3-2改
「――そんなことより泰介。今日は五、六限と体育館で〝一年生・部活動勧誘式〟が行われるのは知っているはずだろ? こんな所でいつまでも油を売っていては、開始時間に間に合わなくなるぞ。早く行った方がいいんじゃないのか?」
「ん? ……ああ、それね」
はぁ~、ともうどうやっても止まらない。ボクはそれにすら諦めつつも、甲呀の言葉に静かに返事を返した。
「そんなの、もうどうだっていいよ。……いや、ボクの場合は逆に、〝遅れて〟行って、列の〝一番後ろ〟に並ばないと、みんなが〝迷惑〟しちゃうからね。『――〝変態〟がまともに番号順に並んだら、周りが〝半径二メートルは離れないと〟座れなくなっちまうだろうがっ!!』……ってさ?」
「……そうか。余計な気遣い、すまなかったな。――だが、俺の言ったことの意味は正確にはそういうことではなく、目ぼしい部活の〝勧誘演目〟を見逃すかもしれない、ということを言ったのだ」
かんゆうえんもく? 聞くと甲呀は、ああ、と頷いた。
「つまりは〝デモンストレーション〟というやつだ。――部活でやっていることを実際にやって見せたり、部活の活動実績を紹介したりするあれのことだ。――演目の順番は通例によってこの学校では〝くじ引き〟方式であるらしいからな。……遅れるのは仕方がないとしても、だ。最も見たい部活の演目が一番最初に行われ、それを見逃したりなんかしたら……もしかしたら〝一生の後悔〟になるやも分からないぞ?」
「あぁ~……なるほどね。――でもさ、甲呀? 忘れたの?」
何をだ? 聞いてくる甲呀に、ボクは手すりにあごを乗せながら、どこか遠い空を見つめながら答えた。
「うん……いや、ほら。あれだよ。ボクが中学校に入学したての頃、同じように学校で勧誘式が行われたでしょ? それを見て、いいな~、と思った部活にボクが入部しようとしたら、そのどれもで門前払い……どころか、〝塩〟だって撒かれちゃったんだよ? ボクは〝悪霊〟か! って話さ」
「……あったな、そんなこと」
だが、と甲呀は、くい、とメガネを直して続けた。
「……確かにそれは過去、実際にあったことではあるが……しかしそれは所詮、〝過去〟の話だろう? 現在、ここの学校の生徒たちはまだ、お前がただの〝女装癖〟を持つ〝変態〟だとしか認識してはいないはずだ。何しろそれ以下のお前の〝歴史〟を正確に知る者は、ここにはお前を除いて俺くらいしかいないのだからな。他のやつには知る術すらないのさ。――つまり、まだ〝望みはある〟、ということだ。……もちろん、当の本人である、〝お前の気持ち〟次第ではあるがな?」
「ボクの……〝気持ち〟次第……」
い、いや、でも! とボクは手すりから離れ、甲呀の正面に立った。
「やっぱり、無理だよ! だってこの学校はウチからかなり遠いし、とても部活をしている時間なんか――」
「――それでも、〝一時間もできない〟、というわけではないだろう? ……確かに家に帰る時間は少しくらい遅くなるさ。だがしかし、それもせいぜいがせいぜい、十九時半をほんの少しすぎる程度のことではないか。それくらいならば、世話が必要なお前の姉も許してはくれるのではないのか?」
「そ……それ、は……!!」
「……泰介」
――甲呀は、無表情ながらも、しっかりとボクの眼を見つめて言い放った。
「できるか、できないか、ではないんだ。……〝やるか〟、〝やらないか〟……全てはお前の〝意志〟にかかっているんだ……!」
「……!!」
……。
……。
……。
……ふっ。
「分かったよ、甲呀」
ボクは……もう振り向かない。
ボクはただ、ただ、階段の方へと真っ直ぐに進み、〝体育館〟を目指した。
――その途中、一瞬だけ足を止めて、呟く。
「――甲呀。ありがとう…なんて、言わないからね?」
ああ。……甲呀は、それからもう一度、はっきりと言い放った。
「――行ってこい、泰介……お前の〝青春〟を掴み取るために……!!」
「――おうっ!!」
そう答えて、ボクは駆け出した。