#3,〝姉〟と〝変態〟。 3-1改
――誰もいない屋上。
「……はぁ~…………」
……今日、何度目かのため息をついたボクは、同じく何度見ても変わらない財布の中身を、この昼休み中ずっと、ただぼんやりと見つめていた。
――十四円。
……残酷な数字は、やはり変わらない。その僅かなお金を取り出し、すでに空だと分かっている財布を逆さまにして振ってみても……何も、変わるわけがなかった。ボクはそれを見てまた、はぁ、とため息をつく。
――なぜ、ボクはこんなにも金欠に陥っているのか? それは、ものすごく簡単な理由から引き起こされたことだった。
あれは、そう……三日前の火曜日。つまりはボクが鏡さんたちと仲直りしようと、甲呀といっしょにあれこれ作戦を立てていた日のことだ。
結果的に鏡さんはボクが二人の食事代をおごる、という方向で許してくれることになったのだけれど、『三千円じゃ全然足りねぇ!!』と、なぜかボクが愛梨さんにプレゼントを渡した瞬間から不機嫌になってしまった鏡さんは、次の日。どころかさらに〝その次の日〟も、ボクに食事代を払うよう〝脅し〟にかかってきたのだ。――その時の愛梨さんは、『いや、あの……も、もうお腹いっぱいだから……』と遠慮してほとんど水しか飲まなかったのだけれど、しかしその分『あたし誕生日だし~♪』とか何とか言って鏡さんがやたらと〝高いメニュー〟を選んで食べまくっていたから……結果的には大して変わらなかった、というのが本音だ。……てゆーか、誕生日って普通〝一日だけ〟なんじゃないの?
――で、金曜日になった現在。ボクの財布の中身は、このとおり、十四円……となってしまったのだ。……まぁ、むしろ、逆にこれしか残らなかったのだから、すごいといえばすごいことでは、あるんだけどね? ……ちなみに貯金箱の中身ももう全て〝完全にすっからかん〟だということは、言うまでもないだろう。
「……はぁ~……〝二万六千円〟、かぁ…………」
消費したかなりリアルな数字を呟いて、ボクはまたため息をついてしまう。
……本格的にどうしよう? だって、ボクのお小遣い支給日は毎月二十五日だから、それまであとジャスト〝二十日〟もあるのだ。
一応、弁当などの食費はウチの生活費から出ているから、まさか餓え死ぬようなことはないとしても、だ……それ以外のモノ。例えば、〝筆記用具代〟とかだ。
基本、ボクのウチではそういう物は自分で買って用意するのが当たり前であって、黙っていてもそうするのが文字どおり〝暗黙のルール〟というやつになってしまっている状態だ。つまり、今現在。買い置きなどしないタイプのボクは、消しゴムを〝一個〟失くしただけで全ての授業を消しゴムを使わずに乗り切らなければならなくなるわけで、ましてやそれが〝ノートやシャーペンの芯〟だったのなら……もはや、〝詰んだ〟、と言っても過言ではなくなるだろう。……ああ、もちろん。誰かから〝借りる〟、なんてこと、ボクには絶対に〝不可能〟なことだからね? てゆーか、〝変態〟のボクに、誰も好き好んで貸してくれたりなんか、しないしね? あはは……。
……………………。
……うん。
――というわけで、かなりピンチだ。
無論、土日に日当が出るバイトをする、という手もなくはないのだけれど……いや、無理だな。なんせボクのウチには〝お姉ちゃん〟がいるのだ。基本自由人なお父ちゃんやお母ちゃんがウチに帰ってくることなんかまず有り得ないし……となると家事はいつもどおり、ボクの仕事ということになってしまう。
……もし、お姉ちゃんをほっぽって一日中バイトなんかしようものなら……ああ恐ろしい。〝色んな意味〟で。
「……ダメ、かぁ…………」
「――何が、〝駄目〟何だ?」
はぁ――と、もう一度ため息をつこうとした、その時だった。
スチャ、という聞き慣れたメガネの効果音……甲呀だ。
甲呀はボクの目の前……いや、見下げた〝真下〟。
――そそり立つ〝90度〟の絶壁(学校の外壁)をものともせず、そこに〝直角〟に座り、黙々とお昼ゴハンのおにぎりを食べていた。
「やぁ、甲呀」
ボクは、中学校の頃ならいつも見ていたその光景に、特に何の疑問も持たずに手を振ってあいさつをした。
「こんなところで会うなんて奇遇だね? いつからそこにいたの?」
「もぐもぐ……ごくん。……ふむ……まぁ、そうだな……お前が屋上にくる〝一分前〟、といったところか? それまではずっとお前の〝後ろ〟に…ゲフンゲフン。――で、俺のことより泰介。いったいどうしたんだ? 何やらきた瞬間からずっと、財布ばかりを見つめているようだが……〝狩り〟にでもあったのか?」
……〝狩り〟……か…………ふっ、違いないな。
内心苦笑しながらも、ボクは甲呀の質問にすぐに答えた。
「そう思ってもらって問題はないよ。何せこれは、ほとんど全部、〝鏡さん一人〟にやられたことだからね。……まぁ、結局のところはボクに全て原因があるんだけどさ?」
「なるほどな。あの日のことが想像以上に響いている、というわけか……」
すく、と、おにぎりを食べ終わって立ち上がった甲呀は、そのまま90度の壁を、すたすた、のぼり、最後にジャンプしてボクの隣に降り立った。
「――ま、原因がお前にあるということがすでに分かっているのであれば、もはや俺に言えることは一つしかあるまい。……〝諦めろ〟。どうせお前に〝姉〟がいる限り、バイトをして金を稼ぐこともできないんだ。いよいよとなったら〝姉〟に〝身体〟を売ってなんとかしろ」
「……やだなー……それ……あ、ねぇ、甲呀? 〝甲呀が貸してくれる〟……っていう選択肢はないの? それならわざわざ――」
「……〝高い〟ぞ?」
「……うん。止めとく」
……はぁ……ボクは、ボクの周りを取り巻くこの〝環境〟を、とにかく呪った。




