3-9改
……。
……。
……。
「……〝ふるちん〟…………」
――はっ!! と、甲呀のせいとはいえ、自分が何を呟いてしまったのか、その重大な事実に気づいた愛梨さんは、「きゃーっ!!」と悲鳴を上げて、真っ赤になってうずくまってしまった。
「愛梨!? 太郎! てめぇ愛梨に何てこと言わせやがるんだ!! いや! つーか〝変態〟、お前が死ね!」
「えっ!? 何? それもボクのせいなの!?」
……ん? いや、でも、待てよ? ……言われてみれば……うん。確かにボクのせいだと言えなくもないな。だって実際〝ふるちん〟だったのはボクだったわけだし――
「――って! 違うよ! やっぱりそんなことを言い始めた甲呀が悪いよ! てゆーかその時の〝ふるちん〟がいったい何がどうなって甲呀に影響を与えたわけさ!? 絶対関係ないよね、〝ふるちん〟!!」
「そんなことはないぞ、泰介。実際、俺はその〝ふるちん〟のおかげで今こうしてお前たちと話し合うことができるようになったのだからな。……そう、〝ふるちん〟のおかげでな……!!」
「ちんちんちんちんゆーなーーーーーっっ!!!!!」
……愛梨さんの心の咆哮。
はぁ! はぁ! と甲呀以外、全員が荒い呼吸を何とか鎮めようと努力する中、
「……ごほん。さて、続きを話そうか?」
そう一度咳払いをしてから、甲呀は何ごともなかったかのように話を再開した。
「……で、何がどうなって泰介の〝ふる――」
「――甲呀! 話が進まなくなるからできるだけ伏せて!」
「……泰介の〝ピー〟が関係したのかというとだな、実は……俺はその瞬間、〝ある光景〟を目にしたんだ」
「……あ? 〝光景〟だ? ……またロクでもないことじゃねーだろーな? いい加減ぶん殴るぞ?」
安心しろ、鏡。……一言置いてから甲呀は語る。
「その〝光景〟とはな……なんと、〝ピー〟だった泰介が、〝ピー〟を気にすることもなく、そのまま、他の生徒たちの所へ行き、〝遊びに誘い〟始めたのだ……!」
「「…………」」
……ボクならやりかねない。
――そう、まだ知り合って間もないのに、どうやら愛梨さんたちは確信を得てしまったらしい。まるで甲呀のように感情のない表情をしていた。
……なぜだろう? すごく、眼の奥が〝熱い〟ような気が…………。
「……だが、もちろんその時の泰介は皆から誘いを断られ続けていた。……当たり前といえば当たり前だな。何しろ〝ピー〟だったのだから」
……なぜだろう? 甲呀に言われると、無性に腹の奥が〝煮えたぎる〟ような気が……。
甲呀は、それからボクたち以外、誰もいなくなった教室の中をゆっくりと歩き、黒板の前まで行ったかと思うと、突然振り向いた。
そして――
「――〝これだ〟!! と思ったんだ」
……。
……。
……。
「「「は???」」」
……全員の声が、意志が、この瞬間だけ、重なった。
「……え、ええと……何が???」
恐る恐る、ボクが聞くと……甲呀は力説した。
「〝変態性〟さ! 俺はその時直感したんだ。俺に足りなかったもの……否! 現代に生きようとする俺たち忍びに足りなかったもの……それは〝変態性〟だったんだ! ――だって、そうだろう? 忍者といえば昔から〝影〟に生きる存在。ただ闇雲に影から出てきただけでは、現代の人間の中に溶け込むことなどできようはずもない! 子どもの頃の俺がいい例だ! 任務とはいえ影から抜け出て……それでいったい何ができた? 答えはそう、〝何も〟できなかったんだ! ただ周りにいる生徒たちと遊ぶだけのことも、ただ周りにいた生徒たちに話しかけるだけのことも、〝何もかも〟……!! 俺は、〝何もできなかった〟んだ……だが、そんな、俺には絶対にできなかったようなことを、泰介は……〝変態〟は、軽々とやってみせた! 周りからいくら煙たがれようとも、いくら避けられようとも、そんなもの〝変態〟には関係ない! 〝変態〟だからこそ、泰介は周りの人間と自然に会話することができたんだ……!!!!!」
「「「…………………………………………」」」
………………誰も、何も……言えなかった。
「……失礼。話に力が入りすぎたようだな」
……そう、呟くように言って、甲呀は、くい、とずれたメガネを直した。
「――というわけで、俺は〝変態性〟を手に入れるために里への強制送還を免れ、現在はこうして〝変態の鑑〟でもある泰介〝師匠〟の下で〝変態〟を学んでいる、と……そういうわけだ。もっとも、俺は未だに〝変態〟に成りたいが成ることのできていない、ただの〝変人〟のままではあるがな。――鏡の言う、部活を作る〝本当の目的〟というのは、つまりはそういうことだ。俺が〝変人〟から〝変態〟を迎え、〝変態〟になるための部活……とはいえ、先に話した目的も、べつにお前らを罠にはめようとして出た嘘、ということではない。この部活には元々〝相反する二つの大きな目的〟があった。ただそれだけのことだ。……ああ、ちなみにアイリサンのことを知ったのは、いつものように泰介のことを〝尾行〟していたら、たまたまそういう状況に出くわしただけにすぎん。そして鏡のことを調べたのは、ただ単に、お前がこの部活に〝入りたくない〟と言ってきた場合に備え、色々と作戦を考えるためだ。……何しろ貴重な部員候補だからな。意地でも引き入れる必要があったんだ。……悪く思わんでくれ」
「「「………………………………………………………………………………」」」
――それから、数分に及ぶ沈黙の後、各々考えることは山ほどあったものの、めでたく(?)ボクたちは全員、〝変態を迎える人生〟部に入部することに決めたのであった。




