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6-1 〝愛梨〟と〝変態〟。


            【視点・〝愛梨〟】


 ――いつもの通学路。いつもの時間……じゃなかった。そういえば今日はほんの少しだけ、〝寝坊〟をしてしまったんだった。

 ――四月十七日水曜日。登校中、朝の校門。

 ふぁぁ、と口元を隠しながら、小さなあくびを一つ……。

 ……え? 寝坊をしてしまったのに、ずいぶん〝余裕〟そう、って? ……まぁ、だって、寝坊と言っても電車を一本遅らせた程度のことだし、私は泰介さんみたいに遠い所から通っているわけじゃないから、その電車だってすぐに次のがくる。――実際、ほんの数分ほどしか変わらないために、通学時間にはまだまだ余裕があったのだ。

 ……ああ、ちなみに、なぜ遅刻なんかしてしまったのか? その理由なんだけれど……実は昨日、私は夜遅くまである〝作戦〟を考えていたのである。

 その〝作戦〟というのが……

 「――じゃ~ん♪」

 ……と、普段と違って周りには数えるほどの人しかいなかったということから、私は小声でそう呟き、学生カバンから一冊の〝ノート〟を取り出した。

 このノートの名前は、ズバリ、


 【泰介さんと私の 脱・〝変態〟計画!】


 ……な~んてことを書いてしまったら、みんなにへ…〝変〟、に思われてしまうかもしれないから、実際は【部活動 計画ノート】だ。

 ――このノートは、泰介さんが出くわすかもしれない色んな状況を想定し、その際泰介さんが取るであろう行動をあらかじめ予想しておいて、事前にその時に本当はどうやった方がいいのかを泰介さんに……あ、つまりは〝マニュアル本〟というやつである。

 私はこれを考えるのと、そして書きまとめることに少々時間がかかってしまい、結果今日はいつもよりほんの少し学校にくるのが遅れてしまった、というわけだ。

 ……あ、でも、そのかいもあってか、我ながらこのノートのできはなかなか〝良い〟かもしれない、と思っているのも確かだ。

 だって……例えばこの――

 【目の前で女子生徒のスカートが風でめくれ上がってしまった場合、どうするか?】

 ――ではあるけれど、私が予想する泰介さんの回答はこうだ。


 『お嬢さん……素敵な〝パンツ〟を履いていらっしゃいますね!』――と相手をホメる。


 ……ほらね? 泰介さんならある意味〝絶対〟に、期待を裏切らずに、こう言うと思うでしょ? きっと、相手の人が〝パンツ〟を見られてしまったという恥ずかしさを感じる前に、ホメ倒してそれを〝うれしさ〟に変えてしまおう! ――とかいう考えで。

 …………。

 ……ちょ、ちょっとだけ……失礼だったかな? いや、でも泰介さんは絶対にそういう考え方で動いているはずだし…………。

 …………。

 ……ま、まぁ、何にせよ、だ。最初に言ったとおり、とても〝良い〟できであることは、ほぼ間違いないだろう。

 そんなことを考えながら、ふんふんふ~ん♪ とご機嫌に、左手にノートを持ったまま生徒玄関に入った私は、靴を履き替えて自分の教室を目指す。……この時、若干〝急ぎ足〟になってしまっていたということは言うまでもないだろう。――私は早くこのノートを泰介さんに見せたくてたまらなかったのだ。

 泰介さん、このノートを見たら……いったいどんな反応をするかな?

 素直に喜ぶ? それとも、その前に私をホメてくれるかな? まさか怒ったりなんかはしないとは思うけど……。

 「……うふふ♪」

 と、思わず笑みがこぼれてしまった――その時だった。はっ! と私は気がついた。慌てて頭を、ブンブン! 横に振る。

 いけないいけない! 見せる前から何をそんなに浮かれて……これではまるで、私が泰介さんに〝ホメて〟もらいたいから書いてきただけ、と思われてしまうかもしれないじゃない! それじゃあせっかく書いてきた〝意味〟が……。

 …………。

 ……こほん。とにかく、だ。もう余計なことは考えないことにしよう。まずは泰介さんの反応を見る! 考えるのはそれからでいいじゃない!

 改めてそう思うことにした私は、同時に到着した教室のドアを普通に開けた。

 ――瞬間。


 「「「「「――」」」」」


 「っっ!!?」

 突然、だった。

 突然、そこにいた〝クラスメート全員〟から私に浴びせられたのは、強烈な〝視線〟……驚いた私は、(ひる)み、思わず二、三歩後ずさってしまう。

 な……何? いったい……えっ!? 〝私〟……!??

 ……一瞬、みんなは先生か誰かを待っていて、そこにたまたま私が入ってきたせいで視線が重なっただけかと思ったけれど……どうやらそれは〝違った〟ようだ。――というのも、みんなの〝視線〟は、〝私を私だと認識した後も〟、ずっと〝(おとろ)えることはなかった〟のである。

 つまりこの〝視線〟は間違いなく、〝何らかの理由〟があって〝私〟に向けられているということ……気がつけば〝視線〟にはいつの間にか、ひそひそ、という……不気味な〝話し声〟が混じり始めていた。

 な、何なの、〝これ〟……いったいどういうこと? 私が何か……そ、そうだ! 桜花は!? それに、泰介さん…………っっ!

 必死に自分の中で心当たりを探しながらも、私はそれと同時に、桜花の姿と、そして泰介さんの姿を、教室中を見回して捜した――けれど、どこにもその姿は見当たらない。


 ――〝怖い〟。






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