俺はスフィクトパスに向かって駆け出した。そしてその巨体に飛びついて登っていき、片方の腕を両腕で力づくで抑える。
「くっ……わりぃ! 片方しか止められねぇ!」
スフィクトパスは巨体ゆえ一人でその両腕を止めるのは厳しかった。せめて片方の腕だけでも攻撃を止めればダメージは単純計算で半分になるはず。
『フンッ!』
「――――あっ」
止められなかった片方の輝く拳が麗菜にヒットしてしまった。彼女は危険な速さで床に叩きつけられ、立ち上がろうとするも弱々しく――崩れる。
「レ――ぐぁっ!」
俺もまた虫を払い落とすかのような軽さで床に落とされた。背中から落とされ視界が上向きになり大きく揺れる。
『無力! 無力! 無力! ぐっははははは!』
スフィクトパスの下品な笑いが頭上から聞こえてくる。悔しいが、強力…………。
しかし、カバンを開く余力があれば回復薬を取り出して治療は可能だ。そう、余力があれば。
「……レイ! 立てるか!?」
回復薬を取り出す余力のあった俺はすぐさま回復したが、麗菜はまだ床に横たわったままだった。
「ご、ごめん、無理。まずいかも……」
悲痛な声が耳元に痛い。さきほどの一撃がよほど強力だったのだろう。もし俺が片方止めてなかったかと思うとぞっとする……。
キャラクターは体力の九割以上を一度に消費してしまうと、『ショック状態』という状態異常に陥ってしまって、ある程度時間が経つまで行動を起こせなくなってしまう。その場合は時間が過ぎるのを待つか、あるいは他のプレイヤーからの救済を待つしかなくなるのだ。
「くそっ! もう窮地かよ……!」
スフィクトパスは身動きの取れない麗菜にゆっくりと歩み寄っていく。輝く両拳を鳴らしながら――。
ランクエクストラの入手確立を維持するならキャラクターの死亡は許されない。片方でも死んでしまえばそこでもう終わりだ。
俺はトドメを刺そうとするスフィクトパスの脇を高速ですり抜け、横たわる麗菜の元へと走った。そして抱え上げそのまま一旦距離をとる。無論、現実ならこんな芸当できないだろう。
「あ、ありがとっ」
「…………はぁっ……! はぁっ……!」
礼に応えられるほど俺の肺に余裕はなかった。だがひとまず麗菜の介抱は成功し、もう一度態勢を整える。ピンチは一旦脱するも、まだこれからが本番と言えるだろう。
スフィクトパスは攻撃が不規則であまり統一性がない。普通のモンスターならばパターンをある程度読むことで回避などをスムーズに行えるのだが、さすがにこいつは甘くない。
各種足の連続攻撃、図太い腕での殴り込み、耳にやかましいお喋り、そのどれもがランダムだ。規則性といえば、常に俺達をぶっつぶしてやるって心構えを持っているってところか。
『食らうがいい!』
スフィクトパスが跳躍し、俺達の足元に影を落とす。もちろんここにいれば直撃だ。
「回避!」
ばばっ、と素早く体を横転させ、スフィクトパスの攻撃範囲を脱する。そしてスフィクトパスは地面に大穴を開け、その衝撃のためか一瞬の硬直があった。
それを見た俺は素早く『短絡球』を二球取り出し、今度は俺的には華麗なフォームで『機』属性の足に向かって連投した。――――ストライク!
そして見事に機械の足にヒットした『短絡球』は、その足に強力な電流を放出し始めた。
『むぅ!?』
バリバリと周囲に電流の足を伸ばし、機械の足を破壊していく。日本製とはいえこりゃ壊れるわ。
「よし、球拾いから昇格だ」
「おめでと。次は掃除係ね」
言葉は暴投なくせにストライクである。だがまぁ――
――残り四本!
完全に回復した麗菜がふらふらと立ち上がろうとするスフィクトパスの元へと走っていく。
「いっただきぃ!」
さも楽しげな声が響く。同時にスフィクトパスの悲鳴。
「さっきの借りの返済よ。まだ足りないけれど、利子つけて返すから待ってなさい」
言い放って麗菜は得意げにこちらへ戻ってくる。爆発で苦しんでいたスフィクトパスの隙を突いて攻撃したのだ。無防備だった砂の足は粉々霧散になり、砂の粉塵が舞い上がる。
――残り三本!
残るは『火』、『電』、『毒』の三本だ。
「あ、武器が……」
麗菜が鞭を眺めて呟く。
「どうした――って砂か」
「ええ、少し修理するから時間稼いで」
乾燥の状態異常を持つ砂の足には、その細かい砂塵を武器や鎧などに浸食させ、その動きや性能を著しく低下させてしまう能力がある。よって砂の足を攻撃した麗菜の鞭は砂に浸食され、まったくもって滑らかに動かなくなってしまっていた。
「わぁった。んじゃ、そろそろ――」
『許さん……許さん……許さんぞぉ!』
怒りに震えるスフィクトパスの声が部屋中に木霊する。人が喋ろうって時にコイツは…………。
「会話の上書き保存は嫌われるぜ」
言いながら俺はやっとのことで一本の剣を装備した。
なぜ今まで装備しなかったか――否、装備できなかったのだ。武器や防具には耐久力というものがあり、使う時間に比例して威力や耐久性が弱まっていき、最終的には修理しなければ使えなくなるという仕様がある。だから最後の最後までとっておかなければ、最後の最後に苦しむハメになるわけで。
装備を貸してくれると言ってくれた被害者の中に、たった一人だけ、そこそこ強力な武器を盗まれていなかった人がいた。特別な装飾もなくシンプルな大量生産用の鋼の剣でランクは『四』。俺からすれば決して高いとは言えないが、失われていったものの中で唯一使えそうな武器だった。
『消えろ! 消えろ! 消えろぉ!』
スフィクトパスが激昂し、暴走を始めた。『電』と『毒』の足を軸に走り、燃え滾る『火』の足を無様に振り回して襲ってくる。弧を描き輪となった火炎が目前に。
「言うのは一回でいいんだって。俺並に学習能力ないな、おまえは」
片足を軸に体を半ひねり。ごぅと鼻先を燃える足が通り過ぎていく。
「あぁそれと、一生に一度でいいから言ってみたかったんだ。"今から本気出す"ってな……!」
俺は回避ざま、決め台詞と共に剣を下から袈裟に斬り上げ、刹那の振り下ろし、そして再び斬り上げた。即席奥義――シン様特製生タコ足の三枚下ろし!
『むぅ!?』
「気をつけな、俺はおもちゃを手に入れちまったぞ?」
剣を片手に枯葉のごとくひらり舞う、従来の俺のスタイルが期間限定で復活だ。
――残り二本!
「見事ね、シン! こっちは復活したわ!」
麗菜は離れたところで砂の侵食によって使い物にならなくなっていた武器を直していた。どうやらそろそろ金タコ野郎の就寝時間が近づいてきたらしい。
「足止め!」
麗菜はしなやかに動くようになった鞭を大きく振るい、それをカウボーイのようにしてスフィクトパスの胴体に巻きつける。そして彼女は空いている片手で『短絡球』をスフィクトパスに投げつけた。
でかい図体が災いし、麗菜が立て続けに投げた『短絡球』はオールストライク。どっちかっつーとデッドボールなんだけど。
『む……ぐぐ……!』
スフィクトパスの背中に電流が迸り、わずかな感電による硬直状態が生まれる。
残る足は軸としている『電』と『毒』。どちらも近づくだけで危険な足だ。――――ならば、元から俺が持ってる奥義を公開してやるか。
「おい、金タコ野郎、剣は"蹴る"もんだぜ? 知ってたか?」
冗談は通じない。だが、攻撃は通じるはずだ。
俺は床に剣を垂直に突き刺し、少し後ろに距離をとって助走をつける。そして右足に力を集約するコマンドを選択し、現実で目の前の画面をすっ飛ばすようにして蹴りを入れた。
「くらいなっ、決勝点だ!」
剣の柄を斜めから蹴っ飛ばすと、剣は美しい半月軌道を描いて、スフィクトパスの残り二本であった毒と雷の足をすっぱりと切断した。以下省略といったところだ。
『ぐぬぉおぉ!?』
からん、と床に落ちた剣はまだ高速回転をしていた。支える全ての足を失い、スフィクトパスはついに崩れ、上半身だけが不気味に地面に横たわる。だがヤツは強靭な両腕を支えにしてまだこちらに闘志を向けている。
『ぐっ……まだだ! まだだ!』
「時間は!?」
「三十分切るまであと三十秒!」
時間はもうない。ならば、と俺と麗菜は己の拳を握りしめた。現存のあらゆる武器の中で一番強いのはやっぱコレだろ?
俺達はスフィクトパスの目前に限界の速さで近づき肩を揃えて並び、鞄に詰め込んできた『腕力増強ドリンク』の瓶をこれでもかと空にしていく。こんなの現実でやったら三日三晩腹下しだが。
眼前に現れる『シンクロしますか?』のメッセージ。ナイスタイミングでもちろんイエス。
「はっ、わかってるな。あったりめぇだ!」
「これで終わりよ!」
そして、俺達は揃って光り輝くすべてを乗せた拳を突き出す――――!
『ぐぉぉおおお――!』
声優渾身の苦悶の雄叫びと、鈍く破壊的な音が響く。
スフィクトパスの顔面に同時にめり込んだドーピング拳の威力は、シンクロの結束効果により極大まで増幅され、その巨体を部屋の一番奥の壁にまで軽々と吹き飛ばした。
ずるり、と体躯が壁を滑り落ち、わずかな振動と共に床に崩れ落ちる。それからナマケモノみたいな緩慢な仕草で体が動き、衝撃で歪んだ黄金色のマスクがじろりとこちらを睨む。怖くないところがまた。
『ぐっ……。貴……様等……。覚えておくがいい……。来世で必ず地獄に送ってやろうぞ!』
スフィクトパスは模擬店で売ってるような台詞を残して崩れ落ち、やがて細かな光の粒子となってたばこの煙が薄れるかのようにして消えていった。
「…………送ってもらう必要はねぇな。おまえみたいな変質者がいるここが既に地獄だっての。現世でも来世でも夢でも、もう二度と遭いたかねぇよ」
「きっと地獄の住人のほうがまだマシよ。よっぽどセンスある格好をしてるでしょうね。是非とも行って比べてみたいわ」
捨てられた台詞を拾ってお返しのお言葉を返す。すると壁際にメッセージが現れる。
『ヴァーヴェルの守護者スフィクトパスの討伐完了! おめでとうございます!』
そのメッセージの下に、部屋の輝きさえも超えている黄金に煌くひとつのアイテムが現れた。あの輝きは、そう――ランクエクストラだ…………!
『よっしゃ!』
勝利を祝う鐘のような心地よいハイタッチ音が任務の終了を告げた。
ヴァーベルの塔、これにて攻略完了――――――だと思ったのだが。
『くく…………これで終わったと思うなよ……道連れにしてやる…………!』
どこからともなくスフィクトパスの憎たらしい声が響き渡り、部屋全体が振動し始めた――――――




