1-5改
……。
……。
……。
……それから、何秒経っただろうか?
――オカシイ、とその時。ボクはある〝異変〟に気がついた。
その、〝異変〟とは……そう。いくら待てども、さっきからずっと、その女子生徒の足音が〝聞こえてこなかった〟のである。
……まさか、後をつけている(ように見える)ボクに気がついて、その場で止まって、隠れているボクの様子をうかがっているのだろうか? ――とも思ったけれど、それならそれで、普通はこんなにも長い間相手が姿を現わさなかったら、それこそ走って逃げる、だとか、話しかけてみる、だとか、そういう何かしらの〝アクション〟があちら側にあっても不思議ではないはずだ。それなのに、現状では移動した音も聞こえてこないし、話しかけてくるわけでもない。……はっきり言ってこんな状況……いくらホームズのひ孫の神崎さんをも超える、灰色の脳細胞を持つボクの推理力であろうとも、もうお手上げ以外の何ものでもなかった。
――しかし、だからといって、このままここで考えていても時間の無駄だ。……ここはもう勇気を出して、とにかく今置かれている現状ってやつを確認しておいた方がいいんじゃないだろうか?
そう思ったボクは……特に、何か良いアイデアが思い浮かんだというわけではなかったけれど、とにかく、もしもあの女子生徒が本当に様子をうかがっていただけ、という場合に備えて、なるべくゆっくりと、そして何よりも女子生徒を驚かせてしまわないように慎重にそこから出て行った。――そして、考えるよりも速く、すぐさま牽制球を放つ。
「――や、やあ。ボクは……って、あれ?」
と、しかし、そこにはすでに、あの女子生徒の姿は〝なかった〟。
……もしかして、えーと…………足音を殺して、〝逃げた〟……???
……色々と疑問は残ったままだったけれど、結果から考えると、もうそうとしか言いようがなかった。
何はともあれ……ほっ、と思わず、ボクは今度は安堵のため息をついてしまった。
よかった……向こうから逃げてくれるのなら、何もボクは本当にあの娘のことを追っていたわけじゃあないんだ。これで余計な衝突は起きなくて済んだし、何の問題もなくなった。
いやー、助かった助かった……そう呟きながらも、しかし一応と、ボクは逃げて行ったのであろうあの女子生徒に追いついてしまわないように、できるだけゆっくりと歩き始めた。
……全く、〝変態〟っていうのも楽じゃないよ。……最悪、さらに帰るのが遅くなるけど、電車をもう一本遅らせて行こうかな?
「……あれ?」
――と、そんなことを考え始めた、その時だった。
ふと、横を向いたボクの目に留まったのは……小さな公園らしきその場所に一人たたずんでいる、先ほどの〝女子生徒の姿〟だった。
あの娘……え? 逃げたんじゃ……???
一瞬、考えたけれど……ボクは今自分が立っている場所をよくよく確認してみると、そこは先ほど女子生徒が、キョロキョロ、と突然辺りを見回し始めた場所とほぼ同じ所だった。
この結果考えると、どうやらあの後女子生徒はただ単にこの公園に入って行っただけで、ボクから逃げて行ったわけではなかったようだ。
――いや、でも、しかし……それならなおのこと分からないことがある。
……何が? って? それは……
一つ、ではなぜ、あの女子生徒はあんなに、キョロキョロ、と辺りを見回していたのか?
二つ、なぜ、足音も立てないようにして移動したのか?
三つ、こんな時間に、誰もいない公園で一人、いったい何をやっているのか?
――ということが、さ?
……本当にいったい、あの女子生徒は何をしたいというんだろう?
気になったボクは、そのまま立ち止って、公園の入り口で女子生徒の様子を観察していると……〝また〟だ。また、女子生徒は突然辺りを〝見回し〟始めたのだ。
……〝怪しい〟。というより、〝怪しすぎる〟。
ひょっとして何か……そう! 〝気持ち良くなる薬〟……的な物の売買をあそこでやり始める……とか??? ――いずれにしても、〝変態〟のボクが言えることではないかもしれないけど、普通の人の行動ではないよね?
さっ、とまた、ボクはとっさに、傍にあった公園内にある木の陰に隠れた――しかし、今度は完全には隠れず、葉っぱの隙間から女子生徒がギリギリ見えるような位置に移動し、その様子を見守る。
――それから、数秒。
辺りを念入りに見回していたその女子生徒は、そこに誰もいないと確信を持ったのか、今にも踊り出しそうな軽い足取りで公園内を進み、そしてなぜか……あのコンクリートで作った山みたいな遊具の中に入って行ってしまった。
……あんなセキュリティーゼロな所で売買を? とも思ったけれど、事件というのはいつも身近な場所で起きている……と、テレビでもやっていたほどだ。案外、ああいう所で本当に売買は行われているのかもしれない。
……。
……。
……。
…………ところで、これってもしかして、〝チャンス〟ってやつなんじゃないかな?
いきなり何の? とはもちろん、〝変態〟から、〝上〟へと上がるためのである。
だって、そうでしょ? 考えてもみれば、今現在行われようとしているこの売買をボクが止めたとなれば……少なくともボクの印象がこれ以上悪くなるようなことは有り得ないはずだ。いや、むしろその逆……ヘタをすれば、ボクは学校や警察から、〝表彰〟されちゃう可能性だってあるわけだ! ――そうなれば今朝のボクの〝変態行為〟は水に……完全には流れきらなくとも、おおよそはきれいになるはず……うん! 絶対、そうなるよね!!?
よし! 決めた! あの娘の売買を止めさせよう!!