第5話「少女と騎士」
『……決心はついたか?』
再び中学校の校庭で二人の騎士が相対する。
『従うか、死か』
究極の鎧を纏いし黒騎士が言う。
その目線の先は愛馬との合体すら行っていない白騎士。
その姿は、服従とも諦めともとれた。
『……どちらだ?』
『それは……』
白騎士はゆっくりと言葉を紡ぐ。
『どちらでもありません』
強く、はっきりと答えた。
『……まさか、この後に及んで勝つとでも言うつもりか?』
『勝ちます』
凛とした響き。そこには確かな意思が感じられた。
『……お前には失望続きだな……よかろう。もはや容赦せぬ。お前を……殺す』
黒騎士はプラズマの剣を突きつけた。
『鎧え。このままでは勝負にすらならん』
『必要ありません』
『……狂ったか。……いや、騎士としての矜持と見るべきか。ならば――全力を持って――斬る!』
黒騎士はプラズマの剣――雷塵至高剣を八双に構えた。
この構えから繰り出されるは、おそらく奥義――爆雷崩流撃からの三連必殺連携。
宝鎧をもってしても、耐える事ができなかったほどの威力。
今のナイツァーが受ければ間違いなく死ぬ。
それは絶対の事実。
『散れィッ! 爆雷崩流撃ィィィッ!!!』
凄まじい気迫。凄まじい速力。
だが
――手は、ある。
ナイツァーはひるまず槍を構え直進する。
本来槍は剣よりリーチが長い。
八双は上段。間合いに入った瞬間上段からの斬りが来る。
つまり通常、槍のアドバンテージたる長さを利用すれば斬られる前に突くことも可能だ。
しかし、二段合体したバルツァーのサイズに比例した剣にその常識は通用しない。
そして何よりバルツァーは武術の達人だ。
八双を解き、切っ先を地に向けた状態で敵の突きをかわし、更に剣を跳ね上げ八双に構えなおし再び打つという杖術の流れをくむ技も体得している。
このままでは単なる自殺行為である。
――引き付けて上段から斬らせる!
それこそが隙を作る、自分にできる唯一の策。
『うおおおおおおおおおおおッ!!』
剣というよりはもはやプラズマの塊。それがナイツァーの頭めがけ全力で振り下ろされる。
――初見ならかわせまい。だが、それは一度見た!
ギリギリで一歩踏みこみ、一撃をかわし、それによって同時に自己の槍の間合いに敵を捉える。
一方、バルツァーは一撃に全力を込めていたためニ撃目に即座に移れない。
『今だっ!』
ナイツァーの槍ががら空きのバルツァーの胴を狙う。
『くッ!?』
バルツァーは左手を剣から放し、その掌で槍を弾く。
『甘いわッ! 双雷連牙昇ッ!!』
そのまま右手一本で奥義の連携を紡ぐ。下から斜めに斬撃を放つ。
一撃目が猛獣の顎、その上顎ならば、ニ撃目は下顎。どちらかをかわしたとして、どちらもかわせなければ噛み砕かれる。
しかし、ナイツァーは読んでいた。槍が弾かれる事も予測の上。
すでにしゃがみ、ニ撃目の軌道にはいない。
『おのれッ! だが、これはかわせるかッ!』
バルツァーは振り上げた剣をそのまま両手で振りかぶり、必殺の三撃目の体勢に入る。
ナイツァーはしゃがんでいるが死に体ではない。バルツァーの三撃目が来る前に横に転がりかわす事は可能だ。
だが、それでは今バルツァーの正面ががら空きになっているこの最大のチャンスを逃すことになる。
起き上がり一撃を叩き込む、それは相打ちを意味する。しかし、力から言って分が悪いのはナイツァーだ。
それでもナイツァーは起き上がり、槍を突き出す。
それはバルツァーには予想外だった。
横にかわすだろうと思い、その対応は考えていたがまさか飛び込んでくるとは……。
『馬鹿めがッ!』
バルツァーは全身のバネを総動員、両腕に全力を注ぎ込む。
その剣に映るは圧倒的な力。
――もしあのままの私であれば、羨望の眼差しで見ながら斬り捨てられただろう。だが……だが今は!
ナイツァーの脳裏に昨日の出来事がフラッシュバックした。
「……やられ……ちゃったね」
傘を差す少女が地に伏す巨大な騎士に語りかけた。
『あるじ……』
騎士は声を絞り出した。
『私に力があれば……このような無様な事には……』
騎士の瞳が怒りに歪み、真紅に染まっていく。
少女はその姿を悲しげな目で見ていた。
『……力があればっ……力が』
「ねぇ、強さって何かな?」
騎士の言葉をさえぎり、少女が呟いた。
『……どんな敵も……打ち倒す絶対の力では……?』
「昔、雷がいじめられたことがあったの」
『?』
「あたし、すぐにいじめてたやつらをぶっ飛ばした」
言って、うつむく。
「でもね……そんな事したから余計に雷はいじめられるようになったの」
『……』
「力じゃね……解決できない事もあるんだよ……」
『……!』
雨音がしばらく空間を支配する。
『……では、弟君は……どうなったのです……?』
騎士がやっと声を出した。
「雷が自分で、毅然とした態度で『やめろよ』って言ったら、いじめはなくなったわ」
『それ……だけで……?』
「強い意志を持ってる人間に、いじめってなかなかできるものじゃないよ。自分より弱い人間をいじめるのがいじめっこだから。でも、自分より弱い相手しかいじめられないなんて、ほんとは一番弱い人間なのかもしれない。だから反抗されると、もういじめができなくなるのかもね……」
少女は空を見上げながら言った。
雨はまだ、降り続けている。
「本当に強いって、何も力だけじゃないと思う。心を強く持つ事が大事なんじゃないかな」
『……!』
騎士は打ち震えた。
何かを、大切な何かを思い出して。
張り詰めた心が緩んでいく。
怒りに歪んでいた顔が綻んでいく。
「弱い相手としか戦えない皇帝や暗黒騎士団なんかに負けるわけないよ」
『しかし、現実的に、私は負けました……』
「大丈夫。今度は私も戦うから」
『……!? いくらなんでも無理です! 大きさがあまりに違いすぎます!』
「人間だって、目に見えないくらい小さなウイルスにやられちゃう事だってあるんだよ。
私に――考えがあるの」
剣を上段に構えたバルツァーを狙い、ナイツァーの槍が下から突き上げる。
リーチは遥かにバルツァーが上。
しかしタイミングはナイツァーの方が早い。
バルツァーはあえて受ける気だった。この最強の鎧の前に槍の一本や二本受けたとて揺らぐ事はない。
むしろ、振りを遅らせ、万全の体勢で受けてから斬撃を放った方が確実に仕留められる。
それがバルツァーの判断だった。
ナイツァーも承知の上で、槍を繰り出していた。
愚かな――バルツァーの眼にはそれが自殺行為に映っていた。
だから、見誤った。
だから、見逃した。
槍にしがみつく少女の姿を
<私に、考えがあるの>
<凄い力を持ってる奴ってね、ちっちゃい奴を軽く見ちゃう事が多いわ>
<でもね。ちっちゃい奴にだってね、できる事があるの>
<ちっちゃい奴にしかできない事もあるの>
少女が槍を蹴って、跳んだ。
<卑怯? 違うわ。あいつだってたくさんの生きた鎧を纏ってるでしょ? それと同じ>
<誰だって力を合わせた方が強いに決まってる。でもあいつは気付いてない。自分の力だけで戦ってると思ってる>
<あいつには思い知らせてやらなきゃいけないの>
<心から力を合わせる事が、どんなにすごいかって事をね>
そこに至ってバルツァーは少女の姿に気付いた。
だが、気にも留めなかった。
あんな者に何ができる? 気にする方が余計な隙を生んでしまうだけだ。
構わずナイツァーを注視する。
少女は腰に括りつけていたビニール袋を手に持った。
それに詰まっていたのは……
大量の墨汁!
「そいやー!!」
少女はビニール袋を投げつけた。
それは真っ直ぐバルツァーの右眼に向かう。
そして、弾けた!
『う、うおおおおおッ!?』
「もいっちょーっ!!」
空中でさらにもう一袋投げつける。
ソフトボールで鍛えた強肩で、見事に左眼を捉えた。
墨汁がぶちまけられ、その視界を奪った。
『な、なぁッ!?』
たじろぐバルツァー。
その隙を逃すナイツァーではない。
槍を突き出し、ある一点を狙う。
もし、バルツァーが視界を奪われていなければ、その真意に気付き、妨害しただろう。
――そう、狙うはただ一点……
バルツァーの胸部獅子の頭、その顎の付け根に隠された……
――鎧の繋ぎ目だっ!
『せああああああああああああああああああああっ!!』
ナイツァーの槍が正確にその点を捉えた。
槍の先端が、鎧の隙間に突き立った。
『ぐぁあッ!? き、貴様……』
『最大! 尖光槍破ぁっ!!!!!』
槍の先端から衝撃波が放たれた。
それは鎧の内側に潜り込む。
『がッ……ぐ、ぐああああああああああああああああああああああああああッ!!?』
並みの鎧なら砕け、そこから衝撃波は飛び出していったであろう。
だが、これは最強の鎧だった。
皮肉な事に最強の鎧であるがゆえに、衝撃波を閉じ込めてしまった。
逃げ場を失った衝撃波はその内部で暴れまわる!
『ぐああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!!』
遂に耐え切れず、内側から大爆発が起きた。
鎧はゴルドレオンに戻り吹っ飛んだ。
「私たちの――勝ちねっ」
地面に叩きつけられる寸前にナイツァーにキャッチされた少女は、その手のなかでにっこりと笑った。




