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体力いっぱいプライド少々

 ◆Virtual◆2019/05/10 19:55◆


 お見事――としか言いようのない凄腕運転手こと厳さんは、予想だにしなかった階層にまで俺と麗菜を運んでくれた。

 いやぁ…………四十九階、着。

「なんか一筋縄どうのってレベルじゃなさそうだな」

 四十九階は今までの階層とふた味くらい違う。やや明るくなり、短く直線的なマップで奥に階段が見えるのだが、人の拳くらいの石ころが空中にわらわらと散らばって浮いている。海中を漂うクラゲのようにして、ふわりふわりと大量に。

 ネットで調べたところ、四十九階には必ず一体のモンスターが存在し、現れる種類は毎回ランダムとのこと。つまりピンポイントでの対策が非常に難しいのである。情報サイトなどで特定されている何種類かのモンスターの対策はしてきたが果たして……。

「げげぇ、なんですかありゃぁ? さすがにあっしもあれは突破できそうに……。これ以上行こうとすれば逆に迷惑になっちまいますかも」

「いやいや、そんなことないですって。めちゃくちゃ助かりましたよ!」

「ええ、ありがとう。まさか四十九階まで……」

 ここまではどんな強敵であろうとも、厳さんの神がかっている操縦技術で無理矢理突破してきたが、どうやらここはそうもいかないらしい。

「それじゃ厳さん、俺達は行くよ。ありがとう」

「がんばってくださいよ! もしランクエクストラをゲットできたら、是非あっしに今度"貸して"下さいよ!」

 貸すという言葉になんとなく敏感になっていた俺は、こんな人柄の良い人にも疑いを感じずにはいられないようになってしまっていた。

「もちろん、手に入れば。契約書つきでならいくらでも、ははっ」

 笑って濁して厳さんと別れ、俺は戦場に初めて赴く新米兵士のごとく、震える足に鞭打ち、石の浮かぶ不思議な空間を見据える。

「よし、行くか」

 コンビニに行く程度の気軽さで。

「ここで倒れたらみんなに死んでお詫びしないとね」

「ふ、どう転んでも人生お先真っ暗さ」

 歩みを進める歩数に比例して上がっていく心拍数。この先にいったいどんな化け物が潜んでいるのか、あるいはこの浮かぶ石ころが突撃でもしてくるってのか……。

 マップは直進あるのみ。その果てに五十階への階段がある。だがその前にまず考えるべきことがあった。

「ひとつ策があるんだが、聞くか?」

 いったん立ち止まり、ふと思いついたことを提案してみる。

「名案? それとも賭博かなにか?」

「賭博的名案だな。ただし賭けるものは金じゃねぇ。賭けるものは"体力いっぱいプライド少々"だ」

「…………なるほど。それはそれは"世界一美しい方法"だわ。命が大切ならね」

 意志疎通の完了した俺と麗菜は揃ってフロアの上で帰宅部伝統の準備体操を始めた。ラジオ体操第五『マキシマム』である。

 ――――たとえなんと言われようとも、逃げる時は清々しいほどにまで逃げるべきである。そこでプライド云々抜かしてるやつは、カッコいいけどこの世を生きていけないヤツのこと。銃弾の飛び交う戦場であれ、罵詈雑言飛び交う男女の修羅場であれ、生き残りたいのならば命以外を"捨てた者勝ち"だ。

 そう、最も敵味方双方に被害が及ばない。世界で一番美麗にして至高の危機回避方法。


『逃げる!!』


 体操を終えた俺と麗菜はクラウチングスタートの構えから脱兎――いや、逃げるハエのごとく超速度で飛び出した。目指すは階段、浮かぶ石をドライブスルーしてやろうって算段だ。

 すぐさま互いに荒い息づかいを交わしあう。マジで現実のフロアという装置の上を走ってるわけで……。運動不足の我々には会話を交わす余裕がねぇ。

 速度を落とさぬまま宙に浮かんだ石の横を通り過ぎる。――よし、何事も起きない………………わけが、ない。

「な!?」

 石は突如として磁石のように合体し無数に連なっていき、一瞬にして巨大な人間のような姿になった。そしてその背中から紫色の骨ばった四枚の翼がにょきりと生え、無表情な石の顔がこちらを捉える。

「っ! うえ……!」

 見るからにおぞましいそれは走る俺と麗菜の後方を黙ったまま追ってくる。持論だが無言で追いかけてくるものほど怖いものはないと思う。待てと叫んだり、咆哮をあげて追いかけてくるほうがマシだ。

 追いかけてくるモンスターの名前が『スローストーン』と表示された。あぁ、違いなくコイツは石をぶん投げてくるだろう。

「麗菜! 回避準備!」

「違うわ! "そっちのスロー"じゃない!」

「そっち? ぬぉ!?」

 突如、俺の耳に頭をぐらつかせる不協和音が流れ込んできた。……まさかの、歌で攻撃である。

 物理的な攻撃を仕掛けてくると身構えていた俺はもろにその歌を聞いてしまい、すぐさまキャラクターに異常が現れる。

「――っとっと……!」

 現実の俺の足元に操作と、キャラクターの足元の動きに狂いが生じ始める。右へ行こうとすれば左へ前へ。前へ進もうにも右へ後ろへ。走っても走っても変な方向に向かってしまい、移動速度がかなり下がってしまった。

「くそっ! 投げるのスローじゃなくてゆっくりのスローかよ!」

 いろいろと意味合いが噛み合ってるようで噛み合ってないが、これじゃ階段に辿り着けない――――。

「真堵!」

 聞き慣れた声が不協和音を切り裂き俺の耳に届く。見れば麗菜はとっくに階段の方についていた。そして、もう! なんて言ってわざわざ戻ってきてくれる。

「ほらこれを!」

 その代わりに揺らぐ画面の中、取引の表示が現れる。慌てて承諾すると麗菜はひとつのアクセサリー装備を渡してくれた。

「み、耳栓!? なんでまたこんなピンポイントな装備持ってきてるんだよ!?」

 受け取ったなんの変哲もない耳栓を装備すると、嘘のように怪音は消え、足の平衡感覚が元に戻った。

「あぁ、眠いわ……」

 わざとらしく欠伸の真似事をする麗菜。学校遅刻の理由が今判明。

「昨日調べててくれたのか。あのあとずっと」

「ええそうよ。アンタが先に落ちたのは知ってるわ。このモンスター、"リューガ様"のブログの端に小さく載ってたの」

 見たくもないものを見せ付けられた、といった具合で麗菜は愚痴る。

「…………そうか。わりぃ、あのブログはだいぶ昔にお気に入りから外しちまってたよ。昨日はお先に夢の世界へ失礼しちまった。心からお詫び申し上げます」

 走りつつ謝罪会見――と、もう目の前には薄っすらと階段が見えてきた。恐る恐る振り返ればスローストーンがなにやら巨大な石の槍を構えている。だがこちらのほうが、速い……!

「よし! 行くぜ五十階!」

 現実で思わず叫ぶ。部屋に防音工事しといてよかったよかった。

 俺と麗菜は辿り着いた階段を五段ずつくらいすっ飛ばして駆け上がっていく。

 ――――そして、画面が暗転。次の瞬間はもう、ヴァーヴェルの塔最上階だ。


 ◆Virtual◆2019/05/10 20:02◆


「……っはぁ、ふぅ……ついたか?」

 太ももがプリンよろしくプルプル。肺が掃除機のごとく酸素吸引中。日頃の運動不足がこうもゲームに影響するとは。いやゲームばっかりやってるから運動不足なのか……。

「はぁっ……っ……多分……!」

 ――――五十階層。目的地であるヴァーベルの最上階だ。

 ミラワーにおける超リスク超リターンで有名な場所。勝てば栄光、負ければさよならバイバイまた明日。誰もが一度は目指すも、両手で数えられるくらいの人しか攻略できていない場所だ。

 そしてここもまた奇怪なフロアだった。塔の外観からはまったく予想できないが、学校の体育館ほどに広く、天井は果てしなく高い。平坦でひねりのない長方形の部屋だ。違法建築もいいところである。

 壁や床はエジプトのピラミッド内部を想像させる、あの独特の黄土色一色の石畳。やや光沢のある金色に近いか、部屋全体が静かに瞬いて見える。今まで目が暗闇に慣れてた分、この神々しさが目に痛い。

 奥には階段ではなく立派な鉄製の扉があり、その手前にはもちろん――――“いらっしゃる”。荒ぶる息を整えて、細部の細部まで二人でよーく見る。

「……さて、とりあえず一言ツッコミかまそうか」

「そうね、挨拶くらいはしときましょ」

 一呼吸いれてからの。


『――――きもっ!!』

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