3-16改
「……ファイ!」
甲呀がそう呟いた――瞬間だった。
ドンッ!! 巻き上げられる砂煙……お姉ちゃんは刹那、真っ直ぐに鏡さんに向かって飛び出していた。
「きゃあ!!」とその途中。横を通りすぎた際に愛梨さんが悲鳴を上げたけど、お姉ちゃんはそんなことを微塵も気にすることなく、とにかく思いっきり振りかぶり、そしてとにかく思いっきり鏡さんに向かって拳を放った。
「――ひぃっ!?」
バフォッ!! 凄まじい〝風切り音〟……鏡さんは普段古武術を習っているおかげか、それを難なくかわすことに成功してはいたけれど……しかし! お姉ちゃんの攻撃はそれだけでは終わらなかった。
「うおっ! どわっ! ちょ! ちょっと! 待て! コラーーッッ!!!」
左のパンチ。右のキック。右のパンチ。左のパンチ。右のキック。左のキック……全部、技量も何もあったものじゃない。とにかくがむしゃらに振っているだけで、一向に鏡さんには当たる気配もなかったけれど……途中、落ちてきた葉っぱがお姉ちゃんの拳に触れた瞬間、なんとそれが〝粉々〟に砕かれてしまった。
……先ほどの大地を揺るがした〝ただの地団駄〟といい、やはりお姉ちゃんの〝一撃〟は、命中=〝死〟が確定してしまうほどの、〝驚異の破壊力〟を秘めていることが、そこから容易に汲み取れてしまった。
鏡さんもそれを見て、ぞっ! としたのだろう。最後に放たれた左キックを機に後方へと大きく飛びずさり、お姉ちゃんとの間合いを一気に引き離した。
そして、
――だんっ!
「くそったれが! やってやる!!」
右手、右脚を前に出し、セリフと共に、鏡さんはお姉ちゃんに対してこの時初めて〝構え〟を見せた。……どうやら鏡さんも、〝覚悟〟ができたらしい。
――お姉ちゃんは、そんな鏡さんに対して何の感情も持ち合わせてはいない。後ろに逃げた鏡さんに向かって、またただ突進を開始する。
鏡さんはそれを見て――〝動かない〟。だけど、それは恐怖でそうなってしまったのではなく、鏡さんはあくまでも、お姉ちゃんの、〝次の身体の動き〟、を、真剣に見極めていた。
そこに、一閃――お姉ちゃんの右パンチが放たれた。
パンチは真っ直ぐに鏡さんの顔面へと飛んで行き――しかし、次の瞬間だった。
――じゃりりぃぃ!!!
鏡さんは前に出していた右手、右脚をいきなり後方へと下げ、回転を加えながら逆に左手でお姉ちゃんの右手首を掴み、さらにはそれを〝捻り上げながら〟、自分の肘を、お姉ちゃんの肘へと叩きつけたのだ。そこからなんと、鏡さんは手首と肘をしっかりと固定したまま、身体をお姉ちゃんに巻きつけるように〝一回転〟させる。
……ボクも素人だ。鏡さんが放ったその〝技〟の難度も、名前も、ボクには全く分からなかったけれど、しかし! これだけは〝はっきりと分かった〟。
〝完璧〟――そう、〝完璧〟だったのだ。
鏡さんの放った〝技〟は見事お姉ちゃんの関節を捉え、完全に決まったのである。
「――このまま関節外してやる!!」
叫び、まるで流れるようにさらに空いていた右手でお姉ちゃんの右手を掴むと、鏡さんはそのまま思いっきり身体を回転――
ピタッ。
「……は?」
――しかし、突然だった。
突然、二人の動きは止まっ……否!! 違う! 〝止まった〟、のではなく、〝止めた〟のである。
〝お姉ちゃん〟が――!!!!!
ゆらぁぁ……。
お姉ちゃんはゆっくりと、首だけで掴まれている右手……鏡さんの方を見ると、
――次の瞬間だった。
「なあっ……!!?」
ぶんっ!!
関節を決められていても関係ない。お姉ちゃんはただ思いっきり、その腕を思いっきり横に〝振った〟。――それも、〝凄まじい速さ〟で……!!
――ズシーンッッ!!!
「ぐうぅッッ!!?」
〝振った〟その反動に耐えきれず、掴んでいた手を放してしまった鏡さんは、そのまま近くにあった木に背中から激突させられてしまった。
鏡さんはすぐに立ち上がろうとしたものの、ガクガク、と脚が震え、木にしがみつかなければまともに立ち上がれないような状態にまで追い込まれてしまっていた。……どうやら、相当の〝ダメージ〟を負ってしまったらしい。
お姉ちゃんは、そんな鏡さんにゆっくりと近づく……しかし、それでも、鏡さんは動かない……いや、動けなかった。脚がすでに、思うように動かなくなってしまっていたのである。
そんな鏡さんに残された手段は、たった一つだけだった。
「――わ、分かった! あたしの〝負け〟だ!」
負けを認めること……鏡さんはよろけながらも、お姉ちゃんに向かって右手を――
ズッ…ドオオォォォオオォ!!!!! メキメキメキィッッ!!!!!
――でも、お姉ちゃんにはもう、そんな言葉は……〝聞こえてはいなかった〟。
思いっきり振られた右のパンチ……フック状の線を描いて放たれたその拳は、不幸中の幸いか、鏡さんがよろけたその分、ヒットポイントがズレ、かけていたメガネに命中する。
しかしその一方。当然そのメガネが無事であるはずもなく、拳と共に木に叩きつけられたそれはバラバラに〝粉砕〟され、さらには打ち抜いたその衝撃で木は大きく〝折れ曲がり〟、辺り一面には大量の木の葉が舞い散った。
――ぽすん。
……それから、鏡さんの腰が落ちるまでにかかった時間は、そう長いものではなかった……。
「ひっ……!」
らしくもない、などと言っている場合ではない。そんな弱々しい、小さな悲鳴を上げた鏡さんは、それから、ぽろぽろ、と涙をこぼしながら、必死に後ずさる……当然、混乱しながらのその行為で進めた距離は、ほんの僅かなものだったということは、言うまでもない。
しかも、
トン……遂にはその後退にも〝限界〟がきてしまう。――そう。鏡さんは後ろにあった木にぶつかり、それ以上〝進めなくなって〟しまったのだ。
無論、鏡さんはそれに気づきはしたけれど、恐怖のあまり頭が正常に働かず、それをいったいどうしていいのかが分からない様子だった。
――お姉ちゃんは、そんな鏡さんの姿を見て、くすくす、笑い、再びゆっくりと歩を進め始めた。
――ヤバイ。それを見た全員がそう思ったことだろう。
だけど、ボクたちは動けなかった。何もしなければ鏡さんがやられてしまうこの状況で、ボクたちは、お姉ちゃんが持つその〝異常さ〟を前に、全く身体を動かすことができなかったのである。
たった一人を除いて――!!