集う願いと装備と収納の神
◆Virtual◆2019/05/09 14:08◆
「そうだなぁ、わたくしも鬼じゃないのでね、ゆっくり考えてていいよ」
黙りこくる俺と麗菜を見かねてか、神童伝狼は大変優しいお言葉をかけてくれた。実際、考えるもなにも承諾しなければならない状況にあるのは確かだが……。
「わたくしが調べたところ、二人で挑む場合は討伐時間が三十分以内、かつ死亡回数が互いにゼロであれば八七%の確率でランクエクストラがドロップする。ま、まず倒す前提が難しいからね」
このゲームは敵を倒す時の人数が多ければ多いほどアイテムのドロップ率が下がるという仕様になっている。だから強力な敵を大勢で倒せば楽なのだが、そのぶん落とすアイテムの質や確率が下がってしまうのだ。最高品質を期待するならやはりソロで倒さなければいけないが、ひとりで倒せるかと言われれば否だろう。
「確かに解りやすいな。八七%なら神様に蹴っ飛ばされなければいける数値だ。だけどその前に言った数値はどうリアクションをとっていい? 三十分以内とかそこら」
お好きにどうぞとばかりに首を傾げるので一発言ってやろうかと思ったが、それを俺は横から制された。
「要するに死なずにさっさとぶっ飛ばしてこい、って話ね。いいわ、やってやろうじゃない」
「は、はぁ!? 麗菜おまえ、ちょっとトイレに行って帰ってくるってレベルじゃねーぞ?」
「地球の裏側のトイレまで行って帰ってくる程度のレベルね。けど本当にやらなきゃいけないのはアンタでしょ?」
ハイ、そりゃごもっとも。
「…………わぁったよ。無謀は千も承知だ」
「よしきた、ものわかりがいいね」
「なら約束だ、依頼主『神童伝狼』殿。俺達は部位問わずのランクエクストラの装備を"最低八十七%の確率"で持ってきてやる。そちら殿の条件は?」
「おぉ、言うねぇさすが。いいだろう、代わってわたくしは君達にミラワー内に蔓延る悪徳プレイヤー達の情報を提供しよう」
そして俺は神童伝狼と握手を交わし、今ここに怪しい取引が成立した。
「――よろしい。それじゃ集合時刻は明日の夜九時にこの店でどうだい?」
「え? 明日の夜?」
「そうさ、ヴァーヴェル最上階に入場できるのは運が良い事に明日の夜八時からだしねぇ。その次は三日後になってしまうから」
……くっ、入場指定のある場所だったな……。どこまで計画性のある人物なのか、あるいは運命がそう進めとおっしゃっているのだろうか。
「わかった」
喉元でエクスプロージョンしかけていた文句に冷水ぶっかけ承諾する。
「よろしい。それじゃ諸君、また明日!」
くるりとむかつく動作で一回転しながら、神童伝狼は店の外へと転送され消えていった。
――――そして静寂。アレがいないとこんなにも静かだったんだ。
「おいおい、おまえら大丈夫なのかよ? あんなの簡単に引き受けちゃってさ」
獅子ボーイが呆れ声で咎めるも、引き受けてしまったからには時既に遅し。なんせあの人の場合キャンセル料の方が何倍もお高くつくだろうに。
「いいんだ。メリットだけで生きてける世界じゃないんだし。もうそうするくらいしか俺にはできない」
絶望を少しかっこよく言ったところで――
「いやそうじゃなくてさ。それだよ、そ、れ」
獅子ボーイは俺の方にちくちくと指先を向けてくる。
「ん…………あぁ――あぁー………………」
おぉそうだった。すんばらしいことに気が付いちまった。流るるままに話を進めてきたはいいが、確かに無謀な話であるのには違いない。なんたって現在の俺は白シャツ短パン小僧である。
こりゃもう大爆笑もんだ。重度の眩暈がスタート。世界がぐるりと三回転。
「悪ぃな、獅子ボーイ君よ。俺はヴァーヴェルの塔の守護者どころかそこらにいるモンスターにも勝てねぇわ。すまん……」
ずっきずきとドラムを叩き始めた頭を押さえて平謝り。いやむしろ周囲の人達が先にツッコミを入れてくれなかったのも問題じゃないですか。
「ハァ? なに弱気なこと言ってんだよ。ほらよ」
突然、目の前に『獅子ボーイが取引を申し込んできました』との表示が浮かび上がる。
「なんだよ?」
「使えよ」
促され、とりあえず承諾の表示に触れる。すると取引する物品の欄には、獅子ボーイが身に着けているいくつかの装備が表示された。この行為が意味するところはつまり――。
「…………いや、もし敗北したら装備を盗られちまうかもしれないんだぜ? あそこは。これだってランクセブンには及ばないけどそこそこの良品じゃねえか。弁償できないぞ」
脅すと獅子ボーイはうっ、と一度ためらった。それもそうだ、苦労して手に入れたアイテムを他人に貸し出すなんてな。まして一定の確率でそれがなくなる可能性だってあるんだ。誰でも一度はためらおう。
「い、いいぜ。べつに。なくなったら他のゲームやるし。おまえのことは一生うらむけどな!」
がっはっはと盛大に笑って、けれど現実ではどんな顔をしているのかわからない。本当に怒りつつも渡してくれるのか、本当にちんけな希望に賭けてくれるのか。
でも、嬉しい。
「…………わかった。けど一生は勘弁してくれ。せめて三年くらいで綺麗さっぱり忘れてくれ」
イヤだね、と言われつつも俺は装備を受け取った。すると獅子ボーイのキャラクターのグラフィックが当然真っ白に。
「うっはっはっは! なんか清々しいなコレ。気分がいいや!」
現実で自身の真っ白姿を見て笑っているのだろう。やせ我慢の苦笑い。
「案外いけてるだろ」
苦笑返しつつ受け取った装備品、鎧やベルトやらを身に着ける。体に感じる重量感が久しい。
このゲームにはよくある職業云々の概念がなく、個々が成長するごとに自由にスキルを習得していけるという仕組みだ。攻撃系統や防御系統など、その取得したものの偏りによって各自の役割が違ってくる。
そのために特定の職業にしか装備できないアイテムとかはなく、見た目おっさんのキャラクターに魔法のステッキみたいなのを装備したり、見た目おばさんにロケットランチャーを担がせたりもできるわけだ。
ついでに超王道の"レベル"という制度もなく、キャラクターは純粋にプレイヤーの知識、操作性の上達によって強くなっていくのだ。それなりに強くなるにはそれなりの時間をかける必要があるのは普通のレベル制度と同じだが、数字が関与しない点で評価が高い。
だからレベルによる縛りがなく、超強力なアイテムを初心者がいきなり装備するといった芸当も可能。もっとも他のゲームの装備とは違って、個々の特徴的な"クセ"が細かく設定されているため、それを理解して使いこなすにも時間がかかるのだが。
「……あの、私も。シンさん、これを使ってください」
控えめに挙がった手が見えたかと思うと、次の瞬間にはまた取引画面。華虎さんという女性プレイヤーからだ。
「えっ?」
「いいんです、私、このままミラワーやめようかと思ってたんです。まだプレイして数ヶ月ですし。そんなに強いアイテムも……。でも、あの人の言う事が本当なら、それに希望を持ってみるのもいいんじゃないかなって」
がつん、と数トンの重みのある言葉が俺の胃に落ち底が抜ける。
「ならあたしのも使ってよ、こんなのいらないしネ!」
……。
「おれのも、こんなんでいいなら使ってくださいよ。どこまで通用するかだけど……」
…………。
「はいはいシンさん! これどーぞ。僕は装備は全部盗まれたけど、回復系のアイテムはいくつか残ってたから!」
と――――いつの間にか、俺の画面は取引画面でいっぱいになった。画面はどんどん"残りもの"で埋め尽くされていく。こんなにも嬉しい残り物が他にあるだろうか…………。
結果、この場にいる被害者全員から、俺はアイテムや装備をいただくことになった。もちろんもらったのは"それらだけじゃない"。うっ、となにかこみ上げてくるものがあり、改めて自身のアルミ缶メンタルを実感する。
「…………でも、本当に返せる保障は……」
ホントのホントに真っ白になった人達に申しわけがなさすぎた。
「ここにいる人達は"あなた達"に任せたんです。悪く言えば任せっきりです。少しの手伝いをしたまでですので」
う……返す言葉が見つかったけど返せない。悪童っぽい俺でも意外と心の芯の細さは素麺レベルなんだって。
「素直にありがとう、でしょ。がんばらなくちゃ」
背後から麗菜の寒気がするほどの優しさを帯びた声がかかる。俺だけが主人公みたいな流れだが、戦いに挑むのは彼女も一緒だ。
「皆さん、ありがとう……。これがあればなんとかいけるかもしれない」
ぺこりと弱々しくお辞儀をするも喝をぶちこまれる。
「なんとかするのよ! 例のヤツを倒せばゲームクリアじゃないんだから。重要な手がかりをもらえるだけ。それにどの程度の情報なのかわからないし」
……あぁ、まだゲームクリア云々じゃない。ゴールにたどり着く、というかゴールがどうなるかわからないが、そこへ進む道の一本を教えてくれるだけかもしれない。かの神童伝狼ならなおさらだ。
「とにかく、今の主要目的は装備を整えてヴァーヴェルの主を倒すこと。あいにくと私の装備は性能より見た目重視だから、きちんと動ける装備は今のこれだけ。皆さんから頂いた装備のほうが何倍も強いわ」
確かに麗菜は奇抜な装備ばかりを集めていた。主流となる装備はいつも決まっていて、それが一番強いらしく、他の装備は実践向けではないコレクションみたいなものらしい。
「あの、いいですかね?」
キャラクターの手が挙がった。俺が始めに声をかけた松竹梅太郎さんだ。
「どうしました?」
「装備とアイテム……なんですけど。そんなに多く持ってても使えるものは限られてきます。今のままだといくら二人が強くとも勝つのは厳しいでしょう」
武器や防具などは決められた箇所にひとつずつ、そしてキャラクターは必ずカバンというものを持っていて、必要なアイテム類はそこも入れておく必要があるのだ。
しかしそのカバンにも容量というものがあって、溢れたものは売ったりマイルームに保管しておくという仕組みになっている。だからアイテムを無闇やたらに詰め込んでいっても無駄な容量を使うだけだから、必要不要の比率が重要だと松竹梅太郎さんは忠告してくれているのだ。
「ええ、それは私も思ってた。でもどれも似たようなもので部位もかぶってるのが多いし。……まぁ、敵の情報がわからないっていうのが一番のネックね」
「そのようですね。では少し、私に協力をさせてもらっても?」
「あ、あぁそれはもちろん。でもどういう感じに?」
俺は受け取った装備の一覧を松竹梅太郎さんに見えるように表示させた。もろもろを数えるとまさかの四十越え……。カバンの限界が五十だ。回復系統のアイテムだって購入してもっていかなければならないだろうに。
「どれどれ……。アクセサリー十四個に鎧は四個……。武器は――幸い遠近各ひとつずつ、これはクイックチェンジスロットに。基本攻撃力とクセは二人なら慣れでカバーできるとして……ふむむ、各位置でのランクの統一ボーナスが幾つか発生……。各種属性抵抗は指輪に集中して集めればなんとか……か。並び位置変更で異種共鳴のデメリット軽減。ふーむ、この程度の重心誤差は無視として――――」
松竹梅太郎さんはぶつぶつぶっつと呟きながら俺の所持している装備一覧を眺めていく。とりあえず半分は理解不能。冴えない人だと思い込んでたのに、なんなんだ、この人。
「…………『ザ・収納神』。そんなブログを皆さんは覗いたことは?」
誰もが唖然としてその様子を眺めていると、不意に松竹梅太郎さんが問いかけてきた。
「見たことあるっていうか……"お気に入り"に入ってますけど?」
俺と同じ回答はなんとこの場にいた全員が。
「私はそこのブログの管理人でしてね。キャラクター名は隠してたんですが……。私も人間、少しばかりの自慢はいいかと思いまして、ってうぬぼれやだったかな」
はは、と照れくさそうに笑う松竹梅太郎さんに、いやいやいやいや、と全員でツッコミ。『ザ・収納神』なんてブログは今やミラワーの人口の九割以上は見ているだろう。知名度ナンバーワンに等しいブログだ。
既存のあらゆる装備の情報、その組み合わせやカバンの有効な使い方などが細かく書かれてあり、めちゃくちゃお世話になっている情報系ブログ。その管理人が目の前にいる松竹梅太郎さんだというのだ……。驚くのは無理もない。
「はは……それは嬉しいですねぇ。せっかくなのでここにいる読者様にはばらしてしまいますけど、ブログに書いてる情報が"すべて"じゃないんです。本当はもっともっと深いんですよ。私はミラワーのそういうところに興味を持ちましてね。馬鹿みたいに細かすぎる設定に」
うぉおーとあがる歓声。知らなかった……。ミラワーの公式サイトでは基本的な情報しか掲載されてないから、こういうのはプレイヤーが自分達で見つけていかなければならないのだ。
「あーでは、せっかくなので。装備を盗られた人が装備について語るのもおこがましいですが、ちょっとシンさんの装備選びを例にして教えましょうか。最低限の物品を最大限に活かせる技を――――」




