1-9改
「あ……う……あ…………」
……ボクは……未だ、何も話せなかった。
……本当は、「違う!!」だとか、「そんなことはしなくていい!!」だとか、言いたいことは山ほどあった。――だけど、ボクの口は、それを言うことができなかったのだ。
……。
……。
……。
……また、長い沈黙が、ボクを襲った。
いっそ、このまま彼女が何も話さなければ、それでこの場は、もしかしたら終わりを迎えていたのかもしれない。
でも……彼女の〝心〟は、そうは思わなかった……。
「――あ、あなたが、望むなら!!」
突然そう叫んだ彼女は、もつれる脚をそのままに、まるで坂を転がり落ちてくるように、唐突にボクの下へと這い寄ってきたのだ。
「え? な、何を!? 止め――!!」
やっとしゃべることができたのが、その一言だった。しかし、すでに彼女の耳はすでに、そんなボクの言葉を理解できるような状態ではなかった。
――次の瞬間、彼女はまた、信じられない行動に出た。
それは――
むにゅっ……
――なんと彼女は、自分からボクの手を掴み、そして、そのまま自分の〝胸〟にボクの手を〝押し当てた〟のだ。
「!!!?????」
正直、もう頭が追いついて行けなかった。いったい彼女のその行動は、何を意味しているのだろうか?
――しかし、次の彼女の言葉で、ボクははっきりと、その〝意味〟を理解することとなった。
「――好きなだけ、〝触って〟ください!!」
……〝触る〟? 好きなだけ……〝身体〟を?
――そう。彼女の、その行動の〝意味〟……それはつまり、先ほど〝土下座〟をすることによって表わした〝絶対の服従〟……それを、完全に言葉で、身体で表したものだったのだ。
彼女は、胸に押しつけたボクの手を、さらに、ぐいぐい、と押しつけながら叫んだ。
「ほ……ほら!! 私って、けっこう胸……大きい方なんですよ!? もっと触ってください!! ――あ! も、もしかして、おしりの方が好きでしたか!? それならどうぞ!! 何なら、おしり以外の所も、〝全部〟……っっ!!」
……ああ、なるほど。
自分で自分の首を絞めているかのような、そんな、彼女の自虐的な言葉を聞いた瞬間。ボクは……ボクの頭は、ようやく〝冷静さ〟というものを取り戻すことができた。
そして、すぐに気がつく。――それは、彼女の胸に触れている方の手……そこから感じ取れたのは、彼女の中にあった、〝震え〟だった。
――そう、彼女はずっと、〝恐怖〟と戦っていたのだ。それも、今ボクに言った、自分の身体を、見ず知らずの相手の好きにさせる……そこからくる恐怖だけではない。
〝バレるかもしれない〟という恐怖――彼女は、ボクにそのことを知られた瞬間からずっと、その、〝二つの恐怖〟と戦っていたのである。
どおりで……納得したボクは、しかし同時に、このままではボクが何かを言ったところで、彼女は聞く耳を持たないだろう。……ということも、分かっていた。
だったら――!!
思いついたボクは、おもむろに、ゆっくりと……彼女に掴まれていない方の手を高々と掲げた。
「……え???」と、それを見た彼女が困惑のあまり。首を傾げる。
だけど、ボクはそれに構わず、そこに――
「――えいっ!」
がつんっ!!
瞬間、「きゃん!?」という、まるで子犬のような可愛らしい悲鳴が遊具の中に響いた。
――いったいボクは彼女に何をしたのか? その答えは簡単だ。
〝チョップ〟。
そう、〝チョップ〟だ。よく空手家が瓦割りとかで見せる、あの〝チョップ〟である。
もっとも、当然、そんなに力は込めてはいないのだけれど……って、そんなことはどうでもいいとして、ボクは、そんなボクの〝チョップ〟を受け、きょとん、とした表情のまま、頭を押さえて固まる彼女から、掴まれていた腕を引っこ抜き、そして今度は逆に、そんな彼女の肩をボクはしっかりと掴んで、ゆっくりと……慎重に、言葉を選びながら話した。
「……えーと……まずは最初に、いきなり叩いたりなんかしてごめんね? ボクは女の子に手を上げる最低な男だ。――だけど……そんな最低な男のボクだけれど……一つだけ、キミに〝聞いてほしいこと〟があるんだ」
「……聞いて……ほしい……こと…………???」
「そう。聞いてほしいこと……」
ボクは、彼女がちゃんとボクの言葉に反応したのを確認してから、続けた。
「……いい? キミはボクに、キミの〝秘密〟……〝変態性〟がバレて、それをみんなに言いふらされちゃうんじゃないか? って、〝心配〟に思っているんだよね? ――だったら、そんな心配をする〝必要はない〟よ」
「〝心配〟……〝必要ない〟…………???」
「うん。そう……なぜなら、ボクだって……ううん、〝ボクの方〟が明らかに――」
〝変態〟――なんだから。